最期の望みは「無」

夜河アケル

第1話ハグレモノ

俺の人生は何をやってもうまくいかない40年だった。

正確にはうまくいこうとすると手の平から砂がこぼれ落ちる様に気が付けば成功がいつの間にか遠のいていった。

友人関係も、恋愛も、仕事も、結婚も、子育ても。

全て。全てがうまくいかなかった。

今回は。今回だけは。そう思って何度も何度も努力をしてきた。

それでもダメだった。

いつしか俺は何も望まなくなっていった。

残されたのは仕事だけ。

仕事で結果さえ残していれば社会に受け入れられる。

評価される。

それだけがこの世界に俺が存在している、証拠だった。

世界は俺を嫌っている。排除しようとしている。だったら、せめて仕事だけでも結果を残せば、無理矢理この世界に名前を残す事が出来る。その気持ち一つで生きてきた。

そんな人生もここで終わりだ。

死因は分からない。

ただ自分の体を抜け出し、魂だけの存在となった俺は一人横たわり苦しみに歪む顔で死んでいる俺自身の姿を呆然と見るしかなかった。


「俺の人生…これで終わりか。あっけない人生だったな。どんなに努力しても何にも報われなかった。こんな姿…息子には見せられないな…。このままお前は一人で腐って朽ちていくんだろうか…まあ、考えても仕方ないか…」


魂が天へと昇っていく。

死後の世界が本当にあるなんて驚きだ。

神様とやらが実在するのなら…文句の一つでも言ってやりたい。

俺はこれからどこへ…

天国か地獄か。

そんな風に考えていたらいつの間にか辺りは宇宙の様な空間が広がっていた。

俺の知っている宇宙と違うのはいくつもの青い惑星が無数に散らばり、そしてその惑星の周りには小さな光点が数えきれない程飛び回っている光景だった。


「あれは…地球か…綺麗だな…地球は青かったって言いたくなるのも頷ける。本当に青いんだな…」


そう言ってぼーっと地球を眺めていると声が聞こえてきた。


「おや?あなたハグレモノですね。」


「ハグレモノ?なんですか、それ?っていうかあなたは誰ですか?」


「うーん…私が何者か。うーん…そうですねぇ…いつもこの質問されると困っちゃうんですよねぇ…あなた方に分かりやすく言語化すると【神】なんですけど…生憎私は神様ではありませんから。まあ…神様の使い…とでも思っていただければ。私はあなたの様に死んでも魂が星を廻れないハグレモノと呼ばれる生命を何とかするのが仕事というか、なんというか。」


目の前の、神の使いを名乗る男は俺の問いに困った様子で、しかしまたこの質問か…といった風な小慣れた様子でそう答える。


「星を廻る…ってどういう事ですか…?」


「ええっと…あなたの世界の言葉で言うと…そうそう、輪廻転生というやつです。生き物は死ねばその魂は生まれ落ちた星を廻り…そしてまた生まれ変わるその日を待つ。そういうものなんです。ですがあなたはその輪廻から外れている。だからハグレモノ。」


「それで…俺はどうすれば…」


男は魂となった俺を手に取り目を瞑る。


「うーん…まあ普通は元いた星の輪廻に戻してあげるんですが…あなたはそもそも地球に生まれるべき魂ではなかったみたいですね。あなた心当たりないですか?何かあの世界に拒絶されてる様な感覚。」


「…あります…何をやっても…努力をしても…最後の最後でうまくいきませんでした…それが理由ですか!?俺がどれだけ頑張っても報われなかったのは!なんで俺が!」


興奮して問い詰める俺を少しも気にも止めず男は平坦な口調で語り続ける。


「まあ…別にあなただけって訳じゃないですからね。どんな世界にもうまくいかない生き物はいますよ。別にあなたが特別って訳じゃないんです。ハグレモノはそこまで珍しい存在じゃないんですよ。」


「あんたさっきハグレモノをなんとかするのが仕事だって言ったよな!?俺がこうなったのはあんたのせいじゃないのか!?」


「うーん…まあ、私のせいにしたい気持ちは分かりますけどね。見てください。この無限とも言えるこの広大な空間を。一々全ての生き物の魂を見てられないんですよ。あなたなら出来ます?それにふらふら漂って地球の輪廻に勝手に加わったのはあなたでしょう?他責思考も甚だしいですねぇ。」


この神の使いを名乗る男の言い種…なんて無責任なんだ。怒りが込み上げると同時に、目の前に広がる無数の命を前に納得して黙るしかない。


「でもあなたは運が良いですよ。こうやって私に見つけてもらえたのですから。それで…どうしますか?地球の輪廻に戻してあげてもいいですし。またどんなに努力しても報われない人生を送るのは変わりませんが…輪廻に加わればその時に記憶は無くなりますしね。特に問題ないかと。」


【見つけてもらえた】


一々鼻につく言い方をしやがる。

こいつ…人の人生をなんだと思っている…これが神の使い…?これが神の世界に属する人間だとするとあまりに無慈悲だ。

これなら神なんていない方がマシだ。


「もしくは…他の生き物達みたいに別の世界に転生しますか?」


「転生…?」


「はい!偉大な能力を生まれ持って新しい世界を謳歌する!転生です!」


男は急に演技がかった仕草でそう叫ぶ。

一気に胡散臭い話になってきた。

いや今までも十分胡散臭い話だった。

これは夢かも知れない。

そうだ、死んだのは夢でこれは俺の脳が見せている幻だ。こんなものあるはずがない。


「どうします?新しい人生をやり直してみたくないですか?この仕事はとにかく退屈で…時々現れるハグレモノの人生のやり直しの観測でもしてないととてもやっていられないのですよ!どうせ地球に戻っても報われない一生をまた繰り返すだけですし!」


突然目を輝かせ早口で捲し立てる男。


「なるほど…新しい世界で人生をやり直し…あんたをひととき楽しませる…まるであんたにとって人間はおもちゃか何かみたいだな…」


「おもちゃ…?まあどの様に取っていただいても構いませんよ?生き物に神の世界の理屈は分からないでしょうし。ただ…転生をするなら私からプレゼントをあげましょう。」


「プレゼント…?」


「はい…!とっておきのプレゼントです。【努力が報われる加護】を授けましょう!どうです?あなたは今まで何をやってもうまくいかなかった。でも次の人生は努力をすれば報われる!かも知れない人生になるんです!そんな人生…味わってみたくないですか?」


もう努力なんて…俺はとっくに諦めたんだ…そんな言葉…信じろっていうのか…

答えあぐねていると神の使いは続ける。


「では、次の人生、しっかりと全う出来たら一つだけ私が出来る範囲で願いを叶えてあげましょう!これでどうですか?」


願い…願いか…俺の願いは…


そうだ…【無】がいい。もうこんな繰り返しは沢山だ。たとえ記憶がなくなろうと何度も何度も報われない人生を送るなんて地獄でしかない。


「…俺の魂を…完全に無に…消す事は出来るんですか…」


少し考えた後、男は答える。


「…ええ。出来ますよ。お望みとあらば。」


「…わかった。やってやるよ。あんたを楽しませる為に…せいぜい努力とやらの店じまいバーゲンセールをやってやるよ!」


「ミセジマイ…バーゲン…?よく分かりませんが交渉成立ですね!それでは!」


男がそういうと暖かい光に包まれて…次第に意識が薄れていく…

その間際に聞こえたのは男の声だった。


「努力は…自分の為にするのですよ…」




そうして俺はこの世界にやってきた。

確かに男の言った通り…努力は報われた。

何でもない平民生まれの俺が、領地を拝領し妻や子ども、孫や友人にも恵まれ全てを手に入れた。

今多くの家族や友人に囲まれてその命の灯が消え逝こうとしているのを待っている。

部屋の隅にはあの男が立っている。

もうすぐだ。もうすぐ俺の人生は終わる。

魂ごと無になれる。

もう努力しなくていいんだ。


あの時と同じ…俺の魂は俺の体から抜け出て…懐かしいあの空間にいた。


「いやぁ…素晴らしい人生でしたね。努力が報われる加護。どうでした?まあ、全てが上手くいくなんて無茶な効果は付けませんでしたが、それにしてもいい人生だったでしょう?」


「…そうだな…努力か…努力が報われるとこんなにも心が満たされるんだな。ありがとう。おかげで俺も楽しめましたよ。神のお使い様。」


「いえいえ、私の方こそ随分楽しませていただきました。それで望みを叶えるという約束でしたが、最後にもう一度聞かせていただきますね?魂の完全なる無。これが望みで本当によろしいのですね?」


一度目の人生…そして二度目の人生…100年以上の人生の記憶が走馬灯の様に蘇ってくる。

俺の最後の望み…

そう、最後の望みは…


「俺は…」

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最期の望みは「無」 夜河アケル @kouya0708

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