最弱勇者の逆襲

キョンキョン

第1話

「おい!星、てめぇなんで契約1本も取れんねん!」

「す……すみません!」

「すみませんちゃうやろ!!」


黒縁メガネの上司が甲高い声で怒鳴りつける。

机はもう何度も蹴られて、少しだけ歪んでいた。



「……はぁ〜、星……お前何年目や?」

「2年目です。」

「お前……同期はバンバン契約とってるのに……いやもうええわ。今日も残業4時間やってけ!アポ電90件はかけろ!」

「……承知……しました。」

「はよ行け!」


私は、意識が朦朧して席に座り込み……リストに電話をかけようとする。


「お世話になっております。今回、ワンルームのご提案で……。、」

「おまえ!何回電話かけてくるんだ!俺前言ったよな!?要らないって……どうなってるんだよ!」

「すみません……。」


ブツッ


私は星七海。

短大を卒業して、今は不動産業界で営業事務をしている。

営業事務……なんて言っても、万年営業成績最下位である。

周りからは給料泥棒と言われるばかりでいても陰口の対象だ。


次の電話をかける。

もうこの人にも3日おきに電話してるから多分怒鳴られ、罵倒されるだろう。

これを……あと、87回……87回すれば……帰れる。


私にとっては、帰ることだけが希望だった。

特に帰っても何もやること無かったし。


そういって、他の社員は居なくなり私だけが電話を鳴らし続けていた。

どれも、怒鳴られるばかりで今日も契約どころかアポも1件も取れずに一日が終わり私の非生産的な一日はあっさりと終わりを告げた。


☆☆


「はあ……はあ……。」


私は、まだ終電があると思ったのに……気がついたらあと数分で終電の時間だった。

他にも焦ってるのかたくさんの人が走っている。

今日はいつもよりも人が多く前に進まなかった。


そして、途中で私は足を止めてしまった。


「……間に合わないか。」


不覚にも、諦めてしまった。

あと数十秒扉まで駆け抜ける気力が……一切残っていなかった。

どうせ帰っても少ししたらまたアイツに詰められる1日だ。

帰っても……仕方がない。


クマだらけの自分の顔を見て、少しだけ私はベンチに座る。

風は冷たく、火照ったからだの私を少しだけ冷やしていた。

そして、静かに私はつぶやく……。


「私……なんのために生きてるんだろう。」


涙は出なかった。

昔は泣き虫だったのに、何が悲しくて……何に泣けるのかすらももう分からないままでいた。


このまま……居なくなれば会社に行かなくて済むのかな?

そんなことさえも……思ってしまっていた。

歩道橋の上にたち、車の交差が激しく、きっとここに飛び込めば私は苦しまないかもしれない。


でも、途中で震えてしゃがみこんでしまった。

ここで死ぬなんて……まるで馬鹿じゃないか。


ふたつの意識が反発し合い……私の頭はぐちゃぐちゃだった。

結局、私は会社で寝泊まりする決意をするのだが、そこで変な男が目の前にいた。

背が高くひょろっとしていて、それでいて胡散臭い姿をしている。

まるで紳士のような、マジシャンのようなスーツを主体とした服を着ていた。


どうしよう……無視するか?

いや、契約とって貰おうか?

……いや、もうなんでもいいと2度見したら逆に呼び止められた。



「お嬢さん!どこか酷い顔をしてるね。」

「……酷い、顔。」

「まるで絶望そのものだ。こんなに平和な世界なのに。」

「平和だからこそ……歪んでるんですよ、この世界は。」

「あはははは!そりゃあ傑作!」


そういって、男はおちょくるかのように笑い飛ばした。

少しだけ、男を強く睨みつけてしまった。

でも、久しぶりの感覚だった。

部長に怒鳴られてる時は感情なんてないのに、久しぶりに小馬鹿にされて苛立ちを覚えたのだから、まだ自分が生きてる何よりの証だと感じた。


「おおっと、怖い顔しないでくれ!俺は……君にいい話を持ってきたんだ。」

「マルチ商法なら間に合ってますよ。」

「マルチ?なんだそれ?」


そういえば、久しぶりに会った友達みんなマルチに染まっていたな〜。

きっと、この男もその類なのかもしれない。

そして、私は奇しくもこの前10万円よく分からないものを買わされていたので若干人間不信になっていた。


「いやー違う違う!仕事の紹介だよ!」

「闇バイトもやりません!」

「……君は、なんというかその……大変だったんだな。」


いよいよ胡散臭い男に同情されてしまった。

どうしよう、私ってそんなに不憫に見えるのだろうか。

もうめんどくさい、逆に契約してくれないかなと考えてしまう。

とりあえず契約取れば数ヶ月は詰まれないかもしれないから。


「君……異世界なんて興味ある。」

「異世……界。」


クマだらけの私の目がふと男の目に止まってしまう。

なんて言った?異世界っていった?


「え、違う世界ってあるんですか?」

「そりゃあ……あるもんだよ。世の中は並行して世界があるし、人の数だけ世界があるんだよ。」


男は指を回しながら意味不明な事を言う。

本当に異世界なんてあるのだろうか?

まだ、私の中ではファンタジーでしかなかった。


「行きたいか?その世界は冒険があって!戦いがあって……夢があるんだ!!」

「おおー!夢!」


しかし、その言葉に急に冷めてしまった。

なぜなら偶然か……我社の社訓は夢だからだ。

その言葉に共感して私は見事ブラック企業社員へと昇華してしまったのだから、嫌な信号が私を止めていた。


「あの……ノルマとかは。」

「ははは、そんなものないよ。」

「……労働時間は。」

「自由だ!」


どうしよう、よくできてる気がするけど……私は会社に行くよりはましな気がした。


「よく分からないけど、もう会社に行きたくないのでお願いします。」

「OK!それでいいさ……ほら、目を閉じてごらん?」


私は素直に目を閉じると男が耳元で囁く。

それがこそばゆい感じて少し気持ちが悪かった。


「今から……異世界へと案内いたします。」


そういって、景色は揺らいで地面がまるでトランポリンのように上下する。

私は、気持ち悪くなり車酔いのように徐々に意識を薄めていくと……あるタイミングで意識が戻って、強い日差しが私を指していた。


草原が暖かく……それでいて日光が穏やかだった。


「こ……こ……は。」


スーツを着た私が、見た事ない草原で立っていた。

胡散臭い男はどこにもいないで、私は取り残されていた。


……ってことは……。


「もう!会社に行かなくていいんだ!!やった!もう詰められないですむ!バカにされないですむ!!」


そういって、しょうもない目先の楽に踊らされて私はしばらくはしゃぐのだが、私は孤独な空間で座り込み、突然虚無り出してしまった。


「え、私……ずっとこのまま?」


漠然とした不安が意識を支配する。

え、帰れないの?

ここはどこ?私はだあれ?


そんなカオスな状況の中、草むらが一人でに揺らぐと……青いゼリー状の物が不気味にうごめいていた。


そして、それは私に襲いかかり……物語は始まるのだった。

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