最強公爵令嬢の「はじめてのスローライフ」の護衛をすることになりましたが、これただの災害ですよね? ~貧乏冒険者の私が、無自覚お嬢様との楽しい冒険が好きになるまで!~

咲月ねむと

第1章 貴族令嬢にろくな人はいない!

第1話 その依頼は、誘惑と破滅の予感がした

​ 冒険者ギルド『石礫の獅子亭』の中で、私は安酒のジョッキをぼーっと見つめていた。

 琥珀色の液体に映る私の姿。それは疲れ切ったCランク冒険者の顔、頭上に重くのしかかる『借金』の二文字。もう、いやだぁ……。


​「はぁ……。剣のメンテナンス代、防具の修繕費。それに先日の依頼でポーションを使いすぎたせいで赤字だよ〜」


​ 私、ミラの日常はこんな感じだ。

 剣の腕はそこそこだし、魔法も生活魔法に毛が生えた程度。

 地道に薬草採取とか、ゴブリン退治を繰り返して生計を立てているけど、昨日、調子に乗って買った『ミスリルの短剣』の24回払いが家計を圧迫している。


​「ミラちゃん、死んだ魚みたいな目をしてるわよ」


​ カウンターの奥から声をかけてくれたのは、受付嬢のマリーさんだ。彼女は手元の書類をトントンと揃えて極上の営業スマイルを向けてきた。


​「そんなミラちゃんに、朗報です! なんと、指名依頼が来ています!」


「指名? 私に?」


​ 思わず眉をひそめる。

 Cランクの私に指名依頼なんて、ろくな話じゃない。だいたいは「下水道の掃除」だったり、「偏屈な爺さんの実験台」だ。


​「今回は護衛依頼です。しかも報酬は……これ!」


​ マリーさんが指を一本立てる。

 金貨一枚か? それなら一ヶ月は遊んで暮らせるよ。


​「白金貨、一枚です」


「ブッ!!!」


​ 私は盛大にエールを噴き出した。

 白金貨!? 金貨百枚分!? 一生遊んで暮らせる額じゃない!


​「ちょ、ちょっと待って。対象は? 王族? それともドラゴン退治の付き添い、みたいな?」


「いえいえ。ある『ご令嬢』の護衛です。なんでも、人のいない静かな場所に移住したいそうで、その旅の護衛を。それと現地での生活サポートをお願いしたいとのことで……」


「……怪しい。怪しすぎるよ」


​ うまい話には、必ずと言っていいほど裏があったりする。これは冒険者の鉄則だ。


 だが、私の脳裏に『借金完済』という甘美な四文字がちらついた。

 断る理由がない。いや、断れないよ。


​「……話だけ、聞くわ」


「決まりですね! 依頼主様は2階の応接室でお待ちですよ!」 


​ マリーさんの笑顔が悪魔の微笑みに見えた。

 気のせいだといいけど……。


​ ◇


​ コンコン、と扉をノックする。


「どうぞ」


 中から聞こえたのは、涼やかな声だった。


 扉を開けた瞬間、私は息を呑む。そこにいたのは、この世のものとは思えない美女。

 窓から差し込む陽光を浴びて輝く、プラチナブロンドの長い髪。赤い瞳。最高級のシルクで作られたドレスは、彼女が動くたびに微かな光沢を放っている。


 冒険者ギルドのむさ苦しい応接室のはずが、まるで屋敷の一室になったかのような感じだ。


​「初めまして。あなたが冒険者のミラさんですね?」


「あ、はい。ミラです。……あの、あなたが依頼主様で?」


「ええ。レティシアと申しますわ」


​ レティシア。この名前、どこかで聞いたことがあるような……でも、思い出せないよ。

 それより彼女が醸し出す「貴族令嬢」感がすごい。


 彼女は優雅に微笑むと、テーブルの上に地図を広げた。


​「私、実家のしがらみが嫌になりまして。誰も知らない土地で、静かにスローライフを送りたいのです」


「はあ、スローライフですか……? そのスローライフと言うのは動物の名前か何かですか?」


「ゆっくりとした生活、という意味ですわ。小鳥のさえずりで目を覚まし、自分でお野菜を育て、夜は星を眺めて眠る……素敵だと思いませんか?」


​ 彼女の瞳がキラキラと輝いている。

 典型的な世間知らずのお嬢様の夢物語。

 外での生活がどれほど過酷で虫や魔獣に怯える夜がどれほど長いか、この人は分かっていない。


 だが、報酬は白金貨だ。

 私は心の声を押し殺して営業スマイルを浮かべた。こういう時、ニコッとしておけば何とかなる。


​「素晴らしい夢ですね。で、目的地はどちらで?」


「こちらですわ」


​ 彼女の白い指が地図の一点を指した。

 私はその場所を見て、再びエールを噴き出しそうになった。うん、飲んでないけど。


​「……あの、レティシア様? そこ、『魔の樹海』って呼ばれてる場所なんですけど」


「あら、名前なんてどうでもいいのです。人がいないことが重要なのですから」


「いや、人がいないのには理由がありましてね!? そこ、Sランク指定された危険地帯ですよ!? ドラゴンとかキマイラとかが運動会しちゃってる場所ですよ!?」


​ 私は思わず身を乗り出してツッコミを入れた。

 しかし、レティシア様は小首をかしげる。


​「まあ。賑やかで楽しそうですわね」


「賑やかのベクトルが違うよ!」


「大丈夫ですわ、ミラさん。私、多少の護身術は心得ておりますもの」


​ 彼女はふふっと笑い、テーブルの上に置かれたティーカップを手に取ろうとした。


 その時だった。


​ パリンッ。


 嫌な音がした。

​ 彼女の指が触れた瞬間、陶器のカップが粉々に砕け散った。

 いや、砕けただけじゃない。

 カップの下にあった重厚なテーブルに蜘蛛の巣状の亀裂が走った。次の瞬間、バキャッとテーブルが真っ二つに崩れ落ちる。


​「…………」


「…………」


​ 沈黙だ。こういう沈黙が一番苦手だ。

 レティシア様は自分の手を見つめ、そして私を見て、てへっと舌を出した。


​「あら、ごめんなさい。少し緊張して力がこもってしまいましたわ」


「……」


​ 力がこもった?

 今、指先が触れただけですよね? 

 物理法則どこ行った? 彼方に消えたの?


​「テ、テーブル代は弁償しますから! さあ、ミラさん。契約成立ということでよろしいかしら?」


​ 彼女は満面の笑みで、懐から白金貨を取り出した。その輝きは魅力的だ。


 だが、私の冒険者として、いや女としての本能も警鐘を鳴らしている。


 逃げろ、と。

 これに関われば命の保証はない、と。


​ だけど、悲しいかな。

 貧乏冒険者の悲しい性で、私は震える手でその硬貨を受け取ってしまったのだ。


​「……承知、いたしました。あなたのスローライフ、全力でサポートさせていただきます」


「まあ! 嬉しいですわ! これからよろしくお願いしますね、ミラさん!」


​ 彼女が嬉しさのあまり私の手を握った。

 ミシミシ、と私の指の骨が悲鳴を上げる。


​「いっ、ぎゃあああああああ!?」


「あら? どうなさいましたの?」


「て、手! 手が潰れる! 握力どうなってんの!?」


​ これが私の地獄のような護衛生活の幕開けだった。後に私は知ることになる。彼女が王国の魔法兵団を一人で半壊させて出奔した、伝説の「殲滅公爵令嬢」レティシア・フォン・アークライトその人であることを。


​ スローライフ? 無理ですお嬢様。

 あなたが歩く道は、すべて更地になるのですから!


―――

咲月の新たなファンタジー開幕です!

今回は、最強の隣にいる冒険者がどんな気持ちなのか、徹底的に深掘りしちゃいます!

毎度の通りコメディ作品になりますので、楽しんで読んでくださいね!!


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