群像劇

常磐 優希

《Es》

 どうやら私は眠っていたようで、目を覚ますと冷たい木目の床に頬を付きながら倒れていた。

 私がどうしてここに居るのかもよく憶えていないし、私が誰なのかも正直あんまり憶えていない。ただ、ここにいると自然と怖さが和らぐ。

「──ああ、起きたのね」

 女性の声が聞こえもしかしたらここがどこなのか教えてもらえるかもと思って振り向く。

 かっこよさと冷徹さ──いや、多分冷静さ。氷のように冷たい視線を放つ整った顔に似合う黒い軍服を模したようなデザインのドレス。

 見た目は十代後半から二十代前半。分厚い本を片手で持ちながらページをめくる姿はまさにバラそのもの。ただ、赤い情熱のバラじゃなくって。黒く霜の入ったバラ。

「あの……アナタは?」

 文字から目を離し私を一瞥いちべつしたあと。また、文字を目で追いながら彼女は言う。

「──イト」

 今はその名前が気に入っているのと付け足す。

「……イトさん。ここはどこなの?」

 不安が胸いっぱいに広がってそれを抑える為に私は胸を抑える。

「ここは……そうね。創作物から伝記。メジャーなものから日の目も浴びず色あせたモノまですべてが集まる本棚よ──」

「それが……ここ、なんですか?」

「ええ、今の私はそれしかここを伝える術がないわ。分からないことだらけなのよここは」

「あの、私今すぐ家に──」

「もう、帰っちゃうの? いいじゃない。少しぐらいゆっくりしてたって」

「でも、私は……」

「……どうせ、ここは誰にも見られないわ。なら、少しぐらいここでゆっくりしてたってバチは当たらないわ」

 そういったイトの顔は少し寂しそうにも見えた。誰にも見られない。それはとても怖くて寂しいことなんだと今の私なら分かっていたから。

 正直ここに居るのは凄く怖いけど。イトをここに独りにはしておけなかった。

「仕方ないわね。分かったわ、少しここでのんびり過ごそうと思うよ」

 私がそう言っても彼女は視線を向けてはくれなかった。きっと、私なんていてもいなくても変わらないのだろう。それはそれでなんか癪だけど。

「ここは退屈な場所よ。出来る暇つぶしが読書な程には」

「丁度少し休みたかった所なの。休めれるのなら読書も喜んでするわ。私でも楽しめれる本はある?」

「あなたの性格も分からないのにどうやって楽しめれる本を渡せれると思う。……まあ、そうね。いくつか印象に残った本なら渡せれるわ」

「じゃあそれで!」

 私がそういうとぱたりとその分厚い本を脇腹と手で挟むように持ち、イトは本棚から小さな本を取り出してから手渡しでそれを受け取る。

「はい。あなたが楽しめれる保証はないけども」

「ありがとう──!」

 その本を私は顔を綻ばせながら受け取る。そうするとイトはおかしなものでも見るかのような顔をしてたけど、笑ってくれた。

「あなたっておかしな人ね」

 渡された本の表紙には《恋欲》と書かれていた。恋の欲……。恋の物語なのかな。私には少し遠い世界だったな。

 そう、心の中で呟きながらこの果てのない暇つぶしを享受きょうじゅすることにした……。

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2026年1月17日 13:00

群像劇 常磐 優希 @unii21

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