手で触れるということ

AKTY

手で触れるということ

 向かい合った両者が互いの手が触れた状態から試合、あるいは稽古を始める。そんな場面をカンフー映画などでご覧になったことがあるって方もいらっしゃるのではないでしょうか。


 これは詠春拳でいうところの黐手(チーサオ)、太極拳では推手(トゥイショウ)などと呼ばれる鍛錬方法の一種です。日本の武道でも一部の空手の流派や合気道などで取り入れているところがあります。


 もちろん各武術、各流派でその名称や細かい目的の違いなどはあるかと思いますが、基本的には触れ合った手の感覚で相手の動きや重心を感じ取る訓練と思っていいでしょう。


 誰か家族やお友だちなど傍にいらっしゃったら試していただくとわかりやすいと思いますが、攻撃と防御に分かれて、攻撃側はその手を触れた状態から相手の隙を突いて打撃を入れる。防御側は逆にそれを防ぐっていう。ああ、ホントに当てたりはしないでくださいね。あくまでゲーム的なお遊びということで。


 やってみるとわかるのですが、これが意外と難しい。相手が行くぞっと思った時の筋肉の動き、重心の揺らぎなどは、触れた手を通してけっこう伝わってくるんですね。その情報をいかに相手に伝わらないようにするか、または読み取るかという部分で技量というか功夫クンフーの差が如実に出るわけです。


 私はなにも格闘技の話をしようと思ってこの話をしたのではありません。要は人間の手はいかにセンサーとして優れているかの一例ですね。見えないものでも触れてみればよくわかるということがあるんです。


「ペンフィールドのホムンクルス」という言葉があります。これはペンフィールドさんという学者さんがですね、脳のいろんなとこにビリビリッと電流刺激を加えまして、それで脳のどの部分がなにを司っているかをマッピングしたんですね。すると使われ方にかなり差があることが分かった。


 その差をそのまま人体の各部位の大きさとして表したのが「ペンフィールドのホムンクルス」です。まあお人形さんですね。これが歪な形をした奴でして、顔がでかくて舌もベロリンと大きい。そしてなにより最も大きいのがその両手。手の平だけで全身を覆ってしまえるほどです。


 手ってのはそんなにも脳の広い部分を占めている感覚器官であるわけですね。手の目という妖怪がいますが、あいつ大丈夫なんですかね?あの手でちゃんとものを触れるんでしょうか?どっちつかずじゃないッスか。心配ですね。


 それはさておきここで本題なんですが、どうも現代人はこの、手を使って「触る」という情報収集の仕方を軽視しているのではないかと。というより他の部分に偏りすぎなんでしょうね。それはすなわち "目" です。まあ "耳" もそうかもしれません。


 テレビなどのオールドメディアの頃からその傾向はあったと思いますが、インターネットの発達、そしてSNSの普及によってそれはさらに顕著になった。視覚や聴覚からあまりにも多くの情報が入り込むようになったんですね。これはもう日々すごい量が入ってきますよ。


 それらのほとんどは触れることなど叶いませんのでね、どうしたって人間は最も優れた感覚器官を封じられた状態で、いろいろ判断を下さなければなりません。これはすごく難しいことだと思うんですね。


 なので特に若い方にお伝えできればと思うんですが、よく検討した方がいいよと。情報に安易に飛びついて分かった気になっていては危険だよ、とね。だってそうでしょ、ホムンクルスのあの大きな手を介すことなく受け取った情報ですよ?本当に信頼に値するものなのか、疑問ですよね。


 最近よく見聞きする言説で、男女の分断を煽るようなのがあります。お前だってそんな情報鵜呑みにするのか、現実では分断などしてねえわとお叱りを受けるかもしれませんが、男女関係で奥手な人が増えていると、これは実際に社会での人付き合いのなかで肌感覚として感じたりもしています。


 まあ私は男女関係が近年で最も早熟化していた時代に青春を謳歌した世代なんで、特にそう感じるってところもあるんでしょうけどね。Youもっと行っちゃいなよ!って思うこと多いんですよ。


 男のこういうとこがダメだ、女はこうだからいけない、とね、ゆっくり音声が喋ってたりします。そういう動画を見て嘲笑うことで日頃の溜飲を下げたりね。そういうのも別に好きにすりゃあいいんですが、それ言ってる奴のこと信用していいのかと。だってそいつは異性のことあれこれ言ってるけど、本当はその手で触れたこともないかもしれない。


 そういう極端な言説を信じちゃって、その手で探れる機会そのものを失ってしまうのも馬鹿らしい話ですしね。可能性を自ら閉ざすようなことになってはいけないと思います。お前の敏感なセンサーが寂しがっているぞ。


 君もね、なにか判断を下す前にちょっと立ち止まってみて、一旦保留ということにしてもいいんじゃないか。のちに触れてみる機会があったら、また違った気持ちを抱けるかもしれないよ。


 なあんてことを我が手をジッと見ながら考えたわけです。

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