第2話 鳴神様とパンケーキ

薄い灰色に染まったウルフヘア。

小麦色に焼けた肌とアンマッチな、ゆるふわの寝衣姿。


「のぅ、辰馬よ。この映像の続きはどこにあるのじゃ?」 


そして、最も異様なのが──この老人言葉。


「それは……違法視聴なのでないですね」


見た目の端々には、幼馴染の面影が垣間見える。

それでも彼女が美琴だと認識することは、どうしてもできなかった。


「なに?違法じゃと!?

……なんと、ワシは気付かぬうちに人の理を踏み外してしまっていたのか」


それもそう、当然の話である。

何せその中身は、かつて鳴神山地を寝床にしていたと謳われる、伝説の黒龍なのだから。


「……そこまで、重く捉えなくても大丈夫ですよ。

わざとではないですし」


(むしろ、貴方の存在の方がアウトなんですが)


なんでこんな超弩級ちょうどきゅうの案件を、一端の高校生が負わねばならないのか。

答えは明白だ。すべて、三笠さんの責任である。


『黒龍の姿?が影響してるのは分かりましたが……

灰色の髪に日焼けってギャルすぎません?田舎だと目立ちますよ』


『そこは問題ない。先ほど鳴神様が仰っていた通り、あのお方は気配遮断ができるからね』


『いや、そういう問題じゃ……

ていうか、なんで俺なんですか?

神社とか、もっと適切な機関があるでしょ』


『うーん、本当はそうしたいんだけどね。

鳴神様からのご指名なんだ』


『はぁ?なんでまた……』


『──これは、おじさんの勝手な考察なんだけどさ。

憑代の嗜好が影響してるんじゃないかなって』


『憑代って……美琴が?』


『そう、美琴。

彼女、君のこと気にしていたみたいだから』


『えっ!?それって──』


『じゃ、そういうことだから。

新しい御神体ができるまで宜しく頼んだよ』


『あっ、ちょっと待っ──』


当座の金と、諸々の必需品だけを残して、三笠さんは神様を置いて行った。


「ほぅ、これが噂のパンケーキというやつか!

実に美味そうじゃのぅ!」


こうして、なし崩し的に共同生活が始まったわけだ。


「出来立ては熱いので、気をつけてください」


確かにが欲しいとは願った。だが、学生から家政婦への転職は聞いていない。


これは他力本願に望んだ罰なのだろうか。

執行人が神様では、笑えない冗談だ。


「ん?どうしたのじゃ。早う寄越さぬか。

ワシの胃袋は、とうの昔に峠を超えておるぞ!」


しかし、今更神様を追い出す度胸なんてない。

成ってしまった以上、共同生活をする上でのルール作りが急務になる。


神様相手ゆえ多少の譲歩はするつもりだが、それでも──


「鳴神様。

お食事の前に服を着てもらってもよろしいでしょうか?」


文明人として、譲れない最低限があった。


「何を言っておる。

しっかりと着ておるではないか!!」


「……昔はそれで良かったのかもしれませんけど。

今は令和です。下着を履いてください」


三笠さん曰く、鳴神様は憑代の記憶を読むことができる。

であれば、現代の女性物でも問題はないはずだ。


「アレは締め付けがあって苦手じゃ。

それに、見られても減るものでもあるまい」


「なっ、ちょっと!」


恥じらいもなく寝衣を観音開きにする。

神様は性に奔放というが、神話の中だけでとどめて欲しい。


「ほぅ……さてはお主、ワシに興奮しておるな?」


否定は、できなかった。


「カッカッカッ!

神に欲情するとは、それでこそ人の子よ!


何を隠す必要がある。ワシが許そう!

暴食や怠惰と同じく、過ぎたれば大罪であるが、その欲求もまた人の性じゃ」


正論ではある。

しかし──


『君のことを気にしていたみたいだから』


ここで認めたら、俺は美琴に顔向ができるのだろうか。


「……パンケーキか、下着」


「ん?」


「この際はっきりさせましょう。

パンケーキか、下着。どちらか選んでください」


否、引くわけにはいかない。


「鳴神様の要望にはできる限りお答えするつもりです。

ですが、それはすべて美琴の為」


言葉に力を込める。


「美琴が嫌がることも、美琴が不利になることも手伝うつもりはありません」


棚ぼたであろうと、据え膳であろうと。

俺は幼馴染だ。

たとえ神であろうと、それは否定させない。


「……それが許容できないのなら。

これを食べて、神社にお帰りください」


沈黙。

そして──


「できる限りはすると、そう申したな?」


鳴神様は愉快そうに笑った。


「辰馬よ。その言、ゆめゆめ忘れるでないぞ!

神を謀れば、どうなるかは……ちゃんと分かっておろうの?

カッカッカッ!」


高笑いをし、あてがわれた自室へと戻っていく鳴神様。


もしかすると俺は、とんでもない負債を背負い込んでしまったのかもしれない。


去り行く背中を尻目に口にしたパンケーキの味を、もう、覚えてはいなかった。

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