あたたかく触れる【カクコン11お題フェス⑤】

🐉東雲 晴加🏔️

あたたかく触れる







 通りを歩けば、あちこちにある織物屋から、トントンと機織りの音がする。

 村の間を縫って流れる清流に、揺れる反物はまるで龍の滝登りのようで。


 仕事を終え、寝城にしている宿の扉を開けば、馴染んだ声が飛んできた。


「じゃあ、ここの長さはこれぐらいにして……こっちは今のままで良いね」


 宿の女将と、何やら図面を広げてにらめっこしていた長身の案内所兼なんでも屋の青年は、入ってきたアザードの姿を見つけると、元々下がった目尻をますます下げた。


「アザードおかえり」


 仕事、もう終わり?


 そう言いながら、手元の図面に何やら書き込む。女将は「ちょっと一服しようかね」とアザードにも「茶でも飲むかい?」と声をかけて厨房に下がっていった。アザードは、客室の方に向いていたつま先の方向を変えて、食堂のカウンターの隅っこに腰を下ろした。



 昼時間もだいぶ過ぎた八つ時前の食堂は、旅客もおらず閑散としているが、午後の日差しを受けて心地く温まっていた。

 アザードは、どうやら宿の厨房に新しく増設するらしい棚の図面を引いているナギをなんともなしに見た。

 大きくて無骨な手が、繊細に白い図面に線を描いていく。

 ナギの手は、山登りの道具のオイルや家畜の世話のせいで、お世辞にも綺麗な手とは言えない。温厚な性格だけれど、日々の暮らしを見ていると大工仕事をしたり、狩りをしたり。山で暮らす厳しさも熟知している彼は山に生きる男を体現している。


 けれど、料理を作る手元や、繕いものをする時に針を持つ指先。今みたいに白に走る線を見ると、彼の心根が大雑把でないことが解る。


 ナギは図面を粗方引き終わるとアザードのすぐ横のカウンターに手をつき、厨房への暖簾をめくった。


「女将さん、さっき届いた小麦の袋、棚に移すの手伝おうか?」


 ナギの手の横に並ぶ、一回り小さい自分の手と比べて、なんとなくムッとする。剣士である自分の右手は、剣ダコはあっても白くて滑らかだ。生きるために振るわねばならなかった剣を握る手を、アザードはそっとカウンターの下に下ろして握る。助かるわぁ、と綻んだ女将の声を聞いて厨房に消えていったナギの背中を見送りつつ、アザードは「……なに喰ったらあんなにデカくなるんだ」と一人呟いた。






 色々手伝ってくれたお礼に……と、女将にナギは色々と夕飯のおかずを持たされたまでは良かったが、大工道具や図面などの荷物を持っていたナギの両手はすでに塞がっていて。

 何故か隣りにいたアザードが「ちょっと案内所まで持っていってやって!」と、とばっちりを食らった。アザードはあからさまに眉をしかめたが、女将は「アンタの分も詰めとくから」とおかずの量を増やされて、よけいに重くなる。


「……なんで俺が……」


 おかずの詰まった袋を持って、ナギの隣を歩きながらぼやいたが、あの女将には何故か逆らえない空気がある。ナギは苦笑いしながら「ごめんなー」と眉を下げた。



 ところどころ色づき始めた木々の間を通り抜け、ナギの営む山の案内所が見えてきた。先日まで歩けば汗ばんでいた道のりが、髪をさらっていく風が抜けて心地よい。

 案内所の扉の前まで行くと、ナギが「ごめん、ポケットから鍵、出してくれる?」と塞がった両手と己のズボンのポケットを目線で主張した。アザードは小さくため息をつくとナギの後ろポケットから鍵を出し、扉に差し込む。ついでに扉を開けてやるとナギは歯を見せて「有難う」と笑った。



「テキトーにくつろいでて」


 そう言ってナギは道具や荷物を片付けだす。アザードは、とりあえず女将からもらったおかずを応接テーブルに置くと、座り慣れたソファに腰掛けた。


「……なにこれ」


 テーブルの上には、ころんとした木彫りの兎が二羽。


 ナギは後片付けをしながら、アザードのつぶやきを拾ってくすりと笑った。


「ああ、それ? ニナとエリンがおそろいの兎が欲しいっていうからさ。作ってやってるんだよ」


 ちょうど余った木材があったから、と話すナギに、アザードは心底この青年のお人好しに、感心とも呆れともとれる声を上げた。


「お前、本当に器用だな」


 手のひらに乗るサイズのそれを、持ち上げて目の高さでまじまじと見る。

 つぶらな瞳でアザードを見つめてくる、この可愛らしく滑らかな肌触りの兎が、あのごつい手から生まれたかと思うと信じられない。


「わりと簡単なんだよ? 考え事してる時とかさ、無心になりたい時に結構よくて」


 テーブルに置かれたおかずの袋の中身を確認して「おお、いっぱい入ってる」とナギが嬉しそうな声を上げた。

 アザードがまじまじと木彫りの兎を眺めているのを見て、ナギは意外なことを言った。


「……アザードも、作ってみる?」




「…………は?」


 たっぷり間を置いて、出てきた声は困惑に彩られていた。ナギは「いや、だって、アザードも剣を扱うし、けっこう器用じゃん」と笑われる。


「……何かを考えたくない時に作るのもいいしさ、逆に誰かの顔を思い浮かべて作るのも楽しいよ。嫌なこと考えたくなくてさ、無心で彫って、そういう時に出来たやつってなんか家に置いておきたくなくて、誰かにあげちゃったりするんだけど……俺の心とは裏腹に、あげた人は喜んでくれたりしてさ」


 嬉しそうな顔を見るとなんだか申し訳ないなーと思いつつ、次作る時はその人の喜ぶ顔を浮かべながら作ろうって思うよね。


 柔らかい声を耳に残して、ナギの手がアザードの手に触れて、その手のひらから木彫りの兎を持ち上げる。


 自分より大きな手は、アザードの過去の記憶に色々と触れていった。


 それは、もう、二度と戻らない虚構の優しさだったり、命を賭して守ってくれた人の記憶だったり。



 ナギの優しさが、嘘だと思わないのは何故だろう?



「……また今度、暇があったらな」


 以前なら、即答で「やらない」と言っていただろう自分の口から出た音は、思いの外柔らかく響いた。

 ナギは何も言わずにただ微笑んで、「おかず、温めよっか」と炊事場の方に足を向ける。

 ナギが触れていった手からは、今まで感じていた人に対する言いようもない不安は感じない。呼吸の浅くなる記憶は鳴りを潜めて、あたたかな温度だけが残った。



 しばらくすると炊事場からは、かまどに火を入れる音やおかずの香りが漂ってきて。

 何気ない生活の音に、アザードはただその気配を感じながら、窓から差し込む夕暮れの日を眺めた。



2026.1.14 了

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