異種淵源種の光輝軌跡(ゴールデン・トレース) 〜論理の初恋は、隣国の騎士を蹂躙する〜
生贄コード
第1話:運命の出会い(偽装プロトコル:真正ギルベルト家・20歳の記録)
幸せの記録です
ルーカス・ソリチュードは、自宅の結界安定値に異常がないことを、脳内の演算領域で再確認した。
「……オール・グリーン。結界内魔力濃度、母のHQ安定指数及びバイタルも誤差の範囲内だ」
彼は20歳になり、自らの知性が「家族の平穏」を守るための唯一の盾であると、傲慢にも信じ込んでいた。
「ルーカス! 大変だ、母さんが包丁で指を切ったぞ!」
父、ギルベルトが慌てた様子でリビングから顔を出した。
「傷の深さは0.3ミリ。出血量は微量です。父さん、そんなに慌てる必要は――」
「バカ言え! 母さんの綺麗な指に傷がついたんだぞ! これは世界の危機だ!」
ギルベルトはルーカスに、悪戯っぽく、けれど確かな愛情を込めて目配せをした。
「な?母さんを心配させちゃダメだぞ。ルーカス、代わりに森に行って『癒しの小草』を摘んできてくれないか。ほら、母さんの好きなあそこにあるやつだ」
ルーカスは溜息を吐いた。
この近辺で最も効率的な薬草採取の分布図は、すでに彼の脳内にデータベース化されている。市場で購入すれば3分で済む話だ。だが、父が求めているのは「結果」ではなく、母を想って森を駆ける「健気な息子」というロールプレイなのだと、彼は理解していた。
「……わかりました。行ってきます」
彼は渋々、使い慣れた短剣を腰に差し、森へと足を踏み入れた。
足取りは軽く、無駄がない。効率を愛する彼は、最短ルートを算出しながら、黄金色の木漏れ日の中を進んでいく。
この時、彼はまだ知らなかった。
摘みに行く薬草の先に、人生を変貌させる、あまりにも眩しい『運命』が待ち受けていることを。
「……最短で終わらせて、母さんの夕飯を手伝おう」
20歳のルーカスは、無邪気にそう呟いた。
その背後で、帝国のアーカイブが静かに、けれど確実に、彼の人生のためのページをめくった。
森の奥で、異質な魔力の高まりを感知した。
演算回路が弾き出したのは、複数の魔獣による「集団捕食」の波形。そして、その中心で断続的に明滅する、今にも消え入りそうな一人の魔力。
「……計算外のノイズだ。放置すれば結界安定値に微細な歪みが残る」
ルーカスは最短ルートを駆け、その場に辿り着いた。
視界に飛び込んできたのは、周辺に転がる無惨な遺体、そして血に塗れた白銀の鎧。隣国の紋章を背負った女騎士が、巨大な牙を剥く2mの魔獣達を前に、単身で死を覚悟した瞳を向けていた。
(魔力による殲滅は、周辺の生態系データベースを書き換える。非効率だ)
ルーカスは一切の魔力発動を封じ、静かに、けれど光速の踏み込みで女騎士の傍らに降り立った。
「……剣を借ります」
「えっ、あ――」
驚愕に目を見開く彼女の腰から、騎士剣を「徴収」する。
直後、ルーカスの肉体という名の精密機械が、竜種の出力を剣技という限定された出力ポートへ一点集中させた。
――サクサクッ。
瑞々しい果実を割るような軽い音。
魔獣が何が起きたか理解する前に、その頸動脈は正確に、ミリ単位の狂いもなく斬り裂かれていた。断末魔の悲鳴すら「効率」によって切り捨てられ、巨大な肉塊が静かに沈む。
返り血を一滴も浴びることなく、ルーカスは剣を彼女の鞘に戻した。
「よかった。血を浴びずに済んだ。癒しの小草を取りに来たんです。……母へのお土産なので、汚したくなかった」
女騎士――リーゼは、呼吸を忘れていた。
驚愕と、困惑。そして、魂の奥底から突き上げるような激しい熱。
目の前の青年が放つ、氷のように冷徹で、太陽のように圧倒的な「力」。彼女はその理知的な眼差しに、自分を、そして世界を書き換えてしまうほどの全能感を見た。
「その剣技……っ! あ、あなたは、なぜこんな森の中に!? 騎士団に入らないなんて、世界の、人類の損失だわ……っ!」
頬を紅潮させ、震える声で叫ぶリーゼ。
ルーカスは、データベースに登録されていない「情動」のぶつけられ方に、微かに眉をひそめた。
「剣は苦手なんですよ。魔力を制御する方が効率的ですから。……それより、出血を止めるのが先決では?」
彼の淡々とした、事務的ですらある返答。
腰につけたポーチから手際よく薬と包帯を取り出した。
それが、リーゼの胸に灯った火に、最高級の油を注ぐことになるとも知らずに。
ユス団長の娘として「強さ」のみを指標に生きてきた彼女にとって、ルーカスの存在は、人生のすべてを捧げるに値する、唯一無二の「正解」として検収(受理)されてしまった。
翌日。
ルーカスは自宅の工房で、村から持ち込まれた旧式の揚水機を解体していた。
父ギルベルトは「腕の良い鍛冶師兼猟師」として、村のインフラ維持に渋々手を貸している。その実態は、帝国の追跡を阻むための魔道具の調整と、家族を脅かす外敵の排除だ。
彼らにとって、村との交流は「平和を買うための最低限の納税」に過ぎない。
「……ギアの摩耗。油圧系統の論理エラー。……修理完了まで、あと120秒」
無機質な独り言を呟いた、その時だった。
崖の下から続く唯一の小道に、場違いな「金属音」が響いた。
ルーカスの演算回路が即座に音波を解析する。
――白銀の鎧。昨日の、ノイズだ。
「……チッ」
舌打ちとともに工房を出ると、そこには昨日の女騎士――リーゼが立っていた。
息を切らし、けれどその瞳には、昨日よりもさらに熱烈な光を宿して。
「……どうしてここが」
ルーカスの冷淡な問いに、リーゼは弾かれたように笑顔を作った。
「村長さんに聞いたの! 崖の上に、凄腕の鍛冶師と、その息子さんが住んでいるって。昨日の……お礼がしたかったの。助けてもらったのに、すぐいなくなっちゃったから」
「礼など不要です。あれは僕の効率的な領域防衛の一環に過ぎない」
「でも、私は助かったわ! それに、この場所……素敵ね。村の人たちが言っていたわ。『ソリチュードの親子は変わり者だけど、壊れた機械を持っていけば何でも直してくれるし、森の化け物からも村を守ってくれる、崖の上の守護神だ』って」
ルーカスは微かに眉をひそめた。
守護神。
村人たちのその呑気な信頼こそが、ソリチュード家の「孤独(セーフティ)」を、外部からの干渉という「毒」に晒している。
「帰ってください。ここはあなたが来るような場所じゃない」
「そうはいかないわ! 私、リーゼっていうの。あなたのお名前、教えてくれるまで帰らないから!」
工房の奥で、ギルベルトが楽しげに鉄を叩く音が止まった。
「……なんだ、ルーカス。女の子を玄関先で待たせるのは、ソリチュード家の論理に反するんじゃないか?」
工房の奥、熱を帯びた鉄の匂いとともに、父ギルベルトが顔を出した。
人生を謳歌する男の瞳には、年頃の息子を揶揄う健全な愉悦が宿っている。
「……父さん。そういう非効率な冗談はやめてください」
「ははっ、冷たい息子だ。お嬢さん、こいつは愛想が悪いが、腕と心根だけは確かだ。ゆっくりしていきなさい」
その日を境に、崖の上の静寂は完全に失われた。
雨の日も、風の日も。
結界安定値がどれほど変動し、泥濘がどれほど移動効率を下げようとも、リーゼはソリチュード家のドアを叩き続けた。
「……はぁ。また来たんですか。今日は風速12メートル、外出は非効率の極みですよ」
ルーカスが呆れたように扉を開くと、そこには濡れた銀髪を拭いながら、太陽のように笑うリーゼが立っていた。
手には訓練用の木剣と、昨日彼が手伝った「仕事」への感謝が握られている。
「いいじゃない、そこの森、訓練にちょうどいいのよ! それに……昨日はありがとう、ルーカス。部下の遺体回収、あなたがいなかったらもっと時間がかかっていたわ。みんな、あの森を『呪われている』って怖がって近寄らないから……本当に助かった」
リーゼの瞳に、ふと影が差す。仲間を失った悲しみと、それを「誰も助けてくれなかった」という孤独。
だが、ルーカスはその情緒の揺らぎを、氷のような論理で即座に検収(受理)した。
「勘違いしないでください。死体の放置は腐敗臭による害獣の誘引を招き、森の生態系サイクルを乱します。それは僕の『狩場』の資産価値を下げる行為だ。だから排除(手伝い)した。……それだけの話です」
「……ふふっ、相変わらずね」
リーゼは、彼の冷たい言葉の裏にある「確実な救い」を、自分なりの正解として解釈し、さらに一歩踏み込んでくる。
ルーカスは気づかない。
「死体」を資産管理の対象としてしか見ない自分の冷徹さが、リーゼという熱情のフィルターを通ることで、どれほど「不器用な優しさ」という名の致命的な誤解を生んでいるかに。
「さあ、お礼に今日は特製のパイを持ってきたの! 一緒に食べましょう?」
「……毒物の含有チェックに時間がかかります。非効率だ」
そう言いながらも、彼は彼女を追い返さない。
20歳のルーカスの演算領域に、「リーゼ」という名の不可逆的なエラーが、甘く深く刻まれていく。
「あら! パイなんて、この家では本当に珍しいわね」
リビングから、母アリサの弾んだ声が聞こえてきた。
リーゼが持参したパイは、アリサの手によって手際よく切り分けられ、ソリチュード家の食卓に「余所行きの華やかさ」を添えている。
「お菓子作りだけは、昔から得意なんです! 喜んでいただけて嬉しいわ」
「ふふ、素敵ね。うちの男たちは二人とも「栄養素」と「効率」ばかりで、こういう華やかなものには疎いんですもの。ねえリーゼさん、よかったら今度、一緒にキッチンに立ちましょうか。もっと凝ったものも作ってみたかったの」
「本当ですか!? ぜひ、アリサさんに教わりたいです!」
リビングを占拠する、高く澄んだ二人の笑い声。
それは、かつてギルベルトが己の人生すべてを賭して、帝国という冷徹な論理から「アリサ」という存在を隠し通し、守り抜いてきた「平和」の完成形だった。
ルーカスは、リビングの片隅でパイを口に運びながら、その光景を処理しきれずにいた。
(……計算外だ。母が外部の個体とこれほど短時間で同調(シンクロ)する確率は、5%以下だったはず)
アリサの横で楽しげにレシピを書き留めるリーゼ。
その光景は、ソリチュード家が長年維持してきた「外界との隔絶」という絶対防衛線を、パイ一切れの甘さで容易く無力化してしまった。
(母さんのHQ安定指数……異常なまでの上昇。血行促進、エンドルフィン分泌量も過剰だ。……不潔なほどに「幸福」な数値だ)
「なんだ、ルーカス。そんな難しい顔をして。パイは毒物チェック済みだろう?」
隣で紅茶を啜るギルベルトが、声を殺して笑う。
「……ええ。安全性は確認しました。ですが、リビングの騒音レベルが基準値を超えています。非効率だ」
「ははっ! それが『家族の賑やかさ』というものだよ。覚えておきなさい」
ルーカスは、フォークを置いて溜息をつく。
だが、視線の先でアリサと手を取り合って笑うリーゼの姿を、彼の演算領域は「排除すべきノイズ」として処理することを拒絶していた。
むしろ、その眩しさを。
この「崖の上の孤独な聖域」に差し込んだ、取り返しのつかないほどの光を。
彼は無意識のうちに、人生で最も優先すべき「守るべき資産」として、最上位のディレクトリへ保存(受理)し始めていた。
リビングには、ソリチュード家の「財宝」たちが揃っていた。
「……ルーカス、また変な獲物を拾ってきたのね」
冷静な声でそう言ったのは、長女のフィリア(18)だ。彼女は獲物の解体から防衛までをこなす狩人であり、その瞳は常に家族の生存率を冷徹に見定めている。
「ノイズですよ、フィリア。……ユージン、本ばかり読んでいないで、少しは揚水機のギアでも磨け」
「……うるさいな、兄貴。論理の無駄遣いだよ」
次男のユージン(16)が、反抗的な態度で古い書物から目を離さずに応じる。
その足元では、おとなしい性格のケイ(10)が、森から迷い込んだ小動物と静かに心を通わせている。
そこへ、リーゼの明るい声が飛び込む。
「わあ! 大家族なのね! みんな、初めまして!」
「あら、賑やかになるわね。フィリア、リーゼさんに椅子を」
母アリサが微笑み、ソリチュード家の「孤独」は、完全な「家庭」へと上書きされた。
ルーカスは、リビングの片隅からその光景を検収する。
(……フィリア、ユージン、そしてケイ。母さんの指数も安定している。この『資産』の維持こそが、僕の人生の全目的だ)
幸せな時間に,一人が増えた瞬間だった。
帝国公安委員会 聖遺物保全局監査官:「記録閲覧希望か?名前はそこに書いておけ」
異種淵源種の光輝軌跡(ゴールデン・トレース) 〜論理の初恋は、隣国の騎士を蹂躙する〜 生贄コード @sacrificecode
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