第8話 絶望の救援作戦
かつて世界を繋いでいた大洋は、今や「ダスト・ベール」と呼ばれる成層圏の汚染粉塵によって陽光をかなりの範囲で遮られ、広い範囲で鉛色の死の海へと変貌していた。
波間にたまに漂う崩壊した石油文明の残骸と、強酸性の雨に焼かれた魚たちの死が、世界の汚染を物語っていた。
大東亜経済広域圏第一艦隊 旗艦。
シュテルツァー揚陸戦艦『大和(ヤマト)』の作戦司令室では、重苦しい静寂を破るように、将官たちの怒号に近い声が響いていた。
「帝国め……。アングロ・アメリ・ユニス、エウロ・ゲルマ・リキ。覇権国家ブロックすべてに同時に宣戦を布告し、なおかつ我が国を蹂躙するとは、狂気の沙汰だ」
海域司令長官、タロウ シムラ中将が、モニターに映し出された無惨な戦況図を睨みつける。
「長官、他連邦の戦況も壊滅的です。アングロ・アメリ・ユニスの強襲揚陸部隊は、海岸線に到達する前に帝国の新型機シュテルツァーによる砲撃と、待ち伏せに遭い、橋頭堡を築く間もなく海岸で壊滅したそうです。エウロ・ゲルマ・リキにいたっては、奪還作戦の主力を揚陸艦に収容している最中にシュテルツァー大隊に急襲され、港湾ごと殲滅……。世界中で戦線は膠着どころか、帝国の『外科手術』のような精密な侵食を許しています」
傍らに立つ参謀長、カネサダ クジョウ大佐が、震える指でマライカの要衝を指し示した。
「ここが落ちれば、我が国の生命線である海路は完全に沈黙します。この上陸奪還作戦が失敗すれば、我が広域圏に明日はありません。しかし、現地諜報員からの連絡は途絶……。民間人が人質として盾にされている可能性が高く、大和主砲による艦砲射撃は厳禁です」
「……シュテルツァーによる、直接揚陸しか道はないか。かき集めた連邦製シュテルツァー、百二十機。マライカを囲む三箇所から同時揚陸を敢行する。開始は払暁(ふつぎょう)だ」
彼らはまだ知らなかった。
上陸地点には、帝国の最新鋭量産機が二百五十機以上――連邦の二倍を超える戦力が完璧な伏撃陣を敷いていること。
そして、その中心に「神の操縦」を持つ同胞が、漆黒の死神として待ち構えていることを。
一九八二年、二月。
払暁。
マライカの海岸線は、深い霧と降り注ぐマンガニスの粉塵に包まれ、視界は最悪だった。
漆黒の先行試作機『Y-S01w アスラ』のコクピット。
周囲を360度取り囲む全天周囲モニターは、汚染された大気を透過する高感度赤外線モードに切り替わっている。
カイの目の前には、霧の向こう側から接近するヤマト艦隊の熱源反応が、無数の針のように鋭く、そして虚しく輝いていた。
『……カイ少佐。聞こえるか。君の初陣だ』
密閉されたコクピット内に、ヴォルフ・アシュラフ大佐の、粘つくような声が響く。
『大東亜経済広域圏の愚か者どもに、本物の絶望を教えてやれ。君の活躍次第で、ミナ君やジョセフ君……収容所の連中の処遇を考えてやってもいい。……ああ、忘れるなよ。彼らの命は、君の指先の動きに懸かっているのだからな』
「……了解。分かっているさ、大佐」
カイは感情を押し殺し、短く応じた。
右腕のパイルバンカーの薬室に、爆薬カートリッジが装填され、冷徹な金属音が機内で重く反響した。
かつて故郷を守るために放った信頼の音。
だが、今のカイには、自分の心臓を削り取る死の宣告のように聞こえた。
カイの指が、操縦桿のトリガーに軽く触れる。
アスラの高出力マンガニス・リアクターが、深い重低音の唸りを上げ始めた。
機体各所の姿勢制御スラスターから青白い電弧が漏れ、アスラは獲物を待つ蜘蛛のように、その漆黒の巨体をわずかに沈み込ませた。
「……ミナ。無事でいてくれ」
霧の向こうから、揚陸艇のハッチが開く重低音が届く。
ついに、かつての戦友たちが、自分を信じていた同胞たちが、カイが守るべき死神のテリトリーへと足を踏み入れた。
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