バッカスの記憶
玄道
黒い記憶
平成××年 二月
泣きながら、私は通話中の携帯電話を握りしめていた。
──ごめん、マイ。
「……でね? その取材でね、マイのっ、あぅっ……こと、紹介して、うっ、いいかなっ、ああっ……て……あぐっ」
私──
友達を、処刑台に導きながら。
何もかも、私の十×年の人生が、今日……崩壊した。
◆◆◆
後輩のカオルから電話が来たのが、二時間前。
『先輩……あっ……あの、ティーン誌の取材ってぇ、興味……あっ、ありません……か……』
思えば、その時の様子で気付くべきだった。
東京から来たという三人組は、途中まで紳士的だった。
撮影スタジオだという、調理室に似た部屋で、私が「カオルは? どこにいるんですか?」と質問した瞬間、優男風の男が、私をベアハッグした。
「があっ……っ!?」
痛いよりも苦しい。息ができない。
「カオルちゃん、ね。カオルちゃんがハツネちゃんを売ったんだよ?」
──カオルが…………"売った"? 何を?
長髪の男が、ハンディカムを構えた。
「おら」
私の制服に、冷たい液体がどくどくと注がれる。アルコールの匂いがした。
「きゃぁっ!?」
──何!? なに!?
「あ、あの!!」
もう一人のパーカーの男が、私のスカートを捲ると、タイツの上から尻を撫で回す。
優男が、調理台の上に私を押さえつけ、更に尻を乱暴に撫でる。恐怖で、何を言えばいいのか、わからなくなった。
愛撫などとは、とても呼びたくなかった。
「お嬢様ってさ、すげえ価値有るもんなんだよ、わかる?」
──価値って。
「商品価値、ハツネちゃんなら初動で……ま、かなり行くわな」
パーカーにバトンタッチすると、優男は小麦粉を私に振り掛ける。
酒と混じり、黒いセーラー服が白く汚れた。私の、大事に守ってきたものも。
卑猥な言葉が、粗野な口調で次々に放たれる。
──嫌!! 聞きたくない!! 言わないで、そんなこと!!
優男はケチャップを取り出し、私にかける。
まるで血に汚れたように、制服は真っ赤なケチャップで、更に汚れた。
パーカーは、優男に私を投げ渡す。
そして、スカートを脱がすと、私の懇願に耳を貸さず、それをコンロで燃やした。
少女だった私の、断末魔の絶叫が響く。
アルコールの染みた私のスカートは、青い炎を纏って死んでいった。
「アルコールかかってるしさ、こいつも燃やす?」
──殺される。
「やめてええっ!!」
下品な笑い声を上げる男達。
「それじゃスナッフになっちまうわなぁ」
「二作目になるじゃーん」
──二作……目? 何それ!?
「お嬢様の焼酎漬けだぜ、はは」
優男が、酒を裸になった上半身に浴びせる。父の好きだった演歌を口ずさみながら。
私の思い出まで、犯されていく。
調理台に再び押し付けると、タイツすら破きだす。
私の意識が、私の脳の外に出ていく。
◆◆◆
"私"は、部屋の隅でじっと息を殺し、"南野ハツネ"が壊れていくのを見ていた。
──すごいな……酷いな。まるで物みたい。
──この生き物たちは、どうしてこの娘を壊しているんだろう?
◆◆◆
「ほら、ハツネちゃん携帯」
──え?
唐突に登場した日常に、私は"南野ハツネ"の脳内に戻ってしまう。
「もっと可愛い娘紹介したら、中は止めるからさ」
──カオルと、同じことを? 私が?
「ほら、早く」
──誰……誰を。
携帯電話を、目を半開きにして操作する。
携帯電話は、マイの番号に発信した。
死んでいた脳髄に、絶望が駆け巡る。再び死ねるくらいの、絶望の奔流が。
◆◆◆
入学してから、ずっと一緒だったマイ。
同じクラス、同じバレー部、でも好きな男子だけは違った。
争わなくていい、大切な友達だった……のに。
◆◆◆
──出ないで、お願い。
「……ハツネ? どした?」
ワンコールで、マイは出てしまった。
そこから先は、記憶にない。
◆◆◆
気付くと、男達はいなかった。電気は点いていたが、外は暗かった。
後にはぼろ雑巾になった私と、襤褸布になった制服が残った。
腹の中に、どろりとした嫌な感触があった。私は、マイを護れたのだろう。
──携帯……通報……え? この姿で?
犯された、乱れた格好の、惨めな女子高生が、窓に写っていた。
私は、誰にも届かない咆哮を、喉が嗄れるまで放ち続けた。
野犬だけが、それに応えてくれた。
◆◆◆
結局、私は家に帰れた。
数日後、男達は逮捕された。
その一人の部屋から、殺人シーンを記録したビデオテープが発見され、暫くニュースはその事で占められた。
『それじゃスナッフになっちまうわなぁ』
『二作目になるじゃーん』
あのやり取りは、冗談ではなかったのだ。
マイは、私の部屋を何度も見舞い、一緒に泣いた。
私は、マイを護りきることができた。
そう、彼女は話した。
通話の最後に、私が「助けて」と叫んだのが決め手だったという。
カオルは、何処か遠いところにいると聞く……生きてはいるそうだ。
カオルの傷は、痛みは……私より酷く深いだろう。
◆◆◆
あれから十六年、私は医療事務の職に就いていた。
男性の目が私を見る度、その人は、あの男達の姿に変わる。
だから、男性に接触する可能性のある、看護師にはならなかった。できれば、どんな人間とも接触したくはなかったが。
マスクと伊達メガネなしには、何処にも出掛けられない。そうなってしまった。
──きっと、一生。
◆◆◆
今でも、冬の青い空を見る度、酒の売られているコーナーに立つ度、フラッシュバックが襲う。とても飲酒などする気になれない。
──もう、酒なんて見たくもない。
◆◆◆
お手洗いに立つ。
赤くなった生理用品を、悪魔を見る目で睨み、捨てた。
女であることを、何度捨てようと思っただろう。
──私は、何も悪くないのに。
吐き気が込み上げ、そのまま便器に嘔吐する。
昼食が無駄になった。
私のあれからの人生も、無駄なのだろうか。
幸福を理不尽に奪われた私の人生は、もう修復できないのだろうか。
黒い感情が、自分の腹を殴らせた。
<了>
バッカスの記憶 玄道 @gen-do09
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