第10話 選択の重力(美月の秘密)
指先一つで、一人の人間がこの世から消える。
スマートフォンの画面の上で、僕の指はあてもなく彷徨っていた。
『大輝』か、『美月』か。
どちらかを選べば、ゴミ箱に堕ちた颯太が戻ってくる。
だが、その代わりに選ばれた方は、存在しなかったことにされる。
「航平、頼む……俺を選ぶなよ。親友だろ……!」
大輝が僕の腕を掴み、必死に訴えかける。
その顔は恐怖で歪み、かつてのリーダー格の面影はもうどこにもなかった。
ただ、死を恐れる哀れな男がそこにいた。
「ねえ、航平くん。迷っているの?」
美月が僕の顔を覗き込む。
「それとも――美月ちゃんの『本当の姿』を知るのが怖いの?」
その時、僕のスマートフォンに美月から着信が入った。
スピーカーから漏れる彼女の声は、驚くほど冷静だった。
『……航平くん? 助けて。変なの』
『私の部屋から、物がどんどん消えていく。卒業アルバムも、服も。
お母さんの顔さえ、もう思い出せないの』
システムは、僕の選択を待たずに浸食を開始していた。
『でもね、颯太くんのことは、はっきり覚えてる。
あの日、私が彼に何を言ったかも』
「美月、何を言ったんだ」
『教えてあげたの。
この共有ドライブには、一人を犠牲にすれば、残りの全員が「許される」機能があるって』
電話の向こうで、美月が小さく笑った。
僕は、柚月を睨みつけた。
美月の秘密。それは、あの日、颯太が自らボタンを押した理由だった。
颯太は、正義感でボタンを押したのではなかった。
美月に唆されたのだ。
『あなたが犠牲になれば、みんな助かる。ヒーローになれるよ』と。
美月は、湊のときと同じだった。
誰かの弱みに付け込み、自分だけが助かるための「生け贄」を用意する。
画面のゲージが、じわじわと伸びていく。
美月は今、自らの罪が露見する前に、システムによって「都合よく」消されようとしていた。
『通知:削除プロセス 40%完了』
「航平……美月を消せよ! あいつが全部仕組んだんだろ!? 俺じゃない、俺は何も知らなかった!」
自分の保身のために、迷いなく他人を差し出す男。
自分の罪を隠すために、消滅を受け入れようとする女。
地獄だ。
崖の上で誓った友情なんて、最初からどこにもなかった。
その時、僕の脳裏に、湊のあの微笑みが浮かんだ。
――君たちが、僕を殺したことを、忘れないで。
もし、ここで誰かを選べば、
それは湊が最も嫌った、「誰かを透明にする行為」の繰り返しになる。
僕は柚月の指を振り払った。
「……どちらも、選ばない」
「え?」
「僕は、誰も消さない。その代わりに」
僕は設定画面を高速で操作し、一つのフォルダを『公開(パブリック)』に設定した。復元されたばかりの、湊が死ぬ間際に残した全記録だ。
「この街の全員に、この共有ドライブの権限を撒き散らす」
リソースが足りないなら、全員で分け合えばいい。
隠したい嘘も、消したい記憶も。
全部、この街の住人全員のデバイスに強制的に『復元』してやる。
ジジッ……ジジジジジッ!
スマートフォンの画面が、限界を超えたノイズで発火しそうになる。
街中の電光掲示板、通行人の端末、家庭のテレビ。
そのすべてに、僕たちの、そして街が隠してきた「不都合な真実」が流れ込み始めた。
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