モノクロ奇談

月影ナツメ

心霊写真

第1話 

 その日は快晴とは、ほど遠いほど暗い雲に覆われていた。夏休み明けとはいえ、未だに暑さが残る九月上旬、市立高宮高校に通っている伊藤イオリは、傘を持ってきてないことを後悔していた。伊藤イオリは、今年で十七歳になる。本当は高校に入学することすら、両親から反対されていたのだが、イオリは高校受験を独学で乗り越えて、市立高宮高校に入学することができた。イオリの親は、イオリを邪険に扱う人間だった。それというのも、イオリの持っている能力によるところにある。


「よぉ、イオリ!」


 イオリにそう声をかけてきたのは、イオリの幼馴染である綾瀬ヒデキだった。黒髪を角刈りにして、筋肉も結構ついている。所属している部活は、ラグビー部だった。


「おはよ。ヒデキ」


 イオリは片手をあげて、ヒデキとハイタッチをする。これが彼らの習慣なのだ。ヒデキは自転車を引いて歩いていたが、自転車の後ろに乗るようにイオリに目線でいう。イオリは慣れたもので、自転車についている荷物置き場に座った。そうしてヒデキは自転車にまたがり、足を動かしはじめた。


「顔、痣ついてんぞ」


 ヒデキは前を見たままで、己の頬の部分をトントンと叩く。それを見たイオリが「ああ、うん」と小さく返事をして、ヒデキの腰に強くしがみついた。ヒデキは、前を見たまま「ひでぇ話だよな」と首を縦に振る。

 ヒデキの言うひでぇ話というのが、イオリが両親から受けている家庭内暴力、つまりDVについてだ。イオリは物心ついてからしばらくして、両親からひどい家庭内暴力を受けていた。殴る、蹴るなどは当たり前。食事も満足に与えられない。それでも、イオリは家に残り続けることを選んだ。何度も児童相談所の人が訪ねてきても、だ。

 ヒデキはイオリがどんどんボロボロになっていく様を幼い頃から見続けていた。そして、何度もイオリの家に乗り込もうとしたこともある。それでも、イオリの「大丈夫だから」という言葉に、ヒデキは都度諦めたのだ。


「そういえば、さっきお前のとこの部長に会ったぜ」

「坂延部長?」

「ああ。なんでも、緊急でお前に会いたいって」


 ヒデキの言葉にイオリは首を傾げる。坂延アヤト。イオリの所属する新聞部の部長である。アヤトは己が高校一年の頃に、新聞部を立ち上げ、校内活動を新聞にして掲示板にはっていた。そういう活動柄、あまり新聞部自体は人気がなかったのだが、イオリは無難な活動ができる新聞部を好んだ。そうして月に一回掲載する用の新聞を作って、掲示板にはっていた。そんな部活に好んで入ってくる人間は少なかったのだが、今年は少しだけ違ったのだ。

 一年生が四人ほど、入部希望を出してきたのである。アヤトは大喜びをして、顧問も彼らの入部を許可したのである。こうして新聞部は、現在八名ほどの大所帯になったのだ。


「坂延部長、なんか他にも言ってた?」


 イオリの不思議そうな声色に、ヒデキは首を横に振る。ただ、一言「なんか、顔が真っ青だったぞ」と告げた。


 市立高宮高校の駐輪場は、決して規則正しいとは言えない。それでも、乱雑に置かれる自転車の一つ一つを、ヒデキは毎回丁寧になおしていく。そんな彼を眺めるのが、イオリにとっては朝の通例行事なのだが、今日はそれを見ている暇はなかった。

 急いで上履きに履き替えて、イオリは階段を上がる。そうして、真新しい字で書かれている新聞部と張り紙がある部屋の扉を数回ノックした。

 ほどなくして、その人物は現れた。坂延アヤトは顔を真っ青にして、イオリの腕に縋った。


「大変なことになったんだよ」


 半泣き状態のアヤトを見て、イオリはびっくりした。いつも楽しそうに新聞を作っているアヤトとは正反対だからだ。


「どうしたんですか? 部長」


 焦るイオリに、アヤトはとうとう涙をこぼして、彼女を部室へと招き入れた。いつもは整理整頓されている机の上に乱雑に置かれている写真。どのような写真かは、近くに行かないと見えないのだが、イオリの背中にうすら寒いものを感じた。嫌な予感がする、と思いながらイオリは写真を一枚手に取る。そこには、新聞部の部員になったばかりの一年生が楽しそうに笑っていた。問題なのは、その背後にうつるモノ。少女と言ったほうがいいのだろうか。薄っすらとぼやけていてよく見えないが、少女のような……人のようなものがうつっている。


「心霊写真なんだよ」


 アヤトの言葉に、イオリはハッとして、写真を机の上に戻した。


「新聞部に新しい部員が来てくれて、舞い上がった僕の落ち度なのかな」


 弱弱しくなるアヤトに、イオリは喝を入れる。


「そんなわけないじゃないですか!」


 アヤトは「ひゃぁあ」と小さく悲鳴をあげた後、「でもでも、これってどういうこと?」と言葉をつづけた。アヤトの指さす先には、例の心霊写真がある。イオリは最初、心霊写真は一枚だけだと思っていたのだが、どうやら違うようだ。机の上に広がっている写真全てが心霊写真なのだ。


「実はね、僕……相談を受けていたんだよ」

「相談?」


 ぽつりぽつりとアヤトは話をはじめた。曰く、一年生たちが「夏休み明けの新聞はこれにしましょう!」と言って、オカルト雑誌を持ってきたそうだ。そのオカルト雑誌というのは、知名度は下の下で、アヤト自身も初めて見るものだった。アヤトの雑誌に対する印象は最悪だった。おどろおどろしい文字を、血のような赤い色が彩っている。そこには「恐怖!K県Y市にある心霊物件!」という見出しがあったのだ。記事を読む気すら失せていたアヤトは、雑誌を閉じると、一年生たちに「こういう記事は僕らの活動には見合わないんだよね」と言ったそうだ。それでも、一年生たちは雑誌を再び広げて「夏休みといったら肝試し! 肝試しと言ったら心霊写真じゃないですか!」と強い語気で言ったという。困ったアヤトは、それでもこれは新聞部にふさわしくないと言い切ったらしい。一年生たちは顔を真っ赤にして、そのまま部室を出ていったのだが、彼らは勝手にK県Y市に行き、心霊写真を撮ってきたのだという。


「それでね、ここから先が問題なんだよ」


 アヤトは涙を拭いながら、話をつづけた。実際にK県Y市の心霊物件で写真を撮ったのは、一年生の一人である小野アキコと、新聞部に所属していない彼女の友人である能都アミだった。他の三人は実際の心霊物件に恐れ慄いて、持ってきたカメラを抱えたまま放心していたという。そこで心霊物件であるアカネちゃんの家に入った二人を三人は見送って、そのまま帰ってきてしまったのだという。そして、取り残された二人が撮ってきた心霊写真が机の上に散らばっているモノだという。


「最悪なことは、小野アキコさんが体調不良を訴え始めたことなんだ」

「体調不良?」


 イオリは首を傾げる。その様子にアヤトは何度か首を縦に振る。彼の襟足で揃えられた髪が、頷くたびにサラサラと揺れた。


「確か『アカネちゃんが私を見ている』『アカネちゃんに殺される』とか、そういうことを言い始めて。家の中でも大騒ぎしたらしくて……それで、ね。なんというか」


 煮え切らないアヤトにイオリは段々とイライラしていた。なるべく早めに結論を出してほしかったのだ。その様子が顔に出ていたのだろう。アヤトは「精神病院に送られることになって」と言葉をつづけた。


「そこで入院って形になったんだけども。僕も聞いて驚いたんだけども、色々な病院をたらいまわしにされてしまっているらしくて」

「はあ?」


 病院、しかも精神病院をたらいまわしにされるって、どういうことだ? というのが、イオリの考えだった。そして、おどおどとしているアヤトを横目で見てから、もう一度心霊写真を手に取る。笑顔で楽しそうに写っているのが小野アキコ。その背後には、少女のようなヒトのようなモノ。多分、この子がアカネちゃんというのだろう。

 イオリの頭の中で一つの言葉が思い浮かんだ。「面倒」という二文字だ。そして、彼女は散らばっている心霊写真を全て一か所にまとめるとため息を吐く。そして、おどおどとしているアヤトに向かって「これは新聞部には何の関係もありません」と言い切ったのだ。


「で、でもぉ」


 なおも新聞部の失態だと思っているアヤトが小さな声で食い下がる。イオリは「くどい!」というと、心霊写真の束を指さした。


「これらは全て、近所のお寺に持っていきます。また、四人は退部という扱いでもいいのではないのでしょうか?」


 イオリの言葉に、アヤトは「えええ」と声を出す。せっかくできた四人の新入部員が一気にいなくなるのは、アヤトにとっては惜しいのだろう。しかし、イオリにとっては彼らが持ってきた事件でもあるので、慈悲などかけたくなかったのだ。


「おいこらぁ!」


 そんな中、窓が割れんばかりの大声と共に一人の男が現れた。バタンと大きく開かれた扉の向こう側に立つ男は顔を真っ赤にして「ここに新聞部の部長と副部長がいると聞いてきたんだがな!」と叫ぶ。


「どなたですか?」


 イオリが臆せずに男に尋ねると、男はイオリの胸ぐらをつかんで「小野ヒトシだ!小野アキコの父親だ!」と言った。そして、イオリの頬を張り倒したのである。

 ゴッという鈍い音と共に、イオリの頬は赤く腫れあがった。口の中を切ったため、イオリの口内に血の味が広がる。アヤトは「だ、誰か!誰か助けて!」と言いながら廊下へと飛び出した。


「娘を止めなかったお前らが悪い! うちの娘は何も悪くない!」


 そう叫びながらヒトシは何度も何度もイオリを殴った。そうして、イオリが意識を失い始めた頃、顧問と体育教師が現れてヒトシを抑え込んだのだ。

 イオリは薄れる意識の中、一人の少女が廊下に立っていることに気づいた。黒髪を肩まで伸ばした女の子。彼女の手には大きなクマのぬいぐるみが抱えられている。彼女は唇を動かす。


「タ・ス・ケ・テ」


 と。

 そうしてイオリは完璧に意識を失った。

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