〖お題フェス「手」〗戦国武将も筆を置く!? 猫又と猫魈に両手を封じられた俺の「音声入力」執筆記

月影 流詩亜

第1話 織田信長と甘えん坊の妹



​ 二〇二六年一月二十日、午後五時。

 私の目の前には、絶望的な締切の壁と、一つの命題が立ちはだかっていた。


​ カクヨムコンテスト11、お題フェス。今回のお題は「手」……


​「間に合わせる……何としても、この月影の名にかけて!」


​ 私は冬の相棒である炬燵こたつに肩まで潜り込み、スマートフォンの画面を睨みつけていた。

 普段からスマホで執筆する私だが、冬場はこのスタイルに限る。温かいし、何よりこの姿勢こそが、私の脳内にある歴史の奔流ほんりゅうを指先へダイレクトに伝えるのだ。

​ 現在執筆しているのは、戦国最大のミステリー『本能寺の変』を題材にした重厚な歴史小説である。


​『敵は本能寺にあり! 明智勢のときの声が、京都の闇を切り裂いた』


​ 私の両親指が、画面の上で神速の舞を見せる。

 フリック入力。それは現代の刀。

 私の入力速度は、全盛期の織田信長の進軍速度にも匹敵すると自負している。


​『信長は燃え盛る炎の中、敦盛あつもりを舞うべく扇を手に取った。「人間五十年、下天げてんの内をくらぶれば……」』


​ いいぞ。乗ってきた。

 信長の孤独、焦燥、そして最期の美学。それらが私の指先から文字となって溢れ出る。

 あと少し。あと数千文字で、この傑作は完成する……その時だった。


 私の右腕に、温かく、そして柔らかい質量が「どんっ」と衝撃を与えた。


​「んあ~、お兄ちゃん。手が空いてるよね? 暇そうだよね?」


​ 甘ったるい声と共に、視界の下半分が三色の毛玉で埋め尽くされた。

 我が家の飼い猫であり、修業中の猫又ねこまた・さくらである。


​「さくら、今はダメだ。見てわからないか? 今、信長公が人生最大のピンチを迎えているんだ」


​ 私は画面から目を離さずに告げる。

 だが、さくらはそんな人間の事情など、猫のトイレの砂ほども気にしていない。


​「信長とか知らないもん。さくらは今、ここがかゆいの。喉の奥の、一番気持ちいいところ」


​ ぐいっ。

 さくらは湿った鼻先を、私の右手に強引にねじ込んできた。

 私の右手は、スマートフォンの画面右半分……すなわち「あ行」「か行」「さ行」を担当する重要な戦力だ。ここを封じられては、文章など書けるはずがない。


​「やめろ、さくら! 離れろ! この一文が終わるまでは……!」


​ 私は抵抗を試みた。

 だが、私の意志とは裏腹に、私の「手」は裏切り者だった。

​ さくらのふわふわとした毛並みに触れた瞬間、長年培ってきた「猫撫でスキル」が自動発動してしまったのだ。

 私の指は、吸い込まれるようにさくらのあごの下へ。


 コリコリ、わしゃわしゃ。


 絶妙な力加減で、凝り固まった猫のリンパを流していく。


​「んふぅ~……そこぉ……お兄ちゃんの手、最高ぉ……神……」


​ さくらが恍惚の表情でとろけていく。

 それはそうだ。私の手は、近所の野良猫たちから『ゴッドハンド(神の手)』と崇められる魔法の手なのだから……って、違う!


 私は小説家だ! マッサージ師ではない!


​「くっ、左手だけで……書くしかない!」


​ 右手を猫という名の魔物に奪われた私は、残された左手一本でフリック入力を続行した。

 しかし、バランスが悪い。

 右手の快楽物質の分泌により、脳の処理速度が著しく低下している。


​『夢幻の如し。一度生をけ、滅せぬもののあるべきか』


​ 本来ならば、こう続くはずだった。

 だが、私の指先は、さくらの「ゴロゴロ」という重低音の振動と、肉球のぷにぷに感に同期してしまった。


​ 意識が混濁する。


 信長の辞世の句と、猫への愛が混ざり合う。


​『……一度生を受け、滅せぬチュールはあるべきか。信長は扇を投げ捨て、叫んだ。「是非もなし! 蘭丸、余の腹を撫でよ! そこじゃ、そこが気持ちいいんじゃあ!」』


​「……って、何を打っているんだ私はぁぁぁ!!」


​ 画面に表示されたのは、天下統一を諦めてネコカフェを開業しそうな信長の姿だった。

 私は頭を抱えた。

 締切まで、あと五十分。


​「お兄ちゃん、手が止まってるよ? もっと激しくして?」


​ さくらが不満げに、私の右手を甘噛みする。

 このままでは間に合わない。

 だが、これはまだ序章に過ぎなかった。


​ ガタン!


​ 窓の外で大きな音がしたかと思うと、一陣の冷たい風と共に、黒い影が部屋の中に飛び込んできたのだ。


​「お邪魔するよ。噂の『ゴッドハンド』ってのは本当かい?」


​ 三又に分かれた尻尾を優雅に揺らし、その黒猫は不敵に笑った。


 ……最悪だ。

 猫又よりもさらに厄介な、高位の妖怪「猫魈ねこしょう」の登場である。



※ 猫魈(ねこしょう) : 猫魈は、猫又になる年月よりも、さらに長く生きた猫が化ける妖怪。 具体的には、10年ほど生きると化け猫、20年で猫又、30年で猫魈になるとの説もあるのです。

猫又との見分け方として、猫又の尻尾が二股なのに対し、猫魈は三本に分かれるとされています。


(ピクシブ百科事典より抜粋)



​ ── 第2話へ続く ──


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