第2話 触らぬ不良にイジメ無し

 無事に一森いちもり高校の門を通過し、ほっと一安心する。たくさんの生徒がいて、恐怖が和らいだ。


 怖がりな僕にとって、学校はまさにオアシスのような場所だ。先ほどまでの恐怖はどこへやら、鼻歌でも歌いたい気分で靴を履き替え、自分の教室へと向かう。


 教室の中からは賑やかな声が聞こえてくる。やはりここは恐怖と無縁だ。もう家に帰りたくない……。


 そう思いながらドアを開けると、すぐ目の前に誰かが立っていた。背が高く、僕の目線では顔が見えない。


 ここまで背が高い生徒は、うちのクラスに一人だけだ。


 恐る恐る視線を上げて顔を見ると、やはりそこに立っていたのは、神崎かんざきれんだった。


 近くで見るとゾッとするほど美しい顔だ。中性的な顔立ちだが、切れ長で鋭い目からは男らしさを感じる。文字通り、俳優顔負けの顔だ。おまけにスタイルも完璧で、身長が190センチくらいあった。


 僕は日頃から神崎君を警戒し、関わりを持ちたくないと思っていた。なぜならいつも一人でいて、いかにも不良といった雰囲気があるからだ。体格がいいから、喧嘩もかなり強いに違いない。三年の不良をボコボコにしたという噂も聞いたことがある。


 もし因縁を付けられれば、僕なんてたちまちパシリにされてしまうだろう。こういうやからには霊と同様、距離を置いた方がいい。触らぬ不良にイジメ無しだ。


 だから、僕は神崎君にすぐ道をゆずろうと思ったのだが、彼にしがみつく恐ろしい存在を目にし、足がすくんでしまった。


 なんと、神崎君は首無しの幽霊に取り憑かれていた。幽霊は彼の肩に白い腕を回し、背中におぶさっている。首の切断面からはピンク色の肉が見えた。


 油断していたこともあって、僕は思わず「ひぃっ」と声を上げてしまった。


 それを聞き、神崎君が言う。


「なんだよ、ひぃって」


「いや、その、別に神崎君に言ったわけじゃなくて」


「俺以外に誰がいるんだよ」


「いや、その、えっと、あの、うーんと、そうですね、へへへ、その、なんだ、あー」


 僕は慌てに慌てた。このままでは神崎君の機嫌を損ねてしまうかもしれない。かといって、事実を話しても信じてくれないだろうし、余計神崎君を怒らせてしまう可能性もある。


 僕が一生懸命頭をフル回転させていると、突然、神崎君にガシッと肩を掴まれた。


 またひぃっと声が出そうになるが、なんとかこらえる。


 神崎君が僕の顔をのぞき込んで言った。


「お前、なんか見えてんだろ?」


「え……」


「ちょっと来い」


 神崎君に腕を引かれ、男子トイレに連れて行かれる。僕の腕を放すと、神崎君はこちらに向き直って尋ねてきた。


「お前、霊感あるだろ?」


「……」


 マズいことになってしまった。霊感があることはクラスのみんなには知られてたくない。変人扱いされると困る。それに、霊感があることが、神崎君に取り憑いている幽霊にバレるのも危険だった。


 だが、こうなった以上、下手に口をつぐめば神崎君にぶん殴られるかもしれないし、霊も既に神崎君に取り憑いているのだから、自分に取り憑く心配も薄そうだ。たぶん。


 僕は瞬時にそう考え、思い切って告白した。


「うん、実はそうなんだ」


「やっぱりな。俺に取り憑いてる霊が見えるんだろ?」


「うん、見えるよ」


「どんなだ?」


「首無しの幽霊が、背中におぶさってる」


 僕がそう言うと、神崎君は目を見開き、驚いた表情を見せた。


「そうか、やっぱりか……。お前、本物だな」


「そうなんだよ。僕は見えない方が助かるんだけどね、怖いから。神崎君も早くおはらいとか受けた方がいいよ。じゃっ、僕教室に戻るね」


 そう言ってその場を離れようとしたが、また神崎君に肩を掴まれた。


「待てよ。お前に協力してほしいことがある」


 絶対に嫌だ、と答えたいところだが、そんなことを言える度胸は無く、「何を協力すればいいの?」という、了承したも同然の言葉が口をついて出た。自分で自分が情けなくなる。


 当然、そんな内情を神崎君が考慮してくれるわけもなく、こう言った。


「こんな所で長話をするのもなんだから、学校終ったら俺の家に来てくれ」


 勘弁かんべんしてくれ、と言いたいのに、口は勝手に動いていた。


「うん、分かったよ」


「よし、じゃあ放課後、俺と一緒に帰るぞ」


 そう言いながら神崎君はトイレを出て行った。自分勝手に連れてきておいて、その場所から相手より先に出て行くとは、なんて図々しい奴だ。という悪態を、僕は心の中で神崎君の背中にぶつけた。

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