第二話 惚れ薬、ちょっと効きすぎじゃないですか

 ドラゴンの肉事件から、五日が経った。


 そのうち三日は病院のベッドの上。

 残り二日は、自宅で死体のように過ごしている。


「……筋肉って、こんなに痛くなるものなの……」


 ベッドから起き上がるだけで、太ももとふくらはぎが悲鳴を上げる。

 腕を伸ばせば、肩が軋む。

 くしゃみをすれば、全身が痛い。


 医師の診断は、簡潔だった。


――過労です。


 そりゃそうだろう。

 三日三晩、不眠不休で働けば、誰だって壊れる。


 会社からは「しばらく休め」というありがたい言葉をもらったが、

 それが純粋な心配なのか、

 それとも「使い潰した後のメンテナンス」なのかは、分からない。


 同僚から、心配するような連絡も特にない。

 その事が、私の心に大きな穴を空けていた。


「私なんて、居ても居なくても、どうでもいい存在なんだろうな……」


 考えたら、どんどん落ち込んできた。


「……ダメだ、考えないようにしよう」


 平日の昼間。

 カーテンを閉め切った部屋で、私は天井を見つめていた。


 テレビも、スマホも、見る気がしない。

 筋肉痛と倦怠感のダブルパンチで、何もする気が起きなかった。


 ふと、棚の奥に置いた箱が目に入る。


 ――エリクサー。


 三か月分の給料と引き換えに届いた、幻の万能薬。


「……使わなくて正解だよね」


 筋肉痛はつらい。

 正直、今すぐ治したい。


 でも、この程度で使っていい代物じゃない。

 直感が、そう言っている。


 異世界通販の商品は、

 効き目が強すぎる。


 ドラゴンの肉で、嫌というほど学習した。


「……もう二度と、あの番組は見ない」


 そう心に誓い、私はリモコンを手に取った。


 ――その時だった。


♪ テレレレッ♪


「……」


 心臓が、嫌な音を立てた。


 聞き覚えのありすぎる、軽快なBGM。


「……まさか」


 恐る恐るテレビを見る。


 画面が切り替わり、

 派手なテロップが踊る。


『さあさあ始まりました〜!

 あなたの心に届けます、異世界通販のお時間ですにゃん!』


「……はいはい」


 現実逃避かな、と思った。

 でも音量は普通。

 映像も鮮明。


 画面の中央には、

 ピンク髪の猫耳少女。


「……ミルフィ」


 名前を呼ぶと、

 画面の中の彼女が、くるっと回ってこちらを向いた。


『お久しぶりですにゃ〜!

 その後、お体の調子はいかがですかにゃ?』


「……聞こえてるの?」


『はいにゃ!』


 即答だった。


「……やっぱり、この番組おかしい」


 ミルフィはにこにこと笑い、

 いつもの調子で続ける。


『前回は、少し元気になりすぎてしまいましたにゃん!』


「少し?」


『エリクサーは使わなかったですかにゃ?』


「あんな高価なもの、筋肉痛ごときで使えないでしょ!

てか、返品したいんだけど!」


『返品不可ですにゃ。ご注文は慎重にお願いしますにゃ』


「……」


『まあまあ、今回は、ちゃんと“ちょうどいい”商品をご用意しておりますにゃ!』


 嫌な予感しかしない。


『本日ご紹介するのは――こちらっ!』


 画面が切り替わる。


 そこに映し出されたのは、

 小さなガラス瓶だった。


 中には、淡いピンク色の液体。


『惚れ薬ですにゃ〜!』


「……」


 一瞬、思考が止まった。


「……惚れ薬?」


『恋愛はもちろん、人間関係を良好にしたい時にも効果抜群!』

『飲むだけで、相手の好意を引き出しますにゃ!』

『周囲の無関心に傷ついている、ちょっと振り向いてもらいたい、ア・ナ・タ!』


 ミルフィは、胸を張る。


『異世界では、身だしなみレベルで使われてますにゃ!』


「身だしなみの概念どうなってるの」


 正直、恋愛どころじゃない。

 ブラック企業で擦り切れた心に、そんな余裕はなかった。


 でも。


「……誰かに、必要とされたい」


 ぽろっと、心の奥から出た言葉に、

 自分で驚いた。


 会社では替えの効く歯車。

 休めば迷惑そうな顔をされる。


 友人とは、予定が合わない。

 家族には、心配をかけたくない。


「……ちょっとくらい、いいかも」


 その弱った心を、

 ミルフィは見逃さなかった。


『副作用はありませんにゃ!』

『効果は自然で、相手の心を尊重しますにゃ!』


「……ほんとに?」


『※効果範囲は広めですにゃ』


「今、何て?」


 画面下に、小さく注意書きが流れる。


【※種族・年齢・性別を問いません】


「……嫌な予感しかしない」


『大丈夫ですにゃ。もし効果を消したいなら、お風呂に入れば解決ですにゃ』


「洗い流せば、効果は消えるってことか……」


(でも……こんなの、頼っちゃだめだ)


 そう思ったのに、私は、電話を取っていた。


 翌朝。


 玄関を開けた瞬間、異変に気づいた。


「……あれ?」


 隣の部屋のおばあさんが、

 いつもより距離が近い。


「真央ちゃん、おはよう!今日も可愛いわねぇ!これ食べて!」


肉じゃかの入ったタッパーを押し付けられる。


「……ありがとうございます?」


 コンビニに行けば、

 店員さんがやけに笑顔。

 栄養ドリンクを差し出してくれる。


「いつも来てくださってますよね?これ、どうぞ!

 今日も素敵です!」


「はぁ……どうも……」


 道を歩けば、

 視線が集まる。


「……近くない?」


 会社に着く前に、

 私は確信した。


「……これ、効きすぎてる」


 会社では、地獄だった。


 上司が、優しい。

 同僚が、親切。


「無理しなくていいから」

「何かあったら言ってね」


 怖い。怖い怖い。


「昨日までの罵倒は何だったの」


 昼休み。


 席を立とうとした瞬間、

 周囲が、ぎゅっと詰まった。


「相川さん、一緒にランチどう?」

「いや、俺と!」

「私も!」


「……待って、待って」


 逃げるように会社を出る。


 だが、追ってくる。


 会社を出ても、街中でも、

 視線と好意が、逃がしてくれない。


 そして。


「……え?」


 足元に、違和感。


 猫。


 こちらを見上げ、

 すりっと足に体を寄せてくる。


「……あなたも?」


 次の瞬間。


 犬。

 カラス。

 公園のハトまで、寄ってくる。


「待って、これ“好意”ってレベルじゃない!ぞっこんじゃないのぉぉぉ!」


 全力で走る。


 だが、追われる。


「……ミルフィぃぃ!!」


 頭の中で叫んだ瞬間、

 テレビの音が脳裏に響いた。


――効果時間?

――たっぷり二十四時間は持ちますにゃん!


「長い!!」


 ――もう、限界だった。


 息が切れ、足がもつれ、

 背後には、なおも迫ってくる気配。


「待って!話だけでも!」

「君のことが――!」


「結構です!!」


 半ば泣きながら走っていると、

 視界の端に、見慣れた文字が飛び込んできた。


【銭湯】


「銭湯~~~!銭湯あったー!」


 考えるより先に、私は飛び込んでいた。


 暖簾をくぐり、靴を脱ぎ、

 半ば転ぶように脱衣所へ。


「ご、ごめんなさい!急いでて!」


 番台のおばあさんが一瞬目を丸くしたが、

 何も言わずに頷いてくれる。


 服を脱ぎ捨て、洗い場をすっ飛ばし、

 私はそのまま湯船に滑り込んだ。


(洗う前に湯船入るな? 分かってる。でも今は“消したい”が勝つ)


「はぁぁぁ……!」


 全身を包む、熱い湯。


 湯船に肩まで浸かり、

 私は深く息を吐いた。


「……洗い流せば、効力消えるんだったよね……」


 助かった。


 本気で、そう思った。


 湯船の縁に頭を預け、

 久しぶりに、心から力を抜く。


「……もう追われない……」


 ――その時だった。


「……ねえ」


 隣に浸かっていた女性が、

 やけににこにこと微笑みかけてくる。


「初対面なのに、こんなに落ち着くの、不思議よね」


「……え?」


「ねー!」

「分かる!」

「なんか、心がぽかぽかする!」


 気づけば、湯船のあちこちで、

 そんな声が上がっていた。


「え、ちょっと……?」


 洗い場では、

 見知らぬ人同士が背中を流し合い、

 脱衣所では、さっきまで赤の他人だったはずの人たちが、

 人生相談を始めている。


 さらには。


「にゃー」

「わん」


 いつの間にか迷い込んだらしい猫と犬が、

 番台のおばあさんの足元で仲良く丸くなっていた。


 パシャパシャ。

 桶でカラスとスズメが水浴びをしている。


「……」


 私は、湯船の中で、そっと天井を見上げた。


「……薄まった、のかな」


 完全に消えたわけじゃない。

 でも、あの異常な“一点集中”の好意はない。


 代わりに――

 場全体が、やたらと和やかになっている。


 知らない人同士が笑い、

 見知らぬ動物同士が寄り添い、

 銭湯全体が、妙に平和だった。


「……これはこれで、問題な気がする」


 番台のおばあさんが、

 湯気の向こうから、穏やかに笑った。


「いい湯だねぇ」

「ほんと、みんな仲良しだねぇ」


「……ですね……」


 否定できなかった。


 私は、肩まで湯に浸かりながら、

 小さく呟く。


「……惚れ薬、

 洗い流せば安心、ってわけじゃないんだ……」


 その夜、

 銭湯はいつまでも、

 異様なほど平和だった。


 帰宅後。


 テレビが、静かに光る。


『ご利用ありがとうございましたにゃ〜!』


 画面の中で、

 ミルフィが満足そうに頷いていた。


『惚れ薬は“仲良し促進薬”としても

 とっても優秀ですにゃん!』


「そういう説明、最初にして」


『では!次回も、素敵な商品をご用意しておりますにゃ!』


 私のぼやきは無視し、笑顔で手を振ってミルフィは画面から消えた。


 私は、ソファに沈み込み、

 遠い目で結論を出した。


 ――この通販番組、

 やっぱり人間向けじゃない。

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【短編版】深夜の異世界通販~ドラゴンの肉と惚れ薬~ 雪竹 @yukitake0827

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