緩衝地帯の第6王女
てきてき@tekiteki
第1話 第1王女の憂鬱
この国は、ふたつの巨大な大国に挟まれた小国である。
地図の上では、細い線で描かれるだけの存在。だが、その細さこそが意味だった。侵略を避けるための“緩衝地帯”。互いに刃を向け合う二つの大国の間に置かれ、衝突を和らげるためだけに生かされてきた国。私は、その中心に立つ王家の血を引いて生まれた。
生まれた瞬間から役割は決まっていた。
王女であること。
均衡であること。
大国同士の関係は、驚くほど脆い。作物の出来がわずかに傾くだけで、不満は増幅される。一頭の家畜の病が、疑念を呼ぶ。たった一つの事件が、戦争の引き金になることもある。だからこの国は、数値で生きてきた。収穫量に応じて税率を変え、重い年も軽い年も黙って受け入れる。逆らうという選択肢は、最初から存在しない。“均衡”とは、冷たい計算式であり、同時に人間の命そのものだった。
私の背後に、常に立つ影がある。
護衛隊長――王家の剣であり、盾であり、そして現実を知る者。
彼は言う。この国が独立しているように見えるのは錯覚に過ぎない、と。兵を動かすことも、剣を抜くことも、すべては二つの大国の顔色ひとつで決まる。それでも国は存在している。存在している以上、守らねばならない。彼はそのために剣を持ち続けてきた。
だが、その剣は大国には届かない。
どれほど鍛えようと、どれほど忠誠を誓おうと、戦争を止めることはできない。それを、彼自身が誰よりも理解している。それでも剣を手放さない理由を、私は知っている。
均衡を保つために、もう一つ捧げられるものがある。
血縁。
婚姻。
王子と王女という“存在”そのもの。
大国同士では、第一王子と第一王女を結婚させる。それは政略というより、通例であり儀式だ。愛など求められはしない。求めたところで、許されもしない。王女たちは、この国の“均衡”として育てられる。名より先に役目を教えられ、感情より先に作法を覚える。その小さな背に、国の存続が静かに押し付けられる。
問題は、その先だ。
第二王子、第二王女、そしてそれ以下の王子王女たち。彼らの婚姻先は、この国に課される義務となる。血を差し出す。それが、この国の宿命。
そして――私は知っている。
この歪な仕組みの始末をつける役目が、いずれ“第一王女”に押し付けられることを。
城門を抜ける風は冷たく、馬の蹄と鎧の鳴る音が重なって響く。出立の準備が進む中、護衛隊長は私の隣に立ち、静かに告げる。殿下は、まだ知らないのだと。自分が何を求められ、何を失うことになるのかを。だが、それを伝えるのが自分の役目なのだと。護る者であると同時に、現実を告げる者でもあるのだと。
この国が生き延びるために、私の人生は“選択”ではなく“献上品”として扱われる。それを知ってなお、前を守ることが剣の価値なのか。それとも、ただの無力の証なのか。彼は迷いを抱えたまま、それでも前に立つ。
この時、私はまだ知らなかった。
自分の運命が、国の命運より軽かったことを。
彼は多くの王女を見てきた。笑顔の裏で歯を食いしばり、弱音を吐く場所すら与えられず、それでも歩き続ける姿を。だからこそ、知っている。この国が、彼女たちの犠牲の上に成り立っているという事実を。そして、その犠牲がただの消耗で終わらぬよう、剣を振るうと決めている。
この国が緩衝地帯であるなら、王女はその中心に置かれた最後の防壁だ。
ならば彼は、その防壁の前に立つ影でいいと言う。
名を呼ばれずとも、歴史に残らずとも構わない。ただ一人の王女が、「一人ではなかった」と思えるなら、それでこの剣を持つ理由は十分なのだと。
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