夢中、イヌオトコより。

戌丸ぽちこ

◆オタキアゲ◆

 伝承も伝統も、本来美しい言葉だけで語るなんて到底出来ないものだ。決して消える事の無い闇はいつでもそこに存在している。

 歴史の中にも、祭りの中にも。


 ──これは僕が眠りの中で見た、夢の話だ。



【一】


「今回は面白いモノが見られそうなんだ」


 俺が口を開けば、同行者はとんでもないしかめ面を披露した。


「私、車で待機しててもよろしいでしょうか」

「何、三日も車中泊したいと。 このオンボロ車で」

「レトロで味のある車でしょうに、いらない嫌味ですよ。悪い癖だ」

「ビンテージ品らしいな、俺には良さがわからが」

「まぁしかし、貴方が楽しそうな時にまともな事が起こった試しが無いざんしょ。私はそっちの方が嫌ですよ」


 大きなため息を吐かれた。が、運転する手を止める様子は無く、車は順調に目的地に向かっていく。やはりなんだかんだ良い奴だ。少々小言はうるさいが。


 此奴は、運転手兼同行者兼弟子兼助手見習いとでも言おうか。背が高く細身で丸い眼鏡をかけ、いつもハットを被りかっちりスーツを着ていて、寒い日はロングコートを羽織っている。年齢の割に顔の苦労人相が取れない男だが、愛想が良く物腰柔らかな性格のためか近所の人々からの評判は良い。よく老若男女問わず菓子を貰ってる姿が散見される。ちなみに恋人が出来た試しは無い。色恋沙汰も一切聞かない。いつも自分のしたためている文章の事か俺への文句で忙しい男だ。

 そんな彼の事を、俺は敬意と嘲笑を込めて 『オ手伝イサン』と呼んでいる。これでも色々気をかけてやっているつもりだ。


 此奴の車は前述の通りオンボロだが乗り心地はいい。 運転の仕方に性格がよく反映されている。

 そういうところは嫌いじゃない。


「というか、まぁた三日も滞在するんですね」

「そういう祭りだからな」

「はぁ、祭りねぇ..... 」


 オ手伝イサンが怪訝な顔をする。


「やはり貴様だけ車中泊にするか?」

「まさか、しっかり宿に泊まらせてもらいますよ」

「おや、宿代が俺の金だからかな?」

「ええ、宿代が貴方の金だからです」


 そんな話をしていたあたりで、遠くから祭囃子が聞こえてくる。


「思っていたより大きな祭りのようだな」

「貴方その辺はさすがに把握しておいてくださいよ」

「いや、 本祭が本祭だからな。前夜祭もそれなりかと思っていたんだよ」

「で、その本祭とやらの話は?」

「それはこの村をよく見て回ってからだ。お、出店が並んでいるぞ。 飯を食わんか?」

「おや、ちょうど空腹でしてね、何か買いに行きましょ」


 ゲンキンな奴だな、とは言わないでおいた。

 

 車を近くの小さな駐車場に止め、屋台の方へ男二人でぶらぶらと向かう。

 オ手伝イサンが飯選びに熱心になっている最中、俺は周囲を少し確認しておく事にした。山の中腹である此処から眺めると、確かに小さな村ではあるが、住宅街、商店街、公共施設、娯楽施設などが遠目からでも散見される。そんなに寂れているわけではなさそうだ。祭りのせいもあるのだろうか、大通りに出ている人の数はなかなかに多い。 特に子供が目立つ。まぁ…… 異様な程ではないか。


「見てください。焼き鳥が美味そうですよ、ホラ」


 いつの間にか横に来ていたオ手伝イサンが声をかけてくる。確かに美味そうだな。


「腹が減る。 一本寄越してくれないか」

「貴方がそういうと思いましてね、多めに買ってきたんです。お食べになるでしょ?」

「それじゃあいただこうか」


 そう口を開いた瞬間、頭の奥で鈴が鳴った。なるほど、今は駄目か。俺は齧り付かずに口を閉じ、目を伏せた。


「突然食う気分じゃなくなった」

「貴方にそう言われるとですね、これは全て廃棄すべき食材なのではないかと嫌な思考が脳裏によぎるんですよ」

「あァ、それなら安心してくれ。こちらの都合でしかない話だ。 貴様は疑念を持たず食らうといい。ただの美味い鶏肉にありつけるぞ」

「ほ、そうですか。なら遠慮なく私が全ていただきましょ」

「本当にゲンキンな奴だなァ、君は」

「おや知ってるでしょうに、おっと、」


 突如、腹を押さえた女が横を走っていった。途中少しぶつかり「すみません」と小声で呟きそのままそそくさと去って行く。向かう先には、もう営業時間をとっくに過ぎた病院があった。


「食あたりじゃあなさそうですね」


 呑気に肉を頬張るオ手伝イサンが話す。


「君には、何に見える?」

「はぁ、私にそれを聞くんですか?もう目星は付いてるでしょうに」


 食べ終わった串を捨て、新しい焼鳥を袋から取り出し言葉を続ける。


「妊婦さんでしょうね」


 そう言って、また肉に齧り付いた。



【二】


 次の日、俺達は近所の宿でのんびりと過ごしていた。本祭は明日だが、メインの催し物は今日から始まるらしい。


「と、言ってもただの焚き上げ祭だ。日が沈み切ったら見に行くぞ」

「はいはい、今日は何も起こらないんですよね」

「まったく用心深い男だな、貴様は」

「変人でも奇人でもない凡庸な人間なので、貴方の趣味に巻き込まれるのは御免なだけですよ」

「言うじゃないか」

「そんなに不貞腐れなくてもいいざんしょう」

「やかましい」


 氷が溶け、ぬるくなった麦茶をすすりながら話を続ける。


「それより、昼間は村を散策してきたんだろう。どうだった」

「特に村自体に違和感はありませんでしたね。普通の村です」

「だろうなァ、ただ聞きたいのはそこじゃない」

「えぇわかってますよ、こういった中規模な村にしては圧倒的に少ないものがありました」

「当てよう、病院だろう?」

「仰る通り。昨日見かけた中央病院以外、目医者も歯医者もありませんでした」

「なるほどな、合点がいった」


 ははん、と笑う俺を横目にオ手伝イサンは茶を飲み干す。


「今度はこちらの番ですよ、おわかりでしょ?」

「なんの事だか」

「祭りの伝承についてですよ。意地の悪い人だ」

「ふ、やはりそうこなくてはな。いいだろう、話す」


 待ってましたと言わんばかりのにやつきが抑えきれない彼の顔を眺め、俺は茶を飲み干す。


「茶も消えたことだ。祭り会場へ向かいながら話そう」


 そう言い玄関先へ向かう。後ろから聞こえる慌てた足音に、俺は息を吐いた。



伝承──


 この祭りは焚き上げ祭という。珍しくもない祭りだ。古くなってしまった本殿の木を宮大工達が取り換え、役目を終えた木を『御神木』として燃やす。人々はそこへ新しい一年を過ごすための願掛けを、古い記憶と共に炎へ託す。


 しかし、この村では御神木の他に燃やす物が別にもうひとつある。


 それが『ねじり藁』だ。


 死別した者の名前を書いた紙を藁でねじるように包み、上下を麻紐で縛る。これがねじり藁と呼ばれるもので、御神木と一緒に炎へくべることで死者への未練や迷いごとを天へと昇華させるらしい。そういった風習である。


 これが何世代も前から続きているためか、縁起の良い祭りとして地元民から親しまれているそうだ。


 ──伝承、終わり。



「はァ、それがあの山盛りの藁って事ですか」

「貴様は本当に浪漫にかけるな。しかし一見納豆みたいで美味そうだなアレは」

「それは貴方に言われたくないですよ。まァ一見納豆みたいで美味そうですがアレ」


 祭り会場は林の奥にあったが、そう遠くはなかった。予定より早く到着した俺達は御神木に火が着けられていくのをぼんやりと眺めていた。


「これを明日の本祭まで燃やしておく必要があるらしい」

「ヘェ、火のお守りが大変そうですね」

「その間にあそこへああやってねじり藁を山にしておくそうだ」

「それを本祭で燃やす、と。そういう祭りでお間違いない?」

「その通り。大賑わいの割に地味な祭りだな」

「まァ、その賑わい自体が今の人達にとって価値があるんでございましょ」

「……さて、期待外れで真に残念だが今日は何も起こってはくれなさそうなのでな、俺達は宿へ帰るぞ」


 俺の言葉を聞いた瞬間、オ手伝イサンが盛大に眉間に皺を寄せこちらを向いた。


「なんだ、そんな顔をしてると恋話が遠方へ逃げていくぞ」

「貴方がそんな危なげな発言をするからざんしょ、今日は何も起こらないと言っていたでしょうに!」

「俺の勘も予想も百発百中じゃあ無いからな、アテは外れた方が面白いだろう」

「まったく、今後何が起こるかくらい教えてくれてもいいじゃないですか」

「それは俺にもまだわからん」

「これだから」


 そうしてバサリと踵を返し、団扇で風をあおぎながら俺達は宿へ歩みを進める。炎はゆらめきながら俺達の背を照らし、前方へ長く黒い影を落としてなお燃え盛るのみだった。



【三】


 次の日、つまり本祭の日だ。


「何故それを黙っていたんだ貴様は!」


 祭りへ向かう直前、俺は啖呵を切っていた。


「聞かれなかったから、としか。そして貴方も隠し事がおありのようですから。ね」

「つまり、お互い様だと言いたいんだな?」

「そういう事でござんす」


 オ手伝イサンの話の内容はこうだ。


 昨日村の散策を行った際に、先日ぶつかってきた女を見かける事は無かった。しかし夜、俺達が祭りから帰る直前にその女がねじり藁を置いているのをふと見かけたらしい。そして今日昼間たまたま道端でその女と出会い「あの時はすみませんでした」などと軽く世間話を交わした。そしてその時にはすでに──


「身重では無くなっていた、と」

「ええ、まだ腹部は痛そうではありましたが『これから新しい人生を始めるのだから、これくらい』との事でしたね」

「あの病院だな?」

「この村に産婦人科はありません。おおよそ後ろめたい取引きでもあったんでしょう」

「なるほどな。それは祭りが大事になりそうな話だ」

「ではその大事とやらになる前に、貴方の話を聞かせていただいても?」

「無論だ。しかし── 」


 俺は喉を鳴らすようにひと呼吸置き、言葉を続ける。


「話すからには、君も共に祭りへ来てもらう」

「そうだと思いました。勿論、最後まで付き合わせていただきましょう」



伝承真意──


遙か昔、この村には産婦人科が幾つもあった。そしてその大半は『堕胎手術のため』に建てられた場所であった。 そこで堕ろした胎児を藁に詰め、御神木と焚き上げる事で供養するのが恒例行事であった。


 当事この村は、多産により貧困に見舞われていた。 そして近場の遊郭からやってきた『訳あり』の女を受け入れ匿う集落として影で噂が広まっていた。そういう背景を思えば、必然的な事ではあったのかもしれない。


 しかし、授かった命はそれだけでも命だ。一人二人ではない、何十人もの命が毎年同じ時期に『焚き上げられて』きた。命の悔やみはやがて恨みや憎悪となり、村の上空に蓄積されていった。


 そしてついにある祭りの日、それが大禍災として村へ降り注いだ。 怨念の塊により村人達の命は次々に潰れ捻られ切り刻まれ縛られ燃やされていった。それを治めるため、逃げ延びた村人により霊媒家業の者が大勢呼ばれ、彼らの奮闘によりなんとか事は沈静化した。


 それからこの村での焚き上げ祭の伝承はその形を変え、平和な状態を保ち現在まで受け継がれてきたという。


 だが一度起きてしまった事象はそう簡単に消え去るものではない。いずれまた今世に生を受けずした命が焚き上げられるその時、それが引き金となり再

び村に災いが生じる事となるであろう。


──伝承真意、終わり。



「そういう事だったんですね、貴方って人は!」

「その気配が濃くなっていたから遊びに来たまでだ」

「ちゃんと人に依頼された時だけにしてくださいよ物好きめ!」

「そういう君も他人に言えた事ではないだろうこの物好きが!」


 俺達は早足で祭り会場へと向かっていた。林に足を踏み入れた途端、急激に血の匂いが濃くなる。


 脳内では鈴の音が激しく鳴り響いていた。

 ──ここまでか。


 俺はオ手伝イサンを急いで後ろへ突き飛ばし叫んだ。


「やはり戻れ!急いで車を用意しろ、これ以上はお前が危ない!」

「貴方は!」

「やるべき事を済ませたらすぐに戻る、出る準備をとっととしておけ!」

「本当に困った人だ!」


 飛び込んだ祭り会場では耳が千切れんばかりに人々の悲鳴がこだましていた。炎は赤黒く燃え盛り、のたうつ血溜まりのように暴れ狂っていた。



【〆】


 ──ここで、僕は目が覚めた。


 イヌオトコがどうなったのかはわからない。ただ平和な朝の光を受け、この世界の穏やかさに息を吐いた。


 彼らは無事でいられるのだろうか。


 トーストの焼ける匂いは僕の心の表面を焦がすように揺らすのだった。













【五】


 頭からずっと遠くの方へ鈴の音が切り離された。


 これでもう何をしようと大丈夫だろう。俺は阿鼻叫喚の嵐の中炎の心臓部へ向かって飛び込んだ。


「やァ、御神木が焼けるにしては相当生臭いじゃないか!」


 服の裏へ貼りこんだ札がじりじりと端から焦げていく。これが全て無くなる前に見つけてしまわなくては。


 俺は黒く焦げたねじり藁の束を強く凝視する。

 これは毒殺、これは肺の病気、これは無理心中だな。どいつもこいつもろくな死に方をしていない。どこの世も毎日が終末のような有様だ。──見つけた。これだけの強い念、しかし自分が何者かも何故死んだかも理解出来ていない。赤子以前の命の塊。

俺はそのねじり藁を掴み中身をこじ開ける。


 同時に、人を地へと叩きつけていた炎の殺意が俺の方へ向くのを感じた。


「納豆にしては少々見た目がなァ、食欲は失せる」


 中には紙の代わりに、千切れ千切れの肉片と変わり果てた胎児がべっとりと藁に付着していた。


「待て」


 俺の目前へ鋭い切っ先を向けている炎へ向け声を放つ。


「俺がお前の恨みを全て食らってやる。お前は俺の腹の中で好きなだけ暴れるといい、殺す勢いでな」


 そうしてその肉をつまみ上げ口へと放り込み嚥下する。久々にありつけた飯がこれか。反吐の様な味がする。


 全ての肉を食らった後には、もう炎は元の穏やかさを取り戻し、パチパチと火の粉を立てるだけとなっていた。

 踏みつけていた御神木から降りて、周りを見渡す。生きている人間らしい人間は見当たらない。あるのは一面を覆う血溜まりと、先程藁の中にあった物と等しい見た目の肉塊だけだ。


「しっかし、よく滑るな人の血は。これで転んで服まで血塗れにしたらあの男にまぁたいらない嫌味を言われるぞ」


 林を出る前にもう一度広場を眺め、穏やかな火の温かさに目を細める。


「木霊よ、礼をされても困る。俺は駄々をこねている子供を寝かしつけただけだ。 俺はこういうのが好きな変人であり奇人でね。こちらこそ足蹴にしてすまなかった」


 それだけを告げ一礼する事も無く踵を返し、林から抜ける。そうしてちょうどよく目の前で人工的に光を放つオ手伝イサンの車へと歩みを進める。


「なんだ、今回もしっかり生きていたんですね」

「残念そうには見えないな、もう少し嘘が上手くなった方がいい」

「何、私の嫌味が聞きたいと仰る?」

「御免だな。それより帰りに飯を奢ってくれ」

「ご希望は?」

「そうだな、蕎麦がいい。細く長く生きられる者の特権だ」

「貴方の皮肉で私は胃袋が痛いですよ、 図太い人だ」


 オンボロ車にエンジンがかかる。


「それから、明日の朝飯はパンを焼いてくれ」

「ほ、珍しいですね。別に構いませんが」

「なんとなく食いたくなったんだ」


 ガタゴトと揺れる寝心地の悪い座席の上で、遠くなる炎の明かりを見つめながら、俺は女の言葉を思い出す。


「新しい人生などあるものか。お前も俺達も、一生その命で生きていくんだ」

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