第3話 邪悪(?)なエノキタケ

 放課後。僕は神崎君が約束を忘れていることを願っていたが、やはりそんなことにはならず、無情にも声をかけられた。


「おい菊池、行くぞ」


 いつもであれば美術部、とは名ばかりのアニメ漫画同好会の部室に行くのだが、今日はサボるしかない。


 神崎君は部活に行かなくていいのだろうか。気になって尋ねてみる。


「部活はいいの?」


「ああ、俺は部活に入ってないから」


 予想はしていた。不良が部活をしているとは考えにくい。おそらく、放課後は他校の不良同士で集まり、悪虐あくぎゃくの限りを尽くしているのだろう。僕のようにひ弱な生徒をカツアゲしたり、僕のように臆病な生徒に万引きをさせたり、僕のように友達が少ない生徒同士に喧嘩をさせたりしているんだ。


 神崎君が日頃行っているであろう蛮行を想像し、全身に鳥肌が立つ。


 想像はさらに膨らんでいき、こんなことも思った。もしかしたら、あの首無しの幽霊も、神崎君に殺された人の霊なのではないだろうか。だとしたら、神崎君の家に行くのは非常にマズいのでは……。


 廊下を歩きながらガタガタ震えていると、神崎君が一年一組の教室の前で立ち止まった。ドアを開けて、誰かに声をかける。


「おい、菅原、一緒に帰るぞ」


 神崎君の後ろから教室を覗き見ると、名前を呼ばれた生徒がこちらに来た。顔くらいは見たことがあるものの、僕とは特に面識のない生徒だった。


 菅原、というらしいその生徒は、色白で痩せた体型をしており、ひ弱そうな男子生徒だった。また、頭髪に白髪しらががたくさん交じっている。その量は異様に多く、とても高校生に見えない。まるで習字の後に洗った筆のようだ。


 菅原君はよほど苦労しているに違いない。僕はごくりと唾を飲んだ。おそらく神崎君の奴隷どれいとして、散々こき使われているのだろう。僕も明日には白髪だらけになっているかもしれない。


 しかし、そんな予想に反して、菅原君は僕を見た後、親しみのこもった声で神崎君に言った。


「おっ、友達ができたのか? よかったなぁ、神崎」


「バカ、ちげーよ。こいつ霊感があんだよ」


 二人はまるで友人のようだ。ご主人様と奴隷の関係ではないのだろうか?


 そんなこちらの疑問をよそに、菅原君が興奮しながら言った。


「本当か!?」と目を輝かせ、僕に握手を求めてくる。「お目にかかれて光栄です。オレ、菅原すがわら賢人けんとっていいます。はじめまして」


 僕は握手に応じて言った。


「ぼ、僕は菊池きくち智也ともや。よろしく」


 横から神崎君がく。


「おい、そんなにすぐ霊感があるって信じていいのか?」


 菅原君はにこりと笑って答えた。


「人間不信の神崎が言うんだ。まず間違いないよ」


「ふんっ、誰が人間不信だ」


 神崎君は鼻で笑うと、照れたように顔を背けた。


 僕は二人の関係を不思議に思った。あの神崎君がからかわれている。むしろ力関係は菅原君の方が強く見えた。


 その時、僕の脳裡のうりに恐ろしい考えが浮かんだ。菅原君は、こう見えてヤクザの息子なのではないだろうか。だからさすがの神崎君も頭が上がらないのだ。白くてひょろいエノキのような見た目のくせに、実は毒キノコだったとは。不良よりよっぽど恐ろしい人物と縁を結んでしまった。


 僕は頭を抱えてへたり込みたくなったが、そのような素振りは一切見せず、むしろ無意味にヘラヘラして気持ちを誤魔化ごまかしていた。


 神崎君が菅原君に言う。


「これから俺の家に行って、こいつに楔山くさびやまのことを話す。だからお前も来い」


「来る来る。もっと菊池君と話したいし」


「へっ、へへへ」と僕。


「じゃあ行くぞ」


 こうして、僕は二人と学校を出た。


 菅原君は自転車通学なので、一人だけ自転車を押しながら歩く。神崎君は徒歩通学で、家から学校まで1キロくらいしか離れていないらしい。


 ちなみに、僕はというと自転車通学であり電車通学であり徒歩通学だ。自宅から最寄りの石杉駅までは自転車、そこから隣の一森駅までは電車、そして駅から学校までは徒歩で向かう。自宅から学校まで6キロの道則だ。1キロの神崎君がうらやましい。


 校門を出たところで、菅原君が神崎君に尋ねた。


「どうして菊池君に霊感があるって分かったの?」


「俺に首無しの幽霊が憑いてるって言ったんだ」


「あのことを話してないのに?」


「ああ。てか俺、こいつと今日まで話したことなかったし」


「……間違いなく本物だね。こりゃすごい。夢みたいだ。まさか本物の霊能力者に出会える日が来るなんて……」


 菅原君は羨望せんぼうの眼差しでこちらを見た。だが、僕にとってはあまり嬉しくない。霊感なんて、捨てられるものなら捨ててしまいたかった。それを羨ましがるのは他人事だからだ。いや、菅原君の場合、羨ましいというよりも、単に珍しいオモチャを見つけたくらいの感覚なのかもしれない。


 こちらの仄暗い気持ちを察してか、菅原君が言った。


「あ、菊池君に霊感があるってことは他の人に絶対言わないから安心してね。プライバシーはちゃんと守るから。オレが霊感を持ってたら、みんなに自慢しまくってるけどね」


「ありがとう。内緒にしてくれると助かるよ。友達にも秘密にしてるから」


 菅原君の気遣いは素直に嬉しかった。これがヤクザの人心掌握術だろうか。よほど自分の霊感に利用価値があると考えているらしい。いったいこれから何をさせられることやら。


「やっぱり本物は自分の力を誇示したりしないんだな。うんうん」と、菅原君は腕を組んでうなずき、「でさ、さっそく訊きたいことがあるんだけど、神崎に取り憑いてる幽霊は、男なの、女なの?」


「ああ、それは」僕は霊をちらりと見て言った。「女だよ」


 神崎君の背中にいる幽霊は、首が無いので顔は分からないが、服装から女だと分かった。女性用の黒いスーツを着ている。


「女の霊だって。よかったね、神崎」


「うるせーよ」と神崎君。


「ははは」と菅原君は笑って「じゃあさ、それ以外のことは分かる? 女の幽霊がどうやって死んだのか、とか。そもそもどうして首が無いのか、とか。あと、切られた首はどこにあるのか、とか」


 質問攻めにたじろぎつつ答える。


「いや、そこまでは分からないよ。霊の姿が見えるだけだから。ごめんね」


「謝らなくったっていいよ。じゃあ、霊の声とかは聞ける?」


「うん、それはできるよ。ただ、この霊は首が無いから、何もしゃべらないけど」


「ふっ、なんだよソレ」と、神崎君が笑って言う。「生身の人間じゃあるまいし、首が無かろうが口が無かろうが、自分の意志くらい伝えられるんじゃねぇのか? 幽霊だったらよぉ」


 僕はおびえながら答えた。


「それも分かんないよ。僕は霊感はあるけど、霊に詳しいわけじゃないから。ごめん」


「だからいちいち謝んなよ。ムカつくなぁ」


「……」


「だからって黙んなや!」


「ひぃっ、ごめ、いや、ごめんじゃなくて、えっと」


「いい加減にしろ、神崎」菅原君が強い口調でたしなめる。「菊池君はオレ達が無理言って来てくれてるんだ。あんまり失礼なことを言うな。だいたい神崎だって人見知りなんだから、他人様の言葉遣いにとやかく言える立場じゃないだろ」


「俺は人見知りなんかじゃねーよ。人と何を話していいのか分からなくなるだけだ。特に初対面の人間とな」


「それを人見知りって言うんだよ」


「いいや、違うね。人見知りってのは、こいつみたいに誰かと話す時にいちいちビクつく臆病者のことを言うんだ」


「ほう、菊池君は人見知りで、神崎は違うのか。じゃあ友達の数を比べてみよう。菊池君は友達が何人いる?」


「えっと、三人かな」


「だそうだ。神崎は?」


「…………………………………………あっ、俺の家はあそこだ。早く行くぞ」


 神崎君はそう言って、前方に見える住宅街を指さした。

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