第12話 帰還

 呆然と立ち尽くしていると、顔に懐中電灯の光を当てられた。当てたのは菅原君だった。


「無事に戻って来れたね」


 菅原君がイタズラっぽい笑みを浮かべて言う。


 僕は目に涙を浮かべて答えた。


「うん、よかった。ほんとによかった」


「犯人は死んじまったけどな」と、神崎君が暗い声で言う。


「仕方ないよ」と菅原君。「ソイノメ様の怒りを買ったんだ。五人も殺したんだし、当然の報いだよ。まあ、一人犠牲者が増えちゃったのは、オレ達のせいだけどね……」


「でも、その分一人救ったでしょ?」と、薰ちゃんの声がした。


 僕が振り向くと、そこには首だけになった薰ちゃんが宙に浮いていた。


「うわぁぁあ」と、驚いて叫ぶ。


「どうしたの菊池君?」


「首だけになった薰ちゃんが、宙に浮いてる……」


 薰ちゃんが僕の周りを旋回せんかいしながら言う。


「すごいでしょう。浮遊スキルを獲得したのよ」


「どうして空を飛べるようになったんですか?」


「さあ。身体が無くなって軽くなったからじゃない?」


「そんなテキトーな……」


 薰ちゃんと話していると、後ろから声をかけられた


「あの……」


 見ると、そこにはミサさんが立っていた。やはり身体は腐ったままだ。


 菅原君が感心して言う。


「おお、異界を出てもそのままとは。これはソイノメ様の力をあなどってたね」


 ミサさんが菅原君を見て尋ねた。


「あなた、さっき五人も殺したって言いましたよね。それって夫が殺したってことですか?」


 菅原君が淡々と答える。


「ええ、あなたの旦那さんは、あなたを生き返らせるために、ソイノメ様を呼び出しました。そしてそのために、五人の人間を殺して、ソイノメ様に供物として捧げたんです。オレ達はそれを止めようとしてたんですけど、失敗しました」


「そんな……。なんて馬鹿なことを。私なんかのために」


 ミサさんの頬に血の涙が流れる。


 その時、ミサさんと菅原君の間に、薰ちゃんが飛んで入った。


「暗い暗い暗ーい。せっかく助かったんだから、もっと喜びましょうよ。それに、私はミサちゃんの夫に殺されたけど、今はこうやってピンピンしてるんだから」


 僕は思わずツッコんだ。


「いやピンピンはしてないでしょ」


「細かいことはいいの! とにかく、同じ死人同士、仲良くしましょう?」


「本当にごめんなさい。私達のせいで、あなたみたいな若い子が……」


「ああ、もう。どうしてミサちゃんが謝るのよ。だいたい若い子って、ミサちゃんだってそんなに歳取ってないでしょ? いくつなの?」


「……歳はちょっと言いたくないかな」


「なんでよ! 今更年齢なんてどうでもいいでしょ!」


「ぷっ」


 二人の会話を聞き、僕はおかしくて噴き出した。


 菅原君も少し笑って言う。


「ふふっ、いいよなあ菊池君は。薰ちゃんの声が聞けて。どんなこと話してんだろ」


「そうか?」と神崎君。「俺はあいつが肩から降りてくれればそれでいいけどな。で、これからどうすんだ? まだ薰ちゃんは成仏してないんだろ?」


「あっ、今私のこと薰ちゃんって呼んだ? 嬉しい!」


 薰ちゃんが神崎君の肩にちょこんと乗っかる。


 その途端とたん、神崎君が肩を押さえて言った。


「お、おい、また肩が重くなったぞ」


 僕が薰ちゃんの言葉を伝える。


「薰ちゃんって呼んでもらえて嬉しいんだって」


「だからってなんでまた取り憑くんだよ! 俺から離れろ村井この野郎!」


 薰ちゃんが悪びれた様子もなく尋ねる。


「えー、軽くなってないの?」


「軽くなってないの? だって」


「全然なってねーよ! てか幽霊なんだから体重関係ねーだろ!」


 三人で騒いでいると、菅原君が改まった態度で言った。


「……薰ちゃん。もう犯人は死んだけど、まだ成仏できないのかな?」


「うーん、それがね、たしかにあいつが死んでスッキリしたんだけど、まだ心残りがあるのよ。このままだとミサちゃんが一人ぼっちになっちゃうでしょう? だからミサちゃんが成仏するまで、私も成仏しないでおこうと思うの」


 ……いや、まだ他に心残りがあるはずだ。気になって尋ねる。


「ご家族には伝えなくてもいいんですか? 薰ちゃんが死んだってこと」


「あー、いいのいいの。どうせ知らせても悲しむだけだし。これ以上、贅沢は言わないわ」


 薰ちゃんはどこか悲しそうに微笑んで答えた。その言葉がどこまで本心なのかは分からないが、とにかく二人に伝言する。


「ミサさんが成仏するまで、薰ちゃんも成仏したくないって言ってる。それから、家族には自分の死を伝えなくてもいいって」


「……そっか」菅原君はそう呟くと、ミサさんを見て、「ミサさんはどうですか? 成仏できそうですか?」


「それが、できないんです。私は元々この世に未練なんて無いんですけど……」


「ふむ、おそらくソイノメ様の力で、魂が無理やり肉体に結び付けられているんでしょう。肉体が腐敗しきって、魂が解放されるのを待つしかないでしょうね」


 薰ちゃんがミサさんの隣に飛んで言った。


「じゃあ、それまで私はミサちゃんと一緒にいるわ。今日でみんなとはお別れね」


「本当にいいんですか?」とミサさん。「私に合わせてくれなくったっていいんですよ。この人達と一緒にいた方が……」


「いいのいいの。幽霊が側にいたって迷惑なだけなんだから。あと敬語はやめて」


 僕は薰ちゃんの言葉を聞いて悲しくなった。薰ちゃんに限っては、一緒にいても迷惑なんかじゃない。だが、生者と死者では住む世界が違うのも事実だ。


 僕は皆に薰ちゃんの言葉を伝えた。この伝達作業もこれで最後になるだろう。そう思うと少し寂しかった。


「薰ちゃんがもうお別れだって言ってる」


 菅原君が微笑んで言う。


「そうだね。バイバイ薰ちゃん。今までありがとう。薰ちゃんのおかげでいい物が見れたよ。何か困ったら、またオレ達の所に来てね」


「今度は俺に取り憑くんじゃなくて、菊池に取り憑けよ。なあ菊池」


 神崎君がそう言って僕の背中を叩く。


「うん、僕の所に来ればいいよ」


「おっ、珍しい。怖がらないんだな」


「さすがに薰ちゃんはもう怖くないよ。でも、また驚かせるのはやめてくださいね」


「あはは」と、薰ちゃんは笑って、「分かった。もう怖がらせないから。絶対に、絶対に怖がらせない」


「そんな言い方したら逆に怪しいですよ。ほんとに止めてくださいよね」


「冗談よ。安心しなさい」


「……あの時、一緒にいてくれてありがとうございました」


「どういたしまして。というか、お礼を言わなきゃいけないのは私の方だけどね。みんな、幽霊なんかの悩みに付き合ってくれてありがとう。元気でね」


「薰ちゃんがみんなにお礼を言ってます。幽霊の悩みに付き合ってくれてありがとう。元気でねって」


「おう、じゃあな」と、神崎君。


「じゃあね」と、菅原君が手を振って歩き出す。


 僕は二人の後を追いながら、振り返って言った。


「無事に成仏してくださいね。悪霊になんかなっちゃダメですよ」


「まかせんしゃーい」と薰ちゃん。


 その隣で、ミサさんは何も言わず、深々とこちらに頭を下げた。謝る必要なんてないのに。


 こうして、僕達は楔山の外に出た。


 こんな深夜に自宅に帰ると親に怒られてしまうので、これから菅原君の家へ向かう。


 菅原君の両親は、仕事の関係で今日は家にいないらしい。だから遅く帰ってきてもとがめられる心配はないという。


 普段からも家にいることは少ないと聞いていたので、ふと何の仕事をしているのか気になり、駐輪場で菅原君に尋ねてみた。すると、菅原君は困ったように答えた。


「それがオレも知らないんだ。二人とも何回訊いても教えてくれなくってさ。あんまりしつこく訊くと、マジギレするんだよ」


「えぇ……」


 僕はどん引きした。息子に言えない仕事とは何だろうか。ある意味ヤクザよりも怖い。


「優しい人なんだけどな」と、神崎君がフォローを入れる。


 だが、その程度で僕の恐怖は消えなかった。その優しさの裏に、いったい何を隠しているというのだろうか……。


 僕は菅原家で何も起こらないことを願いながら、自転車のサドルに跨がった。ペダルを踏む前に、ふと空を見上げる。金色に輝く満月が、まるで無数の星々を従える王者のように僕を見下ろしていた。今の僕には美しく感じられず、すぐに視線を前方に戻すと、先を行く菅原君を追ってペダルを踏んだ。

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