Vtuber百合営業の相方が、隣人の干物女《天敵》だった件 ~バ美肉リーマンだとバレたら殺される(社会的に)~
他力本願寺
第1話 ゴミ捨て場の天敵と、戦場の騎士様
月曜日の朝ほど、憂鬱なものはない。
システムエンジニアという職業柄、徹夜明けだろうが休日出勤だろうが、カレンダー通りの月曜日は等しく絶望の始まりだ。
俺――
手には、完璧に分別されたゴミ袋。
プラごみ、燃えるゴミ、資源ごみ。自治体のルールブックを暗記している俺に死角はない。
だが。
アパートの敷地内にあるゴミ集積所には、先客がいた。
ボサボサの寝癖。
度のキツい丸メガネ。
その額には、なぜか『猛犬注意』と書かれたアイマスクが乗っかっている。
隣の部屋の住人、
彼女は
「――ストップ」
俺は冷静に声をかけた。
彼女の手にある袋からは、ピザの箱が突き破らんばかりに角を出している。
「あ? なによ朝から。ストーカー?」
柚月さんが不機嫌そうに振り返る。
臙脂(えんじ)色のジャージ姿だ。どうやら新品らしく、生地に妙な光沢がある。
「被害妄想も大概にしてください。柚月さん、そのピザの箱、水で洗ってませんよね。ソースがべっとりついてます。それでは『紙資源』じゃなく『燃えるゴミ』です」
「はあ? 細っか! 男のくせにネチネチと……どうせ燃やすんだから一緒でしょ」
「ルールはルールです。カラスが寄ってきたらどうするんですか」
「カラスくらい私の情熱で追い払うわよ!」
意味不明だ。
やはりこの女とは会話が成立しない。
俺は溜息をつき、彼女の背中――ジャージの裾あたりを指差した。
「それと」
「なによ!」
「そのジャージ、背中に『Mサイズ』の銀シールついたままですよ」
柚月さんの動きが止まった。
恐る恐る背中に手を回し、ペラリとシールを剥がす。
朝日に照らされたそのシールが、キラリと虚しく輝いた。
「…………ッ!!」
彼女の顔が、ジャージの色と同じくらい真っ赤に染まる。
「み、見んな! エッチ! 変態! シールフェチ!」
「どんな性癖ですか。教えてあげたのにその態度は何なんです?」
「うっざ! ほんとアンタみたいなデリカシーのない理屈メガネ、絶対モテないわよ! 一生独身で孤独死確定!」
柚月さんはゴミ袋をひったくると、脱兎のごとく部屋へと逃げ帰っていった。
……なんだあいつ。
あんなのが壁一枚隔てた隣に住んでいると思うだけで、胃に穴が開きそうになる。
俺はネクタイを締め直し、逃げるように駅へと走った。
◇ ◇ ◇
その日の夜、二十一時。
俺は自室に設置した防音ブースの中で、高性能マイクの前に座っていた。
スーツは脱ぎ捨て、リラックスウェアに着替えている。
だが、モニターの中に映る「俺」は違う。
漆黒のフルプレートアーマー。
凛とした眼差しの、銀髪の女騎士。
――個人勢VTuber、『ナハト』。それが俺のもう一つの顔だ。
いわゆる「バ美肉(バーチャル美少女受肉)」というやつである。
なぜ、いい歳した男が美少女の皮を被るのか。
理由は単純。現実逃避だ。
会社では理不尽な納期と上司に頭を下げるだけの社畜だが、ここでは違う。
強く、気高く、誰にも媚びない「高潔な美少女騎士」になれる。
この数時間だけが、俺のメンタルを保つ唯一の聖域なのだ。
だが、この聖域は薄氷の上に成り立っている。
中身が「おっさん」だとバレたら終わりだ。
美しいガワに惹かれているファンを裏切ることになるし、何より社会的に死ぬ。
「……よし。やるか」
俺は覚悟を決めて、ボイスチェンジャーのスイッチを入れる。
喉の筋肉を調整し、宝塚の男役のような、艶のある「麗人ボイス」を紡ぎ出す。
「ごきげんよう、子猫ちゃんたち。今宵の月は、少し血の色に似ているね」
配信開始のボタンを押すと同時に、コメント欄が流れた。
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[騎士団員A]:ちゃ!
[無課金ゴリラ]:ナハト様ごきげんよう!
[限界オタク]:イケボ助かる
[古参の翁]:今日もお美しい……
[石油王_Yamada]:¥1,000(茶菓子代だ、取りなさい)
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「Yamada、いつもすまないね。有意義に使わせてもらうよ。……さて」
俺はDiscordの通話を繋ぐ。
「準備はいいかい? 姫君」
『は、はいっ! ナハトちゃん、よろしくお願いしまぁす! えへへ』
ヘッドホンから聞こえてくるのは、脳が溶けそうなほど甘ったるいアニメ声。
大手事務所所属のアイドルVTuber、アンジュだ。
白猫をモチーフにした清楚なアバターが、画面の中でピョコピョコと動いている。
「今日はランクマッチだ。背中は任せていいのかな?」
『も、もちろん! 今日のアンジュは一味違うよぉ! 特訓してきたもん!』
……フラグにしか聞こえないな。
俺たちは人気のFPSのバトロワゲームに降下した。
案の定、開幕から地獄だった。
『きゃああああ! 敵ぃ! 敵がいっぱいいるよぉ!』
「落ち着きたまえ。方位330、岩の裏だ」
『撃てないぃ! 怖いぃぃ!』
アンジュのエイム(照準)は、空を飛ぶ鳥でも狙っているのかというほど荒ぶっていた。
だが、今日のアンジュは運も悪かった。
敵部隊に包囲され、建物の中に追い詰められてしまったのだ。
『ど、どうしようナハトちゃん! これじゃ出られないよぉ……!』
「そこから動くな。私が迎えに行く」
『でも! ここ、敵が三人で見張ってるの! 来たらナハトちゃんまでやられちゃう!』
アンジュの声が震えている。
……まったく。
だが! 守られるべき者がいてこそ、騎士の剣は輝く。
「問題ない。君一人救えないで、何が騎士か!」
俺はマップ上にあったバイクに飛び乗った。
エンジンを全開にする。
敵の包囲網のど真ん中へ、一直線に突っ込む。
『えっ、えっ、来るの!?』
「――踊ろうか。死の
今、俺の脳内はアドレナリンでいっぱいだ。リアルではとても言えないような
バイクで窓ガラスを突き破り、建物の中へと突入した。
室内にいた敵プレイヤーたちが、突然の乱入者に慌てふためく。
バイクを横滑りさせながら、ショットガンを構えた。
ドン! ドン! ドン!
流れるようなエイムワーク。三連発のヘッドショット。
一瞬で敵部隊が壊滅し、デスボックス(死体箱)に変わる。
『す、すごぉぉぉい……!』
「感心している暇はないよ。まだ別動隊がいる」
俺はバイクをアンジュの目の前に停めた。
「遅れるなよ、お姫様。……私の腰に、しっかり掴まっていてくれ」
『……はひゅ』
アンジュが間の抜けた声を出した。
『の、乗りますぅ! ……あったかい』
俺は再びアクセルを回し、戦場から離脱した。
背後で爆発音が響く中、悠然と走り去るその姿に、コメント欄が加速する。
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[騎士団員A]:うおおおおおおお!!
[草刈り機]:主人公ムーブwww
[限界オタク]:抱いてッッッ!!
[アンジュ親衛隊]:姫プ(お姫様プレイ)の極み
[百合の園丁]:てぇてぇ……
[通りすがり]:これは落ちましたわ
[石油王_Yamada]:¥10,000(見事だ。結婚式の費用にでもしたまえ)
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赤スパ(高額投げ銭)が飛ぶ。
Yamada、この国で同性婚は認められてないぞ。
安全地帯まで逃げ切り、俺はバイクを停めた。
回復アイテムをアンジュに投げる。
「怪我はないかい? アンジュ」
『う、うん……ナハトちゃんのおかげで、無傷だよぉ』
画面越しのアンジュが、もじもじと指先を合わせているのが見えた。
『あのね、ナハトちゃん。……さっきの、すごくカッコよかった』
「当然の仕事をしたまでだよ」
『ううん、違うの。なんか……ドキドキしちゃった。……へへ、ありがとね』
マイク越しに聞こえたその声は、いつものアイドル演技とは少し違う、素の照れが入ったようなトーンだった。
……おいおい、演技が上手すぎるだろう。
まるで本当に恋しているみたいな声色じゃないか。
「……そうか。礼には及ばないさ」
俺は少しだけマイクから顔を背けた。
……やれやれ。
今日の百合営業は、少し糖度が高めだな。
胸の鼓動が早くなっている事に俺は気づかないフリをする。
◇ ◇ ◇
配信終了後。
隣の部屋――202号室。
柚月まひるは、ベッドの上で枕に顔を埋めていた。
「…………」
さっきのナハトの声が、耳から離れない。
『私の腰に、しっかり掴まっていてくれ』。
低くて、凛としていて、でもどこか包容力のある声。
「……なにドキドキしてんのよ、私」
まひるはゴロンと寝返りを打ち、天井を見上げた。
顔が熱い。心臓がうるさい。
「吊り橋効果よ、吊り橋効果! ゲームでピンチだったから! 相手は女の子だし! ビジネスだし!」
自分に言い聞かせるように叫ぶが、胸のざわめきは収まらない。
ふと、壁の向こうを睨みつけた。
「それに比べて……隣のメガネ男! なーにが『シールついてますよ』だ! もっと言い方があるでしょ言い方が!」
ナハトちゃんは私のピンチを救ってくれた。
隣の男は私の恥ずかしいミスを冷静に指摘した。
「月とスッポン……いや、宝石と生ゴミね。あーあ、隣がナハトちゃんだったら、毎日優しく起こしてあげるのに!」
◇ ◇ ◇
一方、201号室。
剣崎蒼司は、コンビニで買ってきた冷えた弁当をつついていた。
「ふぅ……」
弁当の味はしないが、不思議と悪い気分ではなかった。
ヘッドホンに残るアンジュの声。
『ナハトちゃん、カッコよかった』という素直な響き。
仕事での疲れが、少しだけ和らいだ気がした。
「……可愛かったな」
俺は箸を止めて、ぼんやりとモニターを見つめた。
ビジネス上の相方。それは分かっている。
だが、俺を頼ってくれる彼女との時間は、社畜として枯れ果てた俺にとって、数少ない癒やしになっているのも事実だ。
「アンジュみたいな子が彼女だったら、俺の人生も少しは彩りが出るのにな」
俺は壁を見やった。
そこには、俺を「変態」呼ばわりした最悪の隣人が住んでいる。
「隣のジャージ女にも、アンジュの可愛げを少し分けてやりたいくらいだ。……まったく、神様は不公平だよな」
壁一枚隔てた向こう側に、そのアンジュがいるとも知らず。
俺たちは互いに「理想の相手(ネット)」に心癒やされながら、「最悪の相手(リアル)」への文句を吐き捨てた。
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【作者より】
お読みいただきありがとうございます!
「続きが気になる!」「ナハトお姉様カッコいい!」と思っていただけたら、
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次回、『ありがた迷惑な宅配便と、愛のホラーハウス』。
リアルではさらに険悪に、ネットではさらに甘々に……?
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