夜景と二匹

山田 新

水槽の外の魚

「俺たちがいる今の環境って動物園と言うよりは水族館に近いイメージだよなあ」

 定時退社と同時に上司の気分に巻き込まれてなし崩し的に決まった飲み会の解散後、みなとみらいを散歩してから帰る道中、同期の新田がそんな言葉を突然口にした。

「え?」

突拍子もない話に反射するように私は隣を歩く新田を見たが、新田はあたりの夜景に目もくれず前を見ながら話を続けている。

「少し前まで今居る環境って動物園みたいだなって思ってたんだよ。支店に来る客から見たらカウンター奥の狭い空間に閉じ込められた行員ってなんだか囚われた檻の中の動物みたいに見えるんだろうなって。そう思ってたんだよ。」

まるで深刻な話でもするような語り口調の横顔は若い男特有の油分を少しだけ含んで、みなとみらいの夜景の輝きを一身に受け止めている。そのテカっとした頬と対照的にその表情は少し曇ったような様子だった。

少しお酒を飲んでほろ酔いの私は「うん…そんで?」とお決まりの相槌を打って新田の横をただ並列で歩き続ける。

おしゃれな外資系ホテルの横を通り過ぎて、その先のライブハウス『zepp yokohama』の真横に差し掛かったところで新田が再び口を開く。

「でも最近この状況は動物園っていうよりも水族館に似てるんじゃねえかなと思ってさ。」

声に釣られてチラッと新田の方を見る。話し続ける新田の前髪は少し湿った梅雨の到来を感じさせるそよ風に靡いている。

 新田との付き合いは去年の4月から始まった。新卒でこの、関東銀行に入行して以来、私の配属先支店である横浜支店で唯一、一緒に配属された同期だったこともあり、時々仕事帰りに横浜駅周辺の居酒屋に行っては仕事の愚痴を言い合い、互いの近況を話し合うような間柄だ。そんな他愛もない話をした後は、きまってみなとみらいの街中をこれまた雑談しながらぶらぶら散歩して帰るという学生のようなことを繰り返していた。そんな一年はあっという間に過ぎて、今年で付き合いは2年目になる。

 去年の思い出を勝手に懐かしんでいたら新田が思い出したようにこちらを向いて「お前絶対聞いてないだろ!」とぷりぷりしている。

「ごめん!聞いてる!支店が水族館みたいって話だろ?でもなんで水族館?動物園のままじゃダメだったのか?」と、さっきの横顔から打って変わって少し眉を顰めて疑り深い目線を向けてくる新田に慌てて聞き返す。

「聞いてたんかい」と小さくツッコミながら新田はまた前を向いて話し始めた。

「もちろん動物園も水族館もその中にいろんな檻、水槽があって、中でそれぞれ独特のコミュニティが成立してるって部分は共通してるけど、動物園の場合は檻の中に一匹しか動物がいなかったり、複数いても大体同じ種類の動物だろ?それに比べて水族館って水槽に魚一匹ってことはほぼないし、むしろ複数の種類の魚が一つの水槽の中で泳いでるだろ?そこが似てると思ったんだよ。銀行の支店もさ、同じ社会人なのに性別とか年齢、既婚か未婚か、プロパーか中途か…そんな少しの違いでこの支店での影響力だったり立場、振る舞いがまるで違う気がして…魚みたいに言えば泳ぎ方が違う人間が同じ空間でせっせと働いてるとこがすごく似てると思うんだよ。」

 深すぎる考察に「感性尖りすぎだろ〜」とおどけて返したが「確かにそうかも…」と頭の中で水槽の中を泳ぐ自分を想像する。大きな魚を避けて水槽の中を行ったり来たりする小さく、非力な魚が思い浮かんだ。単体では存在感もなければ一匹いなくなっても飼育員すら気づかないようなそんなちっぽけな…。

「なあ、それなら俺たちはどんな魚なんだろうな」沈みかける思考を振り切るように新田に問いを投げかける。

「え〜むずいけどな〜。俺らの場合は鰯とかなんじゃね??なんかああいう群れてる小魚的なやつ」と少し首を傾げながら答える。私がひとりぼっちの魚を想像したのに比べて新田が「群れ」の魚を想像してくれたのがなんだか嬉しくて「何で?」と聞き返した。新田は「いや、この間さ、俺中学校の同窓会にいったんだけど、その時に他の奴から「お前どこの業界だっけ?就職先」って言われて、「銀行」って答えたら周りの奴から「将来安泰じゃん!」とか「めっちゃ良いじゃん羨ましい〜!」なんて言われてさ。でも実際のとこ俺たちは日々をやり過ごすのに必死なのに外から見たら銀行は魅力的に見えるんだ…って思ってさ。そういうの似てるじゃん?鰯が群れで泳いでるのをショーにしちゃう水族館みたいな…。俺らもイワシも必死なだけだっつーの」と半ば呆れたような口調の新田に「でもさあ、新田の同級生みたいに考えてた頃が自分にもあったんだよな〜」と言った。すると「まぁ外から見りゃそんなもんだよな〜」と新田は開き直るように応えて、続け様に「それにさあ」と付け加えた。「大水槽によくいる群れる小魚って同じ水槽にいる大型魚に食べられることがあるから少しずつ補充して数が減り過ぎないようにしてるんだってさ。」新田が発したテレビに出てくるような意外な豆知識に思わず水槽の中を思い浮かべてしまった。

「ガチ?次から水族館行った時小魚と自分に同情しそう」

笑えない皮肉を言ってみる。ふと、「自分達以外はどんな魚だろう?」と思い、「じゃあさ、支店長とか、次長、代理なんかはどんな魚になると思う?」新田に聞いた。きっと自分の納得いく何かを出してくれるかもしれない。そう思った。

「ん〜まず代理は間違いなくコバンザメだな!」

「ブハッ!!」

その予想外の言葉に思わず吹き出して笑ってしまった。新田は時々こういうことを言うのだ。別に狙ってはいないがその場にいる人間がなんとなくイメージができて、かつなんとなく同意してしまう微妙なラインの面白い言葉を。

「え!?大丈夫か!?」ゲホゲホと咳をする自分を新田は心配そうに見ている。原因はお前じゃ!

 咳がおさまるのを待ってから「なんでコバンザメ?」と聞く。聞くだけでも少しふふっと笑ってしまう。新田は「だって代理って役席者のくせにいつもお局の田所さんの機嫌伺っては俺たちのこと頭ごなしに叱ってくるだろ。代理っていう立派な役職の割には威厳もないし、その点コバンザメもサメっていう立派な名前があるのに自分から餌を取らずに強いサメの下に引っ付いてるだけだろ?ほらそっくりじゃん」

「それいっちゃうと田所さんは完全にサメそのものってことになるな」

「違う?」

「間違いないわ。きっとそのサメ相当獰猛だと思うわ〜!」私は予想外の愉快な話にさっきの暗い考えを忘れて盛り上がってしまう。楽しい。

「目をつけられたら絶体絶命間違いなし!」

「怒ってる時の田所さんの顔で獲物襲ってそう」

「やってみて」

「こう?」

「うっわ!!似てる似てる!おもしれ〜!!」

目をカッ開いて泳ぐ田所さんのモノマネをしたらあまりにおかしくて2人で大爆笑してしまった。

笑いながら新田は畳み掛けるように話を続ける。

「次長はウツボだな。事なかれ主義で静かだけど支店のno.2だからやっぱり目立つし、何より怒らせたら絶対怖いタイプだからな。ウツボも物陰にいるけど派手な黄色の体色はやっぱり目立つし、何より噛みつかれたら人間の指なんてひとたまりもないからな。またそっくりだろ」

「言えてる言えてる!じゃあさ、支店長は??」ついつい捲し立てる。

「支店長はジンベイザメ!支店で一番偉いしすごいのかなー、なんて思ってたけど、実際は書類の検印する以外は繁忙期もお構いなしで次長と2人でお喋りばっかだし、支店の複雑な人間関係とかに無関心じゃん?ジンベイザメもでかい体と悠々泳いでる姿を見ると強そうだけど、実際はプランクトンとかが主食らしいし、そもそも早く泳げないんだってよ!なんか拍子抜けなとこがすごく似てる!歯が退化して牙抜かれてる感じもな…!って特徴激似じゃねえか!!」

「いや、まじで的得てる!」

そんな話をしながら歩いている間に横浜駅からほど近いベイクォーターの前の国際橋と呼ばれる大きな橋にまで歩みを進めていた。夜の黒い背景に浮かぶ建物全体に光が灯り、まるで夜間遊園地で光るメリーゴーランドのよう。その光が横浜の海に注ぐ大岡川と海との汽水域に反射してきらきらと暗い水面で光っている。

私と新田は橋のどしっとした石の欄干寄りかかって話し始めた。「おれ達この水槽の中いつまで生き残れると思う?」答えのない問いを新田にふわっと投げる。

「わかんねえけどたぶん長くはいられないだろうな」

「間違いない」

「早く次の水槽に移らなきゃな~」

「早急にな」

「なるべく水も濁ってないといいな〜」

「アユがいるくらい綺麗なとこな」

「それ淡水だろ」

「そうだった。でもいいんじゃね?思い切って海水から淡水に変えるくらいの環境の変化必要なんじゃね?」

「それもそうだな」

「淡水は少し快適そうだよな〜!ウツボもジンベイザメもサメも、ましてやコバンザメもいねぇしな!!」

「それもそうだな」

 疲れてるからなのかお酒がまだ抜けてないからなのかわからなかったけど、2人で反射的に内容も何もない問答を繰り返す。今はそれくらいがちょうどいい。ゆったりと熟考するのは小魚には似合わない。

 「あー楽しかった。面白かった!満足したしそろそろ帰るかー!」新田が欄干から腰を離す。

「そうだな。明日も仕事あるし、ここらでお開きにするか」私も寄りかかっていた欄干から腰を離した時

"ポチャン"

後ろで水面にものが落ちるような音がした。

「なんか落ちた?」と聞くと

橋の欄干から先に離れていた新田は目の端で水面から音を立てた何かを目の端で捉えていたようで

「ああ、今小魚が跳ねてたんだよ。ちっちゃくてよく群れてるようなやつじゃねえかな。」とあっさり答え、その返答に

「俺らじゃん」と投げかける。

「出世魚だったらいいな」と新田が言って

「どうだかな…そうかもな。」と私が返す。

今更答えなんかわからない問答をしながら2人の小魚は煌々とした夜景の中帰路へ向かって歩き始めた。明日もまた、あの水槽の中で泳ぎ回るために。


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