真の愛wwwを語る王太子を異世界の拳銃で黙らせた件

火猫

第1話 初夜、拳銃が全てを終わらせた


 その寝室は、完璧に整えられていた。


 王太子夫妻の初夜に相応しい豪奢な天蓋付き寝台。


 祝福の紋章が織り込まれたカーテン。


 甘すぎない香が焚かれ、侍女たちは一分の乱れもなく退出した。


 …形式だけは。


 ウルスラ・パナージュは、寝台の端に腰掛けたまま、静かに王太子アーヴィンを見ていた。


 彼女の表情は穏やかで、怒りも不安も浮かんでいない。


 それが、彼の癇に障った。


「……先に言っておく」


 王太子は、さも重大な真実を告げる英雄のように口を開いた。


「僕には、真に愛する人がいる」


 ウルスラは瞬き一つせず、続きを促すように視線を向ける。


「十三歳の時に出会った。貴族学院で、運命に目覚めたんだ」


 出た、とウルスラは内心で思った。


 前世でも何度か見たタイプだ。


 自分の感情に名前を付けた瞬間、それが世界の真理になると思い込む人間。


「だから、君を愛することはない。これは最初から決まっていた」


 言い切る声には、なぜか誇らしさすら滲んでいる。


 ウルスラは、少し考えてから、静かに頷いた。


「理解しております」


 その反応は、王太子の想定外だった。


 怒ると思っていた。


 泣くか、縋るか、少なくとも動揺するはずだった。


「……理解?」


「はい。政略結婚である以上、感情の不在は想定内です」


 ウルスラは立ち上がり、寝台から距離を取る。


「では私は、あちらのソファで就寝いたしますので」


 完璧な対応。


 理性的で、非難もなく、王太子の高尚な恋を否定もしない。


 だがそれが、彼のプライドを踏み潰した。


「待て!」


 王太子は声を荒げ、無意識に彼女の腕へ手を伸ばした。


「勘違いするな。既成事実は必要だ!」


 その言葉が、空気を凍らせた。


「王太子妃として、形だけでも役目を果たしてもらわなければ困る。君が愛されなくとも、王家としては」


 その先は、音にならなかった。


 乾いた破裂音が、夜を裂いた。


 パンッ。


 王太子の視界の端で、何かが宙を舞った。


 自分の髪だと理解するまで、ほんの一拍の遅れがあった。


「…はぇ?ぎゃあああっ!?」


 悲鳴は遅れて出た。


 頬に走る熱。

 床に落ちる血の雫。


 彼は尻餅をつき、必死に距離を取る。


「な、な……何を……!」


 ウルスラの右手には、黒く鈍い光を放つ異物があった。


 この世界の魔道具には存在しない、直線的で無骨な形状。


「私の召喚魔法で呼び出したものです」


 声は、先ほどと一切変わらない。


「異世界では拳銃と呼ばれています」


 彼女は、慣れた手つきで構え直す。


「安心してください。今のは威嚇です」


「い、いかく……?」


「はい。ただし…次に触ろうとしたら、外しません」


 王太子の思考は、完全に停止していた。


 怒りも、羞恥も、理屈も消え失せ、残ったのはただ一つ。


 こ、殺される。


「ま、待て……冗談だ……!ぼ、僕は王太子だぞ!」


「存じております」


 だから撃ったのだ、と言外に語るような目。


「王太子であろうと、拒否された接触は許容されません」


 彼女は、淡々と告げる。


「それ以上の理由は、不要かと」


 王太子は、それ以上一歩も近づけなかった。




 彼はその夜、一睡もできなかった。


 銃声が、耳の奥で何度も鳴ったからだ。




 一方その頃。


 ウルスラはソファで、規則正しい寝息を立てていた。


翌朝、王城に「ビビり王太子」が誕生した。


 王太子アーヴィンは、夜明けと同時に医務室に向かい…検査を受けた。


「命に別状はありません」


 医師は淡々と告げた。


「傷も浅く、縫合の必要もないでしょう」


 王太子は安堵の息を吐いた。


 ああ、助かった。

 殺されはしなかった。


「ただし……」


 その一言で、彼の背筋が凍る。


「大きな音に対して、著しい過敏反応が見られます」


「……は?」


 医師は首を傾げた。


「扉の閉まる音で心拍数が急上昇しました。今も、筆記具を落とした音に反応されています」


 その瞬間、隣室で何かが落ちた。


 カタン。


「ひっ!」


 王太子は反射的に身をすくめ、ベッドの端にしがみついた。


 医師と侍女が、微妙な沈黙を交わす。


「……幻聴の兆候もありますね」


 その日からだった。


 王城中に、奇妙な噂が流れ始めたのは。


――王太子殿下は音に敏感らしい

――夜中に銃声が聞こえると叫んだとか

――紅茶の音で震えたって?


 噂は尾ひれを付け、笑いに変わる。


 一方、ウルスラはいつも通り朝食を取っていた。


「昨夜は、よく眠れましたか?」


 侍女長が慎重に尋ねる。


「はい。問題なく」


 その返答に、侍女長はすべてを察した。


 ――ああ、この方が主導権を握ったな、と。




 王太子は、朝の会議室に姿を現した。


 頬には不自然なほど大きな絆創膏。

 視線は落ち着かず、扉の開閉音にいちいち肩を跳ねさせる。


 宰相が書類を机に置いた。


 コトン。


「ひっ……!」


 会議室が、静まり返った。


 国王は、ゆっくりと息を吐く。


「……アーヴィン。何があった?」


 王太子は、答えられなかった。


 あの夜の光景が、脳裏に焼き付いて離れない。


 冷たい銃口。

 感情のない声。


 …理解しております。


 その言葉が、なぜか一番怖かった。


 その日、王城に新しい呼び名が生まれた。


《ビビり王太子》


 そしてそれは…。

 この国の長い地獄の、ほんの入口に過ぎなかった。

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