街の片隅の小さな攻防 〜いつかはきっと当たるはず〜

藤葛

街の片隅の小さな攻防

とあるスーパーの店先。

西村の住まいから歩いて五分もかからない。

買い物に来た主婦や部活帰りの学生などが入り混じる、夕飯前の中途半端な時間帯。

そのスーパーの店頭入口から少し離れた場所に目的の宝くじ売り場は置かれている。建物の一部というより、取ってつけられたようなプレハブ型。

赤や黄色でペイントされた、どこでも見かけるようなちいさなユニットハウス。

この猛暑の中でも、座っている妙齢女性はいつも通りクールな表情だ。

店の外に据え付けられた室外機を見るに、エアコン付きらしい。


女性の年齢は見た目だけでは正直よく分からない。

四十代かもしれないし、五十代かもしれない。贔屓目に見れば三十代?

若く見せる気も老けて見せる気も、どちらもなさそうだが、とにかく年齢不詳だ。

長い髪をいつも後ろでまとめていて、前髪の分け目が、毎回同じ位置にある。

エプロン姿の彼女のアクセサリーは少ない。左の薬指にリングのみ、ネイルはしていない。

無駄に笑顔を振り撒くタイプではないが、無愛想というほどでもない。

必要な時にだけ口角が上がる。


彼はいつものように「お願いします」と11枚の宝くじを彼女に差し出す。

彼女の動きには無駄がない。

慣れた様子で券を受け取り、とんとんと手早く揃えて照合機に通す。

少しの間、何か言葉を交わすことなく、外側に向けて表示された液晶を眺める。

彼女は彼の顔を覚えているはずだ。

でもそれを示す素振りは一切しない。

目が合っても意味は発生しない。

西村に無関心な世界が人の形をして座っている。そんな印象だけが残る。

ここならもし失敗しても、きっと何も変わらない。

そんな甘い考えが通用するかどうかは別として、西村はこの売り場が気に入っている。


「残念でした。一枚の当たりで300円になります。」


いつも通りの結果だった。

西村は自宅に戻り、靴を脱ぎ散らかし、そのまま自分の部屋へ直行した。

遮光カーテンは閉められままだ。昼と夜の境目が、この部屋の中では意味を失っている。


今日もダメだった。


ベッドに腰を下ろし、財布から一枚だけ取り出す。

売り場で返された宝くじのハズレ券。

折り目も汚れもない。まるで新品のような顔をした、うまくいけば当たるはずだった一枚。


末等 300円。


西村はそれを指で挟み、角度を変えて眺める。

部屋の照明にむけて、透かすように光にかざす。

しげしげと見つめたあと、もう一度手元に戻し、西村はベッドの上にその一枚を置いた。

当たり券を間引かれた残り九枚のハズレ券を少しだけ距離をあけて置いていく。


……おかしくない。

数字は自然に並んでいる。

配置も間隔も何度も確認した。

世界が反応しない理由が、どこにも見当たらない。

少なくとも自分の目には、ほかの券と区別がつかないように見える。


三百円なら大した間違いは起きない。

誰も困らない。大ごとにはならない。

売り場の液晶はハズレとしてカウントするだけだ。


新たなヒントを求めて、ネットで検索すると、宝くじの番号自動照合機の紹介が出てきた。

『あたり』、『高額あたり』、『ハズレ』、『リジェクト』、四つのトレイにそれぞれ分けられる仕組みになっているようだ。

「……不合格リジェクト?」

スワイプしかけた指先が止まる。


『残念でした』

あの女性の声を思い出す。責めるでも疑うでもない。ただ、結果を報告するだけ声。

あちら側の表示や選別ではただのハズレ券ではない事が分かっていたりするのだろうか。

西村は立ち上がり、失敗作とハズレ券をゴミ箱に捨てた。


   *


正しさよりも納得感が大切だ。

基本に戻って宝くじの賞金について考えを巡らせる。

今回照合したジャンボ宝くじの賞金設定と睨めっこする。


1ユニット=1,000万枚。

今回は 12ユニットの販売であるため、12ユニット× 1,000万枚で販売される総枚数は1億2,000万枚。

1枚300円 。

計算すれば発売総額は 360億円。

賞金総額は約180億円。

ちょうど約半分が当せん金として設定されている。


一等 3億円が12本。

末等 300円が1200万本。


どちらも36億円、総額の10%。

当たりの端っこと端っこが、同じ比率で設定されている。

忙しい人、忘れる人、面倒な人、全員が換金に来るわけではない。

仮に末等の300円でも、2割の240万本が換金されなければ7.2億円。

その金額が収益金として発売元の自治体に納められる。


又、販売期間中にすべての宝くじが売り切れていない場合、売れ残った宝くじは無効になる。それらに高額当選が含まれている可能性も大いにあるだろうが、回収・廃棄となり、その当たりは永久に換金されることはない。

そういう仕組みでできている。


だから、西村は末尾の数字をいじる。

まずは末端狙い。

大事になる金額ではない。どうすれば通るかを確かめたいだけだ。

しかし、これが通れば1等も通ったも同然。

ドリームがジャンボな企みだ。

帰り際に購入した宝くじを鞄から取り出して、机に向かった。

袋をあけてデザインを眺める。

また日をあらためて、あの売り場へ行くために、今日も西村はいつか当たるはずの一枚を作るために精をだす。


   *


「残念でした」

やはりいつもと同じ結果になった。

調べれば調べるほど、トライすればするほど、そしてこの残念な報告を受けるたびに、これはただの「紙切れ」ではないのだとわかる。


「一枚当たりが出たので200円になります」

彼女はいつも通り正規の当選金額とハズレ券をトレイに乗せて差し出してきた。残念セットだ。

「いま販売してる宝くじ、バラで十枚ください」

いつも連番で宝くじを購入していて、この店ではバラを買ったことがなかった。

たまにはいいだろう。

「ありがとうございます。二千円になります」

彼女が告げる。

西村は財布の中から一万円札を取り出した。

宝くじを真似るのは、簡単にそうに見えて、この札を真似るぐらい『無理ゲー』だ。

西村は女性の顔を見た。

リジェクトされているのなら、なぜ何も言わないのだろう。

聞いてみたかったが藪蛇になりそうで、西村は何も言えずに宝くじを受け取って店を後にした。


   *


前回購入した地方くじのバラ十枚をいつもの店で差し出すと、今までにない反応が返ってきた。

外側に向けられたモニターに、いつもとは違う赤い表示が出ている。


高額当選 1枚


「ぬふぉ?!」

自分でもよく分からない声がでた。

「おめでとうございます」

いつものトーンで言われて、うっかり聞き流しそうになったが、なかなかにレアな対応だ。

この店では換金できないと説明され、いつもの残念セットにプラスして、当たり券と案内資料を手渡された。

「こちらを銀行にお持ちになってください」

珍しく女性の口角があがっている。

邪道な方法より先に、正攻法で世界が反応した。周りに人がいたため、控えめに案内だけもらってその場を離れた。一等かどうかはまだ世界の向こう側だ。

「やった……のか?」

当たり券を握る手が汗ばむ。

銀行での換金に必要らしい身分証をとりに自宅へ戻る。

五分の距離さえもどかしい。

行きはゆっくり来た道を小走りし、息が切れれば早歩きで息を整え、自宅にたどり着いた。

西村は自室でほっと一息つき、ベッドに腰掛けた。

知りたくてたまらなかった当選番号を急いでスマホで確認する。

「……」

一等でも前後賞でもない。人生を左右するほどの金額ではなかった。

嬉しくないわけではないが、期待が大きかった分、落とされたショックがでかい。

『残念でした』

あの女性の声が脳内再生され、西村は思わず苦笑いした。

換金したら、またあの店に宝くじを買いに行こう。

諦めないことが大切だ。

そういうことにしておこう。

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