無人島の天才学者

ちびまるフォイ

好奇心の悪魔

無人島に漂着してからどれだけ経ったのか。


すっかり無人島生活も板につき、

衣食住も最初より不自由がなくなった。


必死こいて食事や住居へ時間を割かなくなると

今度はまた別の魔物が襲ってくることになる。


「暇だ……」


ぜんぜん救助も来ない。

浜辺で日がな一日過ごすことのなんと暇なことか。


新たな物資を探す兼ひまつぶしに島の散策をはじめた。


すると無人島の中央にあきらかに場違いなタイプライターが置かれていた。

高い木が生い茂る一帯の中央にテーブルとともに置かれている。


あきらかに人為的に置かれたものにしか見えない。


「こんなの……前はなかったけど」


机に座ってタイプライターに指をのせる。

自分の意思とは関係なく指が文字をつむいでいく。


「わ!? なんだ!? 勝手に!?」


チーン。


ひとしきり打ち終わるとタイプライターは止まった。

出力された文字列には意味がある。学がない自分でもわかるほどに。


「これは……何かの証明……?」


ものすごく専門的でおそらくまだ世に出ていないだろう数式。

それをこのタイプライターは自動で打ち出してしまった。


「すごい! このタイプライターは未発表の証明を自動で作っちゃうんだ!」


それも高校を中退し、セルフ修学旅行のすえに無人島に落ちた。

そんな学のない自分でもできてしまう。


学歴コンプレックスを抱えていた自分にとって、

無人島の外の人間をあっと言わせるようなすごい証明ができる。

こんなに嬉しいことはない。


「無人島での生活も暇だったし、これはいい!」


無人島で浜辺に1日寝そべる生活は、

いつしか無人島の中央でタイプライター打つ時間にかわった。


足元には大量の未発表の科学式や数式、物理法則などなど。

あっと驚くような未知の情報がたくさん生み出される。


まるで自分が稀代の天才音楽家にでもなったようだ。

この指が一般人に届かないすばらしいものをつむぐ。


しだいにタイプライターへののめり込み具合は加速。


朝起きたら島の中央でタイプライター。

日が落ちたらそのまま寝てしまう。

食事も取り忘れるのもざら。


あれだけ苦労して整えた衣食住も忘れてしまっていた。

そんなことより、世界の未知をつまびらかにしてやりたい。


そんなある日のこと。


「さすがにそろそろご飯食べるか……」


タイプライターを打つ指がやせ細り、

つまようじのようになったのを見て食事を決めた。


最後に食事したのが、いつなのかもうわからない。


浜辺にある「釣り場」に向かうと、

かつて自分が作っていた桟橋が海の向こうで沈んでいた。


それだけではない。


前に浜辺にどデカく書いた「SOS」の文字も。

助けを求めるために用意していた海沿いの見晴らし台も。

なにもかもが海の底に沈んでいた。


津波が来たのではない。

波打ち際があきらかに島の中心部に迫ってきている。


「この島……し、沈んでるんじゃないか!?」


無人島について、未知の証明に夢中になっている間。

海面の上昇は無人島を沈ませるほど進行していた。


はやく脱出しないと島ごと海に沈んでしまう。

もはやタイプライターで脱出に関係ない証明を続ける場合ではない。


それはわかっている。

わかっているが……。


「これから脱出用のイカダを作ろう。

 時間はなくなるだろうから、今のうちに証明欲を満たそう。

 明日からイカダに専念する。明日から!」


膨大な時間を費やしたタイプライターでの証明出力。

もはや依存症に近い状態になっていた。


島が沈みかけて、助けも来ないという危機的状況なのに

それでもイカダを作っている間にも頭はタイプライターがチラつく。


いっこうに脱出までの準備が整わないまま、

ついに波打ち際は島の中央。タイプライターの足元まで迫ってきた。


「ああ、はやく脱出しないと! でも……でも……証明もしたい!!」


理性と欲求がせめぎあう。

そして最後の理性が流れ着いた流木を手に取らせた。


「これがあると脱出が進まない! えーーい!!」


流木で高性能謎タイプライターをぶっ叩いた。

ボン、とわかりやすく壊れた音がした。もう動かない。


「これで証明にのめりこむこともない……。今度こそ脱出だ!」


自ら退路を絶ったことが幸いし、島からの脱出作業は進んだ。

脱出一本にしぼったらあっという間に終わる工程だった。


「できた! イカダの完成だ!!」


イカダに乗り込む。

タイプライターはその場から動かせそうもない。


これまでに証明した未知の研究や数式だけもってイカダを漕ぐ。


「はあ、はあ……」


必死に漕いでイカダが海の沖に到着したとき。

幸運にも大型の貨物船が近くを通った。


「おおーーい!! ここだ! 助けてくれーー!!」


貨物船から救命ボートが降ろされる。

どれだけ日数が経過したのかわからないが、人間社会へと復帰ができた。


慣れない人間社会へのおみやげとして、

無人島で出力しまくった証明の紙を見せると学会は戦慄した。


「なんだこの証明法は!!」

「画期的すぎる!!」

「これまでの常識が変わるぞ!!」


専門的なことはわからないが、

移動する点Pが初めて点Qに告白することができるとか

湖の周囲を走る兄弟が初めて湖を泳ぐ選択肢を取るだとか。


実生活にはまるで影響がないものの、

学会や研究者の間では画期的な照明がいくつも含まれていたらしい。


「君は天才だ! いったいどこでこんな証明を!?」


「いや、自分の力じゃなくて……タイプライターのおかげなんです」


そこですべてのネタバラシをした。

自分が頭いいわけじゃなく、すべてタイプライターが出したこと。

それは無人島にあり、自分の脱出のために壊したことも。


それを聞いた研究者たちは目の色をかえて無人島へと乗り出した。


「いそげ! あの無人島には値千金の財宝が眠ってる!!」


必死な形相の研究者たちに対し、

自分は無人島最長生活を表彰されたり、実社会での生活を満喫していた。


数日後、世界の研究者たちが集まる学会に呼び出される。


「この写真に見覚えは?」


1枚の写真がスクリーンに映し出される。


「ああ、これは……無人島のタイプライターですね」


「やはりそうか」


「見つかったんですね。でも壊れているでしょう?」


「ああ。だが損傷は軽微だったのですぐに修理済みだ」


「そうなんですね。それで僕にいったいなにを?」


「じつはこのタイプライターを研究したのだが、

 あきらかにこの世のものではないことがわかった。

 どう出力されているかもわからないし、

 無人島から持ち出すことはとてもできなかった」


「でしょうね」


「そして……。どうやら認証も必要なことがわかった。

 タイプライターは認証済みの君でしか動かせない」


「……え?」


背筋に悪寒がはしる。嫌な予感がした。



「君には無人島に戻って、また世界の未知を証明してほしい」



すでに無人島は沈んでいる。

海の底にいけという話をしていると理解した。


「い、嫌です! ヘタをすれば死んじゃうじゃないですか!

 タイプライターは未知の証明をしてくれるでしょうけど

 明らかに実社会にはなんの影響もないじゃないですか!」


「だが、学会には非常に画期的な証明が生み出されるんだ!」


「点Pの証明をこれ以上つづけてなんの意味があるんですか!

 もう人間社会に役にたたないでしょう!?

 ひとの命をかけてまでやることじゃない!!」


必死に深海への島流しにあうことを拒否する。

しかし学会の参加者の目は好奇心に満ち、人間性を失っていた。



「だって、知らないことを証明できたら楽しいじゃん」



ふたたび自分は無人島に送り込まれ、

深海でひたすら未知の証明を生み出す装置にされた。

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