花束と白い手
後藤 蒼乃
第1話
私は、一枚の写真を眺めていた。
そこに写る無垢な笑みをたたえる少女。
彼女は、本当に笑っていたのだろうか。
深い海のような群青の瞳は、なにかを語っているようにも見えた。
この写真を撮ったのは、私がまだ駆け出しの新聞記者だった頃だ。
といっても、小さな町唯一の新聞社ゆえ、大きな事件もない穏やかな町の様子を記事にし、定型的に紙面を埋める代り映えのない仕事に、都の大学を卒業し意気揚々と入社した私は肩を落としていた。
それでも、町民の購読率は高く、国内の大手新聞のそれを大きく上回っていた。
取材に出向くと、町の人々はどこでも歓迎して迎えてくれた。新聞に自分が載ることが栄誉なこととなっていたからだった。私の上司は、それにつけあがり横柄な態度を常にとっていた。見苦しかった。私はこうなるまいと自身に戒めをかけた。
静かな町ほど、祭りは盛大にやるものだ。
町民は、この日のために体力を温存していたかのように弾けるのだった。
どこもかしこも音楽が流れ、大人も子供もいたるところで踊り続ける。夜には花火も上がり、さらに盛り上がる。
初めての私は興奮して、食事をすることさえ忘れ、カメラに収めようとしていた。
祭りの2日目は、皆が楽しみにしているミスコンテストが開かれる。
町一番の美人に選ばれると、賞金がもらえるだけでなく、町の代表として国王に会うことができた。そこで、国王に気に入られれば、第二、第三の夫人として何不自由なく過ごせる人生が待っている。年頃の娘たちは、こぞって参加した。
その年のミスは、西の谷に住むソフィアだった。
ソフィアは、すらりとした長身、抜けるような白い肌、長い手足、煌めくブロンドの髪、吸い込まれそうな青い瞳に、そばかすを化粧で隠そうとしない潔さと、笑うと急に親近感をわかせる不思議な娘だった。
ミスとしての大仕事は、すぐにやって来た。
町の特産品である花、ガブリエラデピアニスタの花束を国王の誕生日に届けるのだ。
ガブリエラデピアニスタの花は、バラのように豊潤で百合のように気高く芍薬のように艶やかで、尚且つこの町の土地でしか育たない繊細な植物だった。
私は、ソフィアを密着取材することになった。そして役場職員のロンが、この花束の入った箱を宮殿まで運ぶ任務として同行した。
ソフィアとロンと私は、汽車に乗り、宮殿のある都へ向かった。
ガタガタと揺れる汽車の中は、満員の人いきれでむっとしていた。
私の向かいの席に座るソフィアは、この日のために町があつらえた純白の絹ドレスを汚さぬように、裾を手繰り寄せていた。
ほかの客たちが、代わる代わる美しいソフィアの近くに来て記念撮影をし、白い手と握手する。
ソフィアは、笑顔を絶やさず、気持ちよく応対していた。
撮影会が一段落すると、
「アタシ、都に行くの初めてなんです!」
興奮と緊張の入り混じった表情で、真っ直ぐ私を見つめ、ソフィアは言った。
「でも、ロンと一緒なら心強いわ」
ソフィアの隣に座るロンは、小さく頷く。大きな箱を抱えている為、顔が半分しか見えておらず、箱がお辞儀しているようにも見えた。
「二人は知り合いなんですか?」
「はい。同じ西の谷の出身です」
「ソフィアは、小さいころから綺麗で、いつかミスになると思っていましたよ」
そう得意気に言うロンは、小柄でくせ毛の青年で、ソフィアの隣では一層ちんちくりんに見えた。
「ロンは、頭が良いんです。未来の町長候補です。ね!」
ソフィアはロンに同意を求めた。箱がまたお辞儀する。
「アタシ、都の話が聞きたいわ。記者さんは、都の出身なんでしょ?」
「いや、大学の4年間だけですよ」
「それでも、凄いわ。アタシはこんなことがなかったら、一生町から出なかったと思うわ」
「都は、あまり良い街ではないですよ」
「そんな夢のないこと言わないで」
「王宮は確かに立派ですが、雨が多く、じめじめしてかび臭いところです。貧富の差が激しく、治安もよくありません」
「だから、アタシたちの町に来たんですか?」
「一理あるね。それだけじゃないけど」
私は窓を向き、都の方角に目をやった。
「記者さんは、シティーボーイだね」
箱から顔を覗かせたくせ毛が言った。
「なあに? それ? アタシが都に住んだら、シティーガールになるの?」
「ソフィアが住むときは、嫁に行くときじゃね。ガールではないな」
「そんな、人をすぐおばさんにしないで! もう!」
ソフィアの白い手が、ロンの肩を叩く。
二人のやり取りに、私は思わず笑ってしまった。
「いや。失礼」
困った顔をするソフィアとロン。
そんな二人にカメラを向け、シャッターを押した。
その後も汽車の中で、いろんな話をした。
時折、わたしが向けるカメラに嫌な顔一つせず、いつも笑顔だったソフィア。
ちんちくりんのロンにも優しい声をかけるソフィア。
宮殿に着くと、記者のわたしは門の外で待つように、衛兵に言われた。
ソフィアとロンだけが、中に入ることを許された。
しばらくして、わたしは他の町の記者と共に、王宮庭園に案内された。
広い庭園は、よく手入れされており、葉の一枚も落ちていないようだった。
中央に大きな赤い絨毯が引かれ、国王が現れる。
誕生日祝賀会が盛大に始まった。
国王のまわりには、各地の美女が取り囲んでいた。
そして、ひとり、またひとりと、町の名前が読み上げられ、美女が特産品を献上する。
ついにソフィアの番がやって来る。
カメラのレンズの焦点を合わせる。
白い手で、花束を慎重に抱えていた。
緊張しているのか、笑顔がこわばっていた。
がんばれ! きっとうまくいく!
その時だった。今まで聞いたことのない大きな爆発音が、わたしの耳を突き刺した。
なにが起きたのだ?
気が付くと、私の足元にあの白い手が落ちていた。
ソフィアとロンは、国王の暗殺計画に利用されたのだった。
わが町の西の谷には、小さな古城があった。
そこに前国王の息子テオが幽閉されていたのは内密とされ、町で知る人はほとんどいなかった。
計画の首謀者テオが、次期国王になったのはすぐだった。
私は写真を眺めながら、新国王の即位の記事を書いている。
でも、その記事は小さく載せられた。
町の人には、もっと大事なわが町のニュースがあった。
花束と白い手 後藤 蒼乃 @aonoao77
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