51ヘルツ
とるてたたん
第1話
ある日曜日の夜。月曜日がもうすぐそこにある憂鬱さを感じながらそれを誤魔化すよう、ベッドに寝っ転がりながら無意味にSNSを眺めていると少し気になる言葉を見つけた。
「世界一孤独な鯨」
理由はわからないが無性にその言葉が気になった。調べてみるとどうやら52ヘルツで鳴く鯨のことらしい。その数値が観測されたのが一個体だけだから世界一孤独と呼ばれているのだとか。これに対して他の人はどう思っているのか気になってその投稿のリプ欄を見てみるとこの鯨に共感するような投稿が目につく。
なんだ、世界一孤独と言われている鯨も結局共感する人がいるじゃないか
そんな事を思った。もちろんこの鯨の世界一孤独というのが人間の共感なんかで覆るようなことではないのはわかってはいるが、世界一孤独なことで逆に注目されているのを見てなんとも言えない気持ちになって、そのまま目を閉じた。
月曜日の朝母親に起こされて父と母と私の家族三人で仲良く朝食をとる。一汁三菜とまではいかないが、一汁ニ菜くらいはある。普通の朝食に比べたら私の両親は頑張って朝ごはんを作ってくれているのだろう。実際味はすごく美味しいと思う。でも毎朝食欲がない気がして、でも食べようと思えば食べられてしまうし美味しいとも感じる。
何十回も調べたストレスが限界な人の特徴だと私よりももっと食欲がないようだし私はただ少しストレスが溜まっているだけの、思春期によくある症状なのだろう。そんなことを思いながらも両親と話をしているうちに箸は止まることがなく結局完食してしまった。
「ごちそうさまでした。」
そう言って席を立つと母は嬉しそうに私の食器を片付けてくれる。私は憂鬱な気持ちを感じながらも学校へ行く支度をする。すこし頭が痛い気もするが気のせいで片付く範囲だし毎朝のことだ。それに休んだら要領の悪い私は学校の授業についていけなくなってしまうだろうし、学校の友達と会うのも楽しいから休みたくはない。支度を終えて家から出ようとするといつものように父が見送りに来てくれた。
「行ってきます」
そう言うと決まって
「行ってらっしゃい」
と笑顔で返してくれるのだ。私は本当にいい両親に恵まれたと思う。それなのになんでこんなにも心がぐちゃぐちゃになっている気がするのだろうか。
ふと、通学用の電車に揺られているときに昨夜見た世界一孤独な鯨のことを思い出した。
もう少し詳しく知りたいと思って調べていると関連に鯨の落下という現象が出てきた。
鯨の落下。鯨が死んだ後海底にその死骸が落下しそれは海にいる生き物たちにとって大きな恵みになり、そこで生態系が築かれることもあるそうだ。
リプ欄に集まっている人たちと重なる。どうやら世界一孤独な鯨は現実世界でも大きな恵みを与え、独自の生態系を築いているようだ。
あのリプ欄を思い返すとそんな綺麗なものではなく、それはただ、孤独な人たちの拠り所になって死んでもいない鯨が食い物にされているだけのような気がする。たとえそれをあの鯨自身が望んでいないとしても。それはどうなんだろうか。
でも、その鯨の恩恵にあやからないと生きていけないほどの苦しさを私は持っていない。そんな私が否定する権利など何一つ持ち合わせてはいないのだろう。
そんなことを思っているといつのまにか駅に着いていた。慌てておりてエスカレーターに乗る。歩かずに乗ってくださいというアナウンスが流れているのにみんな歩いている。ここで立ち止まったらどうなるんだろうと思うが、そんなことする勇気もないし、たくさんの人に迷惑がかかってしまうだろう。
学校へ向かって歩く。優しい友人たちの顔を思い浮かべつつ歩いているとあっという間に教室に着いた。まだ人の少ない教室を歩いて自分の席へと向かう。1時間目の授業を確認して教科書を取り出しておく。友人達が来るまでの退屈な時間を特に面白くもないスマホゲームをして時間を潰していると10分ほど経ってようやく友人達がきた。
嬉しく感じながらその席へと向かう。そしていつものように他愛もない会話を交わしてHRの始まりを知らせる鐘が鳴る少し前に席へと戻る。まだ立って喋っている人たちがいるのを見てもう少し喋っていれば良かったかななんて考えているとHR開始の合図が鳴った。それにもかかわらず、まるで合図が聞こえていないかのように喋っている。先生が教卓に立ったのを見て、やっと慌てて席についた。その人が走って席へ戻ったせいで私の机が少しズレた。そのことを気に止めるものは誰もいない。あの人は優しい人だし悪気がないのはわかっているが胸のモヤが少し強くなる。そう考えていたせいで起立するときに反応が遅れてしまった。あの人のせいだという怒りが湧き上がってくるが急いでその感情を抑える。悪気がない人に当たるのは申し訳ない気がするから。
このクラスは良い人ばかりだ。反応が遅れた私を笑う人がいないどころかHRが終わった後に体調が悪いのかと心配してくれた。ただ私が悪い思考をしていただけなのに、気を使わせて罪悪感が湧いてくる。
心配の言葉に返事をした後また他愛もない話をして過ごす。本当になんの意味もない会話だがこの時間が幸せなのだ。やはり私は世界一孤独なんかではない。こんなに友人にも学校にも恵まれている。あそこにいる人たちはきっと今の私なんかよりもよっぽど辛いのだろう。そう慮ることすら失礼なほどに。
そして授業開始の合図が鳴る前に席に着く。やっぱり合図が鳴ってから座ろうとする人もいた。それが許されるなら私だってもっと喋りたかったけど怒られるのが怖い私はそれができない。
授業が始まった。先生の授業は面白くて本当にわかりやすい。先生が黒板に問題を書く。
「これがわかるやつはいるか?」
なんとなくこうなんじゃないかなと思う回答はある。でも確証がない。言うべきかどうか迷っていると先生が
「誰も答えられるものはいないのか。良いか、ここの答えはこうだ」
と言って正解を板書する。私がさっき思い浮かべていたものであってた。勇気があればとも思うけど間違える可能性もあったし言わなくてよかったとも思う。
学校は間違うところだ。だから間違いを恐れる必要はない。みたいなことをみんな言うけど、じゃあ間違えて馬鹿にされたらその責任は誰が取ってくれると言うのだろうか。
そんなふうに考えているといつのまにか授業が終わっていた。後で誰かのノート写させてもらわなきゃなと思うが頼むのが申し訳なくてどうしようかと悩む。今友人と話に行ったらマイナスの感情を口に出してしまいそうだ。こんな私と会話してくれているのだからせめて嫌な気持ちにさせるわけにはいかない。眠くもないのに会話を避けるための眠いアピールで机に突っ伏す。
次の授業の間に気持ちを整え、休み時間に話に行く。整えたおかげでマイナスなことを言わなくて済んで良かった。
そうしていくつかの授業と休み時間を乗り切るとお昼休みとなった。友達と席をくっつける。私は本当に幸せ者だ。友人は本当に優しくて、かっこよくて良い人だ。だから私がそんな人に迷惑も、心配もかける資格なんてない。
あまり食欲はないけれど親にも友達にも心配をかけたくなくて口の中へと箸を動かす。今日もちゃんとうまく詰め込めて良かった。
午後もただ午前と同じようにやり過ごす。でも、私はそんな日々が楽しい。良い先生、良い友人、良い学校に恵まれて何不自由なく過ごせているのだから。
幸せだ。
幸せなはずだ。
幸せでいなければいけないはずなのに。
なぜこんなにも死に憧れているのだろう。
家に帰るために駅へと向かう。
私の死が、鯨の落下のように誰かのためになることならいいのになと思う。でもそれどころか私の周りにいる優しい人たちを傷つけてしまうのはわかっている。
いつも電車を待つたびに、あの鉄の塊に轢き潰されることに憧れるけど、黄色い線からレールまでのほんの数メートルを歩く勇気がありません。
私は鯨になれないただの人間。海洋生物ですらないのに今日もただこの世を漂っていて、海洋生物ではないから沈んでいる今が息苦しいです。
51ヘルツ とるてたたん @torutetatan
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