清らか乙女と異世界勇者の受難 ー俺の日常が崩壊するまでー

カヤタカ

第1話 夢の中の勇者

「タスクーッ!千歌ちゃんもう来てるわよー!」




 オカンのけたたましい叫び声が、閑静な住宅街に響く。




「今行く!」


 スマホを閉じ、カバンを持って階段を降りる。




「まったく……毎日待たせて、千歌ちゃんかわいそうでしょう!」




 


 読者諸氏に一つ、まず言っておきたいことがある。




 俺は正真正銘のどこにでもいる高校一年生、タスク。 


 実は、どこにでもいない可愛い幼馴染がいる。




 だが安心して欲しい。脈はない。


 このラブコメみたいなオープニングでも、決してそういうことではないので、離脱しないでいただきたい。


 




「はい、お弁当!」


 俺は弁当箱を受け取り、エナメルバッグに無造作に突っ込む。


 あ、斜めった。


 オカンの舌打ちが聞こえた気が……




 踵を踏み抜いて急ぎ靴紐を結ぶ。


 磨りガラス越しに千歌の影。




 ああ。眠い。昨晩は数学の宿題に追われ寝不足だ。


 最後の大問は手強く、決着は今日の休み時間に持ち越された。




 俺は腕を伸ばし、大きなあくびをする。




 ◇ ◇ ◇




 目を開けると、そこは見慣れた玄関ではなく、暗い室内だった。




「へっ!?」


 靴を履く体勢だったので、急に支えを失い尻もちをつく。



 何だここは?何が起こった?まさか異世界!?




 普通はこんな、シームレスに異世界生活始まらないでしょう?


 スキルは?ステータス画面は?




 ……って、ああ、なんだ。夢か。






「勇者様!」




 女性の声が響く。


 声がする方を向くと、水着みたいな鎧を召したお姉様が、剣を握りしめていらっしゃる。


 それ、防御力とかどうなってんすか。


 ってか、尻もちしたの、見られてました……?



「勇者様!召喚に応えていただけたのですね!」


 お姉さん、日本語発音完璧ですよ!


 こんなキレイな金髪碧眼のお姉さんが日本語を学んでくれるのは、日本人として嬉しいです。




「来ます!」


 今度は左側から女性の声。


 あ、こちらは魔法使いのコスプレかな?


 帽子をもう少ーしだけ、浅く被っていただけると、そのご尊顔が拝めるのですが。




 魔女っ娘さんの目線の先を追うと、黒いマントに身を包む、禍々しい仮面を付けた人が立っている。


 後ろには趣味の悪そうな装飾の椅子と、うなりを上げる黒い猛獣。


 


 多分、魔王だろう。ってことはここは魔王城?


 え、いきなりクライマックス?




 俺はスッと立ち上がった。


 尻もち?なんですかそれ、やだなぁ、ハハハ風に、それはもうスッと立ち上がった。




 魔王さんが、いきなり炎を俺に向け噴射してきた。


 え、待って?会話とかしないタイプ?


 せめて何かしゃべらせて欲しかった。




 炎に包まれる俺。




 何も感じない……熱くない。


 まぁ夢だし。






 魔王さんがたじろいでいる。




 仮面をつけているのでわからないが多分引いている。


 俺がリアクションしなかったからドン引きしている。


 俺は関西人じゃない。

 俺は悪くない。




「勇者様!これを!救世くぜの霊木です!」


 魔女っ娘さんが俺に、粗末な棒切れを渡そうとしてくる。




「これで魔王を討伐してください!」


 やっぱり魔王だったんだ。




 しかし、急にそんなこと言われてもガチで無理なんですけど。


 この棒切れ持って、呪文でも唱えろと?


 俺のノリが悪いの?


 なにこの勇者パーリーピーポー。




 魔王さんが、これが私の全力ですという身構えで、スペシャルな大きさの炎を俺に撃ってくる。




「きゃあ!」


 魔女っ娘さんが吹っ飛ぶ。




 俺はまた、炎に包まれた……





 ……ぬくい。




 これはあれだ、地元のゲーセンに置いてある、でかいヒーターのあの感じだ。


 中三の冬、勉強もせず、よく入り浸ってたっけ。




 ヒーターは俺がハマってたメダルゲーのすぐ横に置いてあって、最初はありがたいがしばらく経つとじりじり背中を焼いてきてうっとうしかった。


 向きを変えようにも、いかついバイトのお兄さんの目が光っていて……




 あ……そうだ。




 千歌が俺の知らない男女グループといきなりゲーセンに現れたことがあった。


 俺はとっさにパーカーのフードをかぶって顔を隠した。


 ただでさえ暑いってのに。


 その日、家に帰ったら、勉強しろ!って、親父に初めてげんこつ喰らったっけ。




 ……魔王さんのせいで、嫌なこと思い出した。




 魔王さんはまだ炎を出し続けている。

 人の話を聞かないタイプ。

 大きなお世話かもしれないが、それで部下はついてくるのだろうか。



 しっかし、リアルな夢だ。

 俺は勇者として、……



 ……いや、俺の心に浮かぶ、一つの可能性。

 だがそれを、俺の中の常識や価値観が、あり得ないと否定する。

 作り話の中だけの話だと思っていたのに……

 


 可能性……それは、


 

 実は魔王の方が正義でしたって可能性……



 よし、こうしよう。


 俺は棒きれ、いや失礼、多分この世界ではありがたい、何とかの何かを握って念じた。


(魔王さんが悪い人なら、その悪い心を取り除いてあげてください)




 すると何を思ったか、ヒーター改め魔王さんが、急に巨大な光に包まれる。




 室内が隅々まで照らされ、悪趣味なお飾りがあらわになる。


 うわあ、いるいるこういう友達。何で男って、ドクロ好きなんだろ。




 急に大きな叫び声をあげる魔王さん。




 え、すいませんすいません。


 魔が差したんです。もうしません。






 光が収まると、そこに倒れ込んだ裸の女性の姿が現われた。


「まさか……女神……様!?」


 お姉さんが恐る恐る近づいていく。




 俺はと言えば、目の前に現れた、一糸まとわぬ女性の体に釘付けだ。


 残念なことに、うつぶせに倒れられていらっしゃる。


 その長く美しい、絹糸のような髪で、見たいところを見事に隠している。


 

 うーん、邪魔だなぁ……




 しかしまさか、女神様が魔王の正体だったとは!


 ってか誰!?マジで何!? 


 何で、誰も俺に状況を説明しようとしないの?


 あっ!?後ろにいた黒かった猛獣まで白くなっちゃってる。それは本当にごめん。


 

 お姉さんと魔女っ娘さんが、俺そっちのけで女神さんに話しかけている。


 きっと、「何でドクロなん?」とか聞かれている。




 部下からも見放され、リアクションもされず、身ぐるみまではがされ、お気にの黒いペットも白く塗られ、さらにそんな風に詰められたら......


 俺なら泣いてしまう。



 部屋とわいせつと私。


 

 待てよ……!?この展開!


 世界を救った勇者の俺は、これからこの三人と……






 ◇ ◇ ◇






「………………タスクっ!タスク!?」


 千歌の声が聞こえる。




 目を開けると、千歌の顔がすぐそこにあった。いい匂いがする。




「気が付いた!?ああ……よかった」




 よかった。


 歯を磨いておけばよかった。


 現実に戻ってきたようだ。夢か。




「ちょっともう!?怖いって!死んだふり?冗談やめてよ!」


「いや……俺、どのぐらい寝てた?」


「おばさんの声が聞こえてからだから……1分くらい?」




 1分?そんなもんか?




「え、もしかして本当に?……大丈夫?」


「ああ、全然。学校行こう?」


「え?うん……」




 地元の高校へは自転車で大体20分。


 いつも千歌と通学させていただいている。




 千歌の学力ならもっといい高校に行けたはずだ。




 千歌は勉強を教えるのも上手い。


 昨晩も宿題を心配して、電話をかけてきてくれた。



 なぜ自分と同じ高校に千歌が通うのか、思い当たる節ならある。



 そう、自転車で通える公立高校はコスパ最強。


 千歌ん家の経済事情までは知らない……センシティブでコンプラだ。




 こうして千歌と通学できるのも、


 政治家さんたちが高校授業料無償化の議論を慎重に進めてくれているおかげだ。




「具合悪くなったらすぐ先生に言いなよ!?」


「ああ!」




 この、自転車をこぎながら、千歌と他愛のない話をしている朝のひと時が、俺の人生の癒し。


 さっきの夢の話を……と思ったが、女子高生に話せる要素は一つも無かったことにすぐ気付けた。




「あの……電話の、聞こえてた……?」


「え!?うん!」


 たまに何を言っているのか聞き取れない時はあるけれど、そういう時は勘で相槌を打つ。




 ずーっとこのままがいいのに、自転車は無情に進んでいく。




 本当は帰りも一緒に帰りたい。けれど、行きと帰りではハードルの高さが全く違う。





 千歌は小さい頃からとにかくモテた。




 中学生の時、通学路からちょっと外れた道でバスケ部の先輩と下校する千歌をたまたま目撃したことがある。


 俺はその時、この世に神がいないことを悟った。




 学校に着いてしまった。




「じゃあね。気を付けなよ」




 千歌とはクラスが別。古い校舎に予鈴が響く。




 これでいつもの、本当にどこにでもいる男子高校生の日常に戻った。








 でも俺はまたすぐに、「変な夢」を見ることになったんだ……

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2026年1月16日 18:00
2026年1月17日 18:00

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