先輩の「神」は、今日も名もなき仕事で会社を支える。

夏野

先輩の「神」は、今日も名もなき仕事で会社を支える。

 何の因果かパソコンができるからと、情報システム部門、通称情シスに配属されて早5年。

 俺、山口は今日も今日とて「何もしてないんです!でも動かなくなりました!」という第一声から始まる問い合わせを受ける。


 そんな日常茶飯事の問い合わせを終えると、先輩である佐野さんが吠えだした。


「この設定手順作ったのだれ!?……私だよ!よくこんなゴミ作ったな、過去の私!」


 そんな先輩を視界の端に捉えつつ、問い合わせ対応で途中になっていた業者へのメールを返信する。


「佐野さん、あとで俺が修正しとくんで」

「神か!?」

「その代わり、こっちお願いできますか?」


 面倒な相手からのヘルプ要請を先輩に投げると、これ以上ないほどに「助かった」という顔をして立ち上がった。


「手順書より百倍マシ!行ってきます!」

「いってらー」


 あの人、問い合わせ対応はめちゃくちゃスムーズで、どんな面倒なおっさん、お局様でも平気なのに、手順書とかとなるとてんでダメになる人なのだ。

 一応、俺より先輩なので過去にいくつも手順書を作っているが、読み返して本人が発狂するぐらいなので、まぁ、ひどいもんだ。


 結局、手順書は軽く見た感じ、修正ではなく、作り直しレベルの代物だったので後回しにする。

 どうせ内部資料だ。また先輩は発狂するかもしれないが、それはそれ。人員を増やさない上が悪いだけである。



「山口さん、甘いの好きだっけ?」

「まぁ、それなりに」

「なんかお土産っていっぱい貰っちゃって、お裾分け」

「ありがとうございます」


 なんでも1件対応が終わったら、また1件と次々に声をかけられ、営業部に行ったら各地のお土産をもらったとのことだった。

 

 俺には一個もくれないのにな、あいつら。

 こう、同じ仕事をしているのに、差をつけられるとモヤモヤする。

 あと、先輩にデレデレする奴らにも腹が立つし、そうされてる自覚がない先輩にもなんだかなと思う。


「いやー、私こういうサポートの仕事好きだからさ、山口さんがきっちり資料とか作ってくれるのすごくありがたいんだよねぇ。いつも助かってます」


 もやもやした気持ちを察してかどうかは定かではないが、佐野さんはそうやって俺のモヤモヤしたものを軽くしてくれる。

 ただ、能力に凹凸があっても愛嬌でなんとかなるのは、ちょっとズルいな、とも思うけれど。


「山口、この仕事頼めるか?」

「え、あー……」


 二人しかいない情シスをまとめるのは、総務部の部長である小沢部長なのだが、この人、基本的になーんも分かっていない。

 とりあえず俺たちに投げればなんとかなると思っているので、右から左に他部門からの仕事を流してくる。

 悲しいかな、サラリーマンは上司には逆らえない。


 どうするかな、と悩んでいたら佐野先輩が部長から資料を奪って、ざっと内容を確認する。


「あ、無理ですね。部長、ちゃんと内容を整理してから、私たちに持ってきてください。それは私たちの仕事じゃないんで」


 バッサリ。

 見事なまでのバッサリ具合に俺は内心で拍手喝采だった。

 誰であろうと自分たちの仕事ではないと判断すれば、先輩はものの見事に降ってきた仕事を打ち返す。

 部長も部長で俺が断れば怒るのに、先輩が言うと「あ、いや、そうだな……」とたじたじになって引き下がるので面白い。


「言いやすい山口さんに言うなんてずるいよねー。マジあのハゲ無能」

「俺、そこまで言ってないですよ」

「思ってはいるでしょ?」

「ノーコメントで」

「ずるー」


 そんなこんなで俺たちは足りないところを補い合いつつ、仕事をしてきた。

 正直、先輩に技術力が無くて頼れない所も多々あるが、そこは勉強してどうにかするしかない。

 先輩も先輩で無知ではないし、専門的な事は分からなくとも、分からないなりに咀嚼しようとしてくれるので大きな不満もない。

 なぜなら俺の得意分野を先輩は絶対に侵さないからだ。その代わり、俺が苦手な社内調整の泥沼には、先輩が真っ先に飛び込んでくれる。……二人しかいないからこそ、うまくできた、俺たちの共助。



「あ、コーヒーだ。いい匂い」

「飲みます?」

「ううん、ちょっと苦手で。香りは好きなんだけどねー」


 気分転換にと、ちょっとした趣味である、お気に入りのコーヒーをドリップし、席に戻ると先輩がはいっとチョコをくれた。


「コーヒーとチョコが美味しいらしいよ」

「まぁ、俺も嫌いじゃないですね」

「チョコにあうコーヒーあるんでしょ?」

「色々ありますよ」

「へぇー。面白いね、例えばどんなのがあるの?」


 興味もないだろうに、こういう事が聞けてしまうのが好かれる要因なんだろうなと思う。

 まぁ、調子に乗って喋る俺も俺だが。

 コミュニケーション能力が高くない俺としては、先輩が勝手に喋ってくれるのは、ありがたいし、自分の事を喋るのは気分転換になってちょうどいい。


「そういう探求心があるから、山口さんはめっちゃ知識があるんだろうなぁ。私も頑張ってはいるんだけどねぇ。覚えられない……。アルファベット3文字系の名称多すぎない!?」

「まぁ、確かに」

「MDMとか、EDRとかなんなん!?」

「まぁ、それ全く別ものですけどね」

「それも分からん」

「俺が覚えとくんで、大丈夫です」

「まじか、ありがとう。とりあえず拝んでおくね」

「拝まれても……」

「いつも、よく分からない他部署のマクロのコード読んで、10分で解決してくれてありがとうございます。ネットワーク遅延の、原因を突き止めてくれてありがとうございます。メール不達の原因と対策を、考えてくれてありがとうございます」

「仕事なんで」

「でも拝んどく。なんか御利益あるかもしれない。午後の電話が一本も鳴らないとか」

「フラグ立てるの、マジでやめてください」



 そういうこの人だって、こっちの言いたいことを分からない人に変換して言う能力が高いんだよなぁ。

 とはいえ、褒められるのは気分がいいので、受け取りはするけれど。



 そんな日々の中、先輩が休暇を取って旅行に行った。

 先輩が担っていた問い合わせ対応も行う負荷はそこそこだったが、そこはお互い様なので不満はない。


 ないのだが……。


「みなさんでどうぞー、お土産です!」


 部署内にそんな先輩の声が響く。「みんな」へのお土産。それはもちろん俺も含まれているのは分かる。


 分かるが、釈然としない。


 山積みの仕事を片付けたのも、あちこちからのヘルプも、部長の小言を代わりに受け止めたのも俺だ。なんならいつもはしない残業もちょっとした。

 それなのに「みんな」と同じ括りにされると、自分の働きが「やって当たり前のこと」として終わってしまったような、そんな虚しさが残った。


「山口さん、今日お昼予定ある?」

「いや、特には」

「ランチ一緒にどう?めっちゃ迷惑かけたと思うから、そのお詫びに御馳走させて?」

「……行きます」

「ちょっと早めに出ようねー」


 ……自分が情けなかった。 彼女の厚意を、勝手な貸し借りの勘定で測っていた自分が。

 自分の苦労に見合う「対価」を、無意識に彼女へ請求していたような気がして、大人げない。


「ここのパスタ美味しいよね、麺がもちもちしてて私は好きだなぁ」

「俺も好きですね」

「よかった。大盛りとかでも全然いいから、遠慮せずに食べてね!」


 いつもと変わらない先輩。でも、なんとなく俺は気まずさを感じていた。

 お土産一つでモヤモヤする心の狭い俺と知られたくなかったから。


「あ、そうだ。あとね、コレ、山口さんにお土産」

「え?」

「コーヒー好きって言ってたでしょ?私、詳しくないから、お店の人おすすめなんだけど、よかったらどうぞ。みんなには内緒ね?いやー、コーヒー屋さん見つけた時に、山口さんに買わないと!ってなってさー、いっぱい買っちゃった」


 そうして渡されたのは、いつか行きたいと思っていたコーヒー店のブレンドで、思わずまじまじと先輩の顔を見てしまう。


「あれ、違った?」

「いや、ドンピシャです」

「よかった!いつも助けてもらってるし、山口さんいないと仕事回らないのに、部長もなーんも考えてないしさ。こんなことぐらいしか出来ないけど、いつも感謝してるんだよ」

「いえ、俺なんて……」

「いやいや、山口さん来る前はほんと私一人でパンクしそうだったの!だから、できれば長くいて欲しいなっていう賄賂」


 いたずらっぽく笑ったその顔は、仕事中には絶対に見せないもので、少しだけ視線を逸らした。


「賄賂貰っても、辞める時は辞めますよ」

「そこは強引に止めないけど、冗談でも辞めないって言ってほしかった!」

「冗談は苦手なんで」

「すぐ辞めちゃう?」

「どうでしょうね?」


 とりあえず、まだまだ経験は足りないし、ゴミみたいな先輩の手順書を綺麗にするまでは辞めませんけど。





 その日の夕方、フロアが電話の音で騒がしくなってきた頃、先輩が資料を片手に俺の横を通り過ぎた。


「山口さん、……美味しかった?」


 足を止めず、隣のデスクに資料を置くついでに、小声でそれだけ聞いてくる。


「……最高でした」と 俺が短く返すと、彼女は満足そうに一度だけ頷いて、再びヘルプの声をあげる社員の元に去っていった。



 先輩が去った後、手元にはまだあのコーヒーが残っている。


 彼女が何を考えて俺を特別扱いするのか、本当のところは分からない。

 単に仕事の都合がいいからかもしれないし、もっと別の理由があるのかもしれない。


「……ま、いっか」


 深く考えるのはやめた。


 今、この職場で彼女の『特別』を共有しているのは、間違いなく俺だ。

 俺は少しだけ軽くなった指先で、真っ白な手順書に最初の文字を打ち込んだ。


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先輩の「神」は、今日も名もなき仕事で会社を支える。 夏野 @natsuno_

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