ホットカーペットニャン(=^・^=)
@ramia294
乙女予想
空の階段を木枯らしが駆け下りる季節。
でも、厳しい季節のお日さまの光は、優しくて。
でも、でも、風は、やっぱり冷たくて。
でもの多い季節?
それともそんなお年頃?
野沢菜々子28歳。
その日もひとり、私は職場から自宅へ帰りました。
私の部屋は、職場のある都市部から、ふた駅。
ここまで来ると、部屋代は安いです。
駅前には、小さなスーパーマーケットやドラッグストア、コンビニがひとつ。
生活には困りません。
部屋代が安いので、床暖房などという、おシャレなものは存在しない部屋。
乙女の天敵、乾いた冬の空気さん。
ニヒルでドライな空気さんが、私のお肌の潤いを奪っていきます。
ダメージでヨレヨレのお肌を更にカラカラに変えるエアコンの風が、独り身の心と身体に吹き付け、より私の心とお肌が、カサカサ、カラカラに、乾いて行きます。
冬のエアコンさん。
厳しいエアコンさん。
お肌の潤いと冬のエアコンの脅威に対抗するために、ホットカーペットを購入しました。
もちろん、加湿器も。
私のホッペ、喜ぶかしら?
安い部屋代の建物は、断熱材を忘れました?と、訊ねたくなるほど外気と仲良しです。
でも、今年の冬は、ホットカーペット。
きっと心と身体がヌクヌク、お肌ウルウルと過ごせるはず。
きっと、今年の冬は、あったかい。
『この冬は、ホットカーペットの温もりで、溶けるほどの幸せ』
私の乙女予想です。
当たるかしら?
週末のお休みから本格的にホットカーペット生活が始まりました。
快適、ヌクヌク。
ホットカーペットを使ってみて驚きました。
いや、困っちやった。
ホットカーペットから離れられなくなりました。
こんな快適な場所は、生まれて初めての体験。
ホカホカ、ヌクヌクで、私の快適メーターは、上がりっぱなし。
ホットカーペットの上で、カップ麺を食べ、
ホットカーペットの上で、テレビを観て、
ホットカーペットの上で、スマホを使う。
私ってオッサン?
それとも乙女?
気付けば、ベッドへ行くのも億劫になり、ホットカーペットが夜の寝床になりました。
それにしても、ヌクヌク、ホカホカ。
たしかに、
このまま溶けちゃいそうです。
で、溶けちゃいました。
えっ!
溶けちゃいました?
私、本当に溶けちゃった。
きっとカーペットには、私の溶けた乙女色の染みが付いています。
♫乙女色って、どんな色?
♫美味しい顔って、どんな顔?
まっ!私からは、見えないけどね。
私は、自分に訊ねる。
『このまま私は、カーペットの染みのままで良いの?』
ダメ、ダメ。
良いわけない。
このままでは、いつの間にか行方不明になった私のため、大家さんに迷惑がかかります。
そして、きっとこの部屋を片付ける時、この私の染み付きホットカーペットも捨てられる。
私の最後は、ゴミ処理場で焼却処分。
これは、火葬になるのかしら?
♫私のお部屋の前で泣かないで下さい。
そこに私はいません、孤独死なんてしません。
ゴミの処分場、
煙になって、
この大きな空を駆け回っています♫
チョッピリ歌詞が違うわね。
いやいや、そんなの嫌だ。
私はまだ、二十代のうら若き乙女。
もうすぐ三十路だけど。
そんな若さで煙になるのは嫌。
私は、この世界へ復活するため、
ホットカーペットから、脱出するため、
酷い便秘の時より、力を込めて気張った。
『ポコン!』
脱出成功、半分だけ。
ホットカーペットから脱出した私は、なんとネコに姿を変えていました。
あれ?
私、人間の姿をカーペットの中へ忘れました。
忘れ物係さ〜ん!
再びホットカーペットの中へ、
出て来た時は、人間の姿を取り戻した私。
その後、解ったのですが、カーペットから脱出するのに、酷い便秘の時の様に気張る必要なく、私はホットカーペットとこの世界を自由に行き来する不思議な力を持っている事がわかりました。
私は、この力をニャン
ニャン力その1 どんなに距離が離れていても、ホットカーペットからホットカーペットへ自由に瞬間移動する事が出来ます。
ニャン力その2 ニャン力を使用中は、白くてフワフワの美しい毛並み、オッドアイの魅力的なネコになります。
ニャン力その3 ニャン力使用中も心は人間のまま、でもネコなのでニャ~としかお喋り出来ません。
ニャン力その4 移動先では、ネコの姿で何時間でも活動可能です。
ニャン力その5 移動先からの帰りなど、ネコの姿の時は、どのホットカーペットにも侵入出来ます。
ニャン力その6 人間の姿から最初に侵入したホットカーペットから出るまで、人間の姿に戻れません。
と、だいたい調べた結果は、こんな力でした。
冬限定の不思議な力に目覚めた私。
この力をどう使いましょう。
私は、乙女。
恋を夢見る……
もうすぐ三十路。
今年こそ、初めての恋をゲットしましょう。
そのために、ニャン力を使うと高潔?な決意に燃える私。
と、ここまで調べた時点で、日曜日の夜が来ました。
明日からお仕事。
寝不足だってお肌の天敵。
今夜は、早く寝ちゃいましょう。
翌朝、
今週もお仕事が、始まりました。
職場での私。
職場の華の時代は通り過ぎ、
御局さままで、あと少し。
現在、私は新人の教育係。
お教えするのは、今年の新人、森野くん。
とってもイケメンで、若い女の子から羨ましがられる最近の私。
でもね。
たしかにイケメンではあるのだけど。
性格も良いのだけど。
森野くん、真面目で、優しく、素直で、繊細。
いいえ、正確ではないわね。
森野くん、真面目過ぎ、優し過ぎ、素直過ぎ、繊細過ぎ。
この過ぎる部分は、お仕事ではマイナスね。
多少のことは仕方ないとして、お仕事は、前に進めなきゃいけないのよと言うと、森野くんの目は、雪降る冬の空の色に染まる。
「菜子、新人の森野の教育は進んでいるか?彼は2課の次期エースだからな。しっかり頼むぞ」
突然声をかけてきたこいつは、同期でこの2課の課長をしている一之宮。
性格は、いい加減で、ガサツなおバカさん。
寿退社に憧れる私。
その年には、寿退社の予定だった。
ただ、相手はまだいなかった。
それでも、予定は、予定。
上司の昇進の打診を断った。
代わりに、一之宮が出世した。
でもそれから現在に至るまで、相手が見つからない私は、未だ寿退社が叶わず。
相手を見つけてから、昇進を断った方が良かったかしら?
「菜子センパイって、一之宮課長と付き合ってるって本当ですか?」
「嘘よ。間違ってもあんなガサツな奴とは、付き合わないわ。それにしても、森野くんにしては、大胆な質問ね。お仕事もその調子でね」
顔を真っ赤に染めた森野くん。
可愛いんだけどね。
まだ、子どもね。
それとも……
私がオバサンになったのかしら?
森野くん、真面目過ぎ、優し過ぎ、素直過ぎ、繊細過ぎ。
そのままの森野くんで、お仕事に真正面からぶつかって、経験を積み上げてゆっくりと教育係の私から離れて独り立ちして行きました。
そして、季節は巡り……
再び、私が、ホットカーペットニャンに変身する季節。
吹き始めた木枯らしが、近付く事に躊躇する華やかな飲み屋さん街の小さな一角。
小さなお店の二階の宴会場。
今夜は、私たち2課が手掛けた大きなプロジェクト成功の慰労会を兼ねた忘年会。
プロジェクトでは、なんとあの森野くんが、大活躍。
その人間性をお客様に気に入られ、客先と会社を忙しく行ったり来たり。
課の皆さんに、心強い大きな戦力と認められました。
私の前の席で真っ赤な顔をしている森野くん。
まだ乾杯のビールを1杯だけしか飲んでないわよ。
お酒には弱い森野くん。
いつもよりもお喋りな森野くん。
「あまり役には立たませんでしたが、僕も慰労会に同席させていただけて、凄く嬉しいです。菜子センパイのおかげです」
「何言ってるの?今回のプロジェクトの成功はきっと森野くんの活躍があったからよ。もうあなたも教育係の私から離れて1人前ね」
すると、森野くん顔は、雪降る冬の空の色。
突然、トイレへ猛ダッシュ!
もう、気分が悪くなったの?
まだ1杯だけど……。
「よう、森野は大活躍だったな。教育係が良かったな、ご苦労さん」
課長の一之宮。
あまり見たくない顔から、あまり聞き慣れない意外な言葉。
そのまま、森野くんの席に、私の前に座る。
「森野くんの実力よ、私は関係ない。それに、そこは森野くんの席」
「相変わらずだな。その分なら、何故、森野があんなに頑張っていたのか解っていないだろう」
今夜の一之宮課長は、謎のお言葉を連発。
「お前がいなくなれば、正直うちの課にとっては大打撃だが、これまで以上に森野に頑張って貰うか」
今夜の一之宮課長は、謎のお言葉を連発。
「あんた、もう酔っているの?何言っているか解らないわよ」
一之宮は、お酒強いはずだったのに。
そこへ、タイミング良く、森野くんが帰って来ました。
「よう、森野。楽しんでいるか?今回のプロジェクトの成功は、お前の力無しにはなかったからな。この店の酒を全部飲んでも払ってやるぞ」
「かひょ〜う、こんな僕にありがとうござります。全部菜子センパイのおかげれす」
森野くん、呂律が回っていない。
「そんな事ない、お前の実力だ。菜子もそう思うだろう」
一之宮、酔っぱらい同士の話をこっちに振るな。
「そうね。仕事だからね。結果が全て。今回のプロジェクト成功は、一之宮が言う通り森野くんの活躍が無ければなかった。あなたの力よ」
「せ、せ、センパイ」
あらら。
森野くん泣き出しちゃいました。
森野くん、泣き上戸だったの?
「そうだ、森野はもう1人前だ。これから、菜子の事は野沢さんと呼べ」
そうね、学生じゃないんだから、いつまでもセンパイじゃね。
更に、一之宮は、森野の耳に何か囁やく。
すると、森野くんの顔が雪降る冬の空の色から、夏の夕焼け茜色に変わり、そのまま倒れた。
私は、慌てて、森野くんに駆け寄る。
「森野くん、森野くん。ちょっと、あんた森野くんに何言ったのよ」
「いや、俺は何も。ただの冗談だったのに」
何故か、一之宮は突然笑い出した。
「こりゃあ、駄目だね。森野に勝てる奴なんていないだろうな」
今夜の一之宮課長は、謎のお言葉を連発。
「すぐに、タクシーを呼ぶから、送っていけ」
それからタクシーが来るまでの女子社員の痛い視線は、一生忘れられない記憶になった。
自宅まで送り届け、部屋に帰り、重要な事に気付きました。
『私もまだ、ビール1杯しか飲んでいなかった』
飲み直しね。
冷蔵庫から缶ビールを持って、いつものホットカーペットに座り、開けようとして思い直す。
『森野くん、大丈夫かしら』
まさか、ビール1杯であんな事になるとは。
お酒の飲み方も教えておくべきだった。
女子社員の視線を気にし過ぎた私のミスね。
『様子を見に行くか。たしか床暖房が付いていると言っていたから大丈夫でしょう』
ビールを小さなテーブルに乗せ、そのまま私はホットカーペットの中へ溶けて行った。
床暖房でも、ホットカーペットニャンの力は、問題無く行使出来た。
温かい床からスルリと抜け出せたネコの姿の私は、すぐにベッドで小さな寝息をたてている森野くんを見つけた。
『大丈夫そうね』
サイドテーブルには、水と二日酔いに効くと云われるウコン入りの小さな瓶が置いてある。
『きっと、お母さんが用意してくれたのね。あんなに良いお母さんなら、森野くんが良い人なのも解るわ』
森野くんを送り届けた時のお母さんの対応を思い出し少し過保護かしらと思いつつも、ひとり暮らしに飽きちゃった私は羨ましい。
コンコン、カチャリ
ドアが開いて、お母さんが入って来た。
慌てたが、隠れる暇が無かった。
こんな時は、
「ニャ~ン」
逆に、鳴き、甘える。
伊達に長い社会人生活を過ごしているわけではありません。
どんな時にも臨機応変に対処出来る、私。
仕事の出来る、私。
独り身の本当はさみしい、私。
「まぁ、可愛いネコちゃん」
お母さんに抱き上げられた。
「奏ちゃんが拾って来たのね」
こう言っちゃ何だけど、あなたの息子さんは、酔っぱらっていましたよね。
ネコを連れて帰れる状態では無かった様に思えますが。
私に支えられた、息子さんを迎えに出て来てくれたのは、あなたですよね。
その時、こんな白いネコがいました?
そんなふうに考えていても、ネコの私の口から出た言葉は、
「ニャ~」
そして、お母さんにスリスリする。
きっと、ネコって平和の星から隕石にでも乗って地球にやって来たのね。
人間がみんなネコに変われば、地球は宇宙の平和選手権優勝候補ね。
お母さんは、愛おしそうに私を撫でている。
どうやら、森野家はのんびりした家系らしい。
その時、森野くん、この家では奏ちゃんね。
奏ちゃんが起きた。
「ウ〜ン。あれれ……僕はどうして自分の部屋で寝ているの?」
お母さんは、ウコン入りドリンクの小瓶を息子に手渡し、
「まず、これを飲む。二日酔いの対処はお母さんに任せておきなさい」
どうやら、お母さんは二日酔いのベテランらしいわね。
ウコン入りドリンクの小瓶をグイッと飲むと、
「たしか、会社の忘年会兼慰労会で、僕は酔っぱらって」
「記憶が無いのね。二日酔いとはそういう物です」
お母さん、言い切りました。
二日酔いの大家決定です。
「奏ちゃん、送って貰ったあの人に、お礼を言っておくのよ」
「えっ!誰が、僕を送ってくれたの?」
「名前は知らないけど、綺麗な女性だったわ」
お母さん、もしかして目が、お悪いのですが?
「菜子センパイだ」
森野くんも目の検査した方が良いわね。
「あの人がそうなの。あんなに綺麗な女性なら、奏ちゃんが好きになるのも解るわ」
お母さん、美的センスは大丈夫ですか?
ネコの私は、抱かれながらお母さんをまじまじ見てしまった。
「えっ!そんな事……」
「解るわよ。何年、奏ちゃんのお母さんをしていると思っているの。気持ちの良さそうな人ね。お母さん、あの人なら賛成だわ」
「……」
え!森野くん何も言わないの?
否定しないと、お母さん勘違いするわよ。
「その仔猫はどうしたの?」
「奏ちゃんが、拾って来たのよね。綺麗な毛並みよね。飼うのなら名前をつけてあげてよ」
お母さんは、ベッドに私を乗せると部屋を出て行った。
「う〜ん、覚えが無いな。僕は君を何処で拾ったんだ?こんなに記憶が飛ぶなんて、お酒って怖いね」
そちらの記憶は無くて良いのよ。
だって、拾ってないもの。
「それにしても、君は可愛い仔猫だね。名前ね、そうだね……」
しばらく考えていた森野くんの顔が、夏の夕焼け茜色に変わると、
「菜々子!」
そして、ネコの私を抱きしめた。
初めて知った、森野くんの意外な近強さ。
すぐに力を抜き、両手で抱き上げたまま、腕を伸ばして私に話しかけた。
「ごめんね、痛かった?菜々子は、駄目だね。絶対。センパイの名前だからね。一之宮課長は、センパイをヨメさんにした時のために、そろそろ菜々子って呼ぶ練習をしておけなんて言っていたけど。想像しただけで、倒れちゃった」
あのヤロー、そんな事言ってたのか。
森野くんの力が不意に抜け、私をベッドの上に落とす。
振り向くと、ベッドの上に倒れた森野くん。
心配になって覗き込むと、寝返りをうった。
何だ、寝ているだけか?
近付いて観察すると、寝顔も整った森野くんの顔が間近に。
「今回は、お疲れ様。ゆっくり休んでね」
私は、森野くんの唇に、そっと鼻をつけた。
自分の部屋のホットカーペットに戻って来た時、私の心臓はドキドキしていた。
きっと鏡を見れば、人間の姿の私の顔は、夏の夕焼け茜色に違いない。
『あれは、キスだったの?私のファーストキスはネコのキス?』
いや、いや、でも鼻だし、ネコだし。
でも、ネコ同士のキスって、顔の形から考えると、鼻と鼻よね。
その夜は、ひと晩中、毛布を頭からかぶって、頭の中で同じ思考がクルクル回った。
週が改まって、月曜日。
出社すると、
「菜子センパイ。金曜日の夜は送っていただき、ありがとうございました。迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「良いのよ、そんな事。それより、あなたはもう1人前なんだから、私の事は野沢で良いわよ」
「はい、の、の、の、野沢ひゃん」
駄目だ、こりゃー!
でも私だって、本当はドキドキしていた。
彼の、森野くんの顔が近付くと、あの夜の事を思い出してしまう。
あなたに、あげた私のファーストキス。
ネコだけど。
「センパ〜イ」
お昼休みに声をかけて来たのは、美香ちゃん。
美香ちゃんは、森野くんの一年センパイ。
やはり、私が教育係をしたとっても女子力の強い女の子。
私とは、正反対なので、何故か気があって、今もとっても仲良し。
フワフワの髪をが揺れるたびに、男性社員の視線を釘付けにして、天使の笑顔で男性社員の心を撃ち抜く我が社のアイドル。
「センパイ、またまた、オシャレなカフェを発見しました。お昼ご飯ご一緒しましょう」
「あら?良いわね」
美香ちゃんと入ったお店は、とってもオシャレ。
「これって、普通にクロワッサンサンドよね。何故こんなに美味しいの?」
「パンは、もちろん自家製。野菜だってご自分の畑で採れたものらしいです」
「それでこんなに味が違うの?今まで美味しいと思っていたのは、何だったんだろう」
すると、美香ちゃんが突然顔を私に近づけ、
「そんな事より、森野くんを送って行った夜、あれからどうだったんですか?」
「どうって?何も無いわよ」
美香ちゃんは、露骨に疑いの眼差しを私に向けると、
「だって、森野くんがセンパイに、ラブラブなのは、誰が見ても明らかでしょ」
あれれ……?
社内でもみんなそう思っていたんだ。
お母さんの言う事も間違っていないのかも。
でもね。
「でもね美香ちゃん。彼、タクシーでずっと寝ていたのよ。何もあるわけ無いのよ」
美香ちゃんは、あきれ顔で、
「いかにも森野くんらしいね。せっかくセンパイとふたりきりになれたのにね」
「彼のお家で、お母さんが出て来て、バトンタッチ。それでそのまま帰ったわ。あっ、お母さんは、優しそうな人だったわ」
「ふ〜ん」
美香ちゃんの視線が、ジトッと湿っているよう感じるのは、気のせいかしら?
「ところで、センパイ」
美香ちゃんが、急に話題を変えました。
「センパイたちが帰った後、一之宮課長がみんなを連れて、カラオケに行ったの知っています」
「珍しい。真っ先に帰る奴なのに」
「全員に、一之宮課長からの奢りでした」
「えー、ウソみたい。あのケチの一之宮が?」
美香ちゃんの視線の湿度が上がったような。
「センパイ、本当に気付いて無いの?」
「えっ、何?」
「きっと、一之宮課長は失恋したんだと思います。やけになって、歌えもしないのに、あんなところへ行ったんですよ」
一之宮に、恋愛は全く似合わない。
まぁ、私が言うのも何だけどね。
「きっと、一之宮課長は、ずっと菜子センパイの事が好きだったんだと思います」
「ぇ……えー!」
「だから、菜子センパイの方が本当は出世していたのに、断ったから自分が、出世した。課長だって男の子ですから、プライドが傷ついて意地も張りますよ。だから、センパイにだけあんな冷たい態度をとって」
「そうなの?全然知らなかった」
「そこへセンパイにラブラブの森野くんでしょ。あんな真面目で、優しく、素直で、繊細のイケメンに自分が勝てるわけ無いって、課長は勝手に考えたんだと思います」
「相変わらずあいつはバカね。恋に落ちるって勝ち負けじゃないでしょう」
美香ちゃん目をパチクリ。
何故か、美香ちゃんの頭の上にビックリマークが飛んでいるような……。
「センパイ、恋しているんですか?センパイからそんな言葉を聞くなんて思いませんでした」
「私が恋している?世界がひっくり返ったの?」
誰と?
誰だろう。
「私、一之宮課長を見直しました。好きになったかも」
大丈夫か?
我が社のアイドル。
「またまた、冗談を」
「本気です。私、センパイのライバルになるのかな?」
『ウフフ……』
今、美香ちゃんが、笑ったような気がしたけど。
「とにかく、私は一之宮の事なんか、何とも思っていない。美香ちゃんもあんなのは、やめたほうが良い」
『ウフフ……』
美香ちゃん。
またまた、笑った?
その夜、再びホットカーペットに溶けて行った私。
一之宮の部屋へ、移動した。
一之宮の部屋に、ホットカーペットがあるのは、知っていた。
まだ組合員だった頃、懸賞当選した事を散々自慢された。
もしかして、あれも私と話したかったから?
ホットカーペットから白いネコの姿で私は、いかにも一之宮らしい散らかった部屋に出た。
部屋がひとつと台所ユニットバスだけの狭い部屋。
私が住む部屋と広さは変わらないが、職場に近く都会である分だけ、家賃は高いだろう。
この匂い。
一之宮は、台所でインスタントラーメンでも作っているのだろう。
鍋ごと、小さな座卓に出来上がったラーメンを置くと、食べ始めた。
半分ほど食べ進めた頃だろうか、ようやく私の存在に気が付く。
「ビックリ!ネコちゃんがいる。何処から来たの?迷っちゃったのかな?このアパートはペット禁止だからな、困ったな」
私は、一之宮をじっと見続けた。
「そんなに見つめられても、キャットフードなんてないぞ。かつお節も煮干しも家には無いしな」
ひとり暮らしも長いくせに、自炊くらいしろ。
「パンなら食えるか?たしか食パンが残っていたな」
台所へパンを探しに行った。
職場でのこいつとは正反対だ。
優しい、一之宮。
「あった、あった。あれお腹空いていないのかい」
パンには見向きもしないで、一之宮を見続けると、
「そんな目で見るなよ。まるであいつみたいだぞ。お前も綺麗な姿をしているものな。きっと自分でもこんな安アパートで暮らすネコじゃないって解っているんだろ。確かにあいつの方が俺より優秀だよ。あいつを入社式で初めて見た時、あの時だな、俺は初めて恋に落ちた。ただ、あいつの方が優秀でな。それだけだったら良かったかも知れない。しかし、あいつが昇進を蹴ったおかげで俺に管理職の地位が転がり込んだんだ。それゃコンプレックスも持つさ。あの目で見られるとね。お前は本当は駄目な奴と言われている気分になるんだよな。お前ネコのくせに、あいつの目に似ているな」
インスタントラーメンをすすり終えた一之宮が鍋を台所へ戻している間に、私はホットカーペットの中へ溶けた。
部屋に戻って、人の姿に変わり考えてみた。
「モテ期か?」
初めて、ふたりの男性に好意を持って貰えたようだ。
私の
右手には、森野くんの恋心が
左手には、一之宮の恋心が
人生に恋はひとつだけで良い。
私はどちらの手を握れば良いのか……。
時の流れは、相変わらず止まらない。
そして、季節は巡り……
再びホットカーペットニャンの季節が巡って来た。
あの時、美香ちゃんが見つけたオシャレなカフェの常連になった私は、今、一之宮と向かい合せに座っている。
「あんたも男なら、もういい加減決断するべきだろ。結婚するか別れるかこの場で選べ」
「いや、しかしなこれがなかなか……な」
「何が、なかなかなんだか。知ってるだろ。モテモテの可愛い娘が、くたびれたオッサンのお前を選んでくれたんだ。その気持ちに応えなければ男失格だぞ」
「実は……」
一之宮が、モゾモゾとポケットから取り出したのは、指輪のケースだった。
「用意だけは、少し前から出来ているんだが、フラれるのが怖くて、渡せないんだ」
相変わらずあきれたバカだな。
私は、カウンターの方へ振り向き、
「ということらしい」
泣きそうな顔をして美香ちゃんが、カウンターの下から、立ち上がり私たちの席に現れた。
マスターに頼み込んで、隠れていたのだ。
そんなに大きな店じゃないので私たちの声は美香ちゃんに丸聞こえ。
私は、席を立ち、美香ちゃんにその場所を譲った。
ふたりの顔は、季節に似合わず。
夏の夕焼け茜色。
外では、私の恋人が待っていた。
「上手くいきましたか?」
「何とかね。全く、世話のかかるふたりだ」
「それは、良かった。これで、菜子センパイの心配もひとつ減りましたね」
「そんな事はない。あのふたりは、これからの方が心配さ。それから、センパイはやめてくれ。菜々子で良い」
私は、森野くんの手を握る。
「寒いからね」
夢に見た、
恋人に甘える冬。
あの時の乙女予想は、
『この冬は、優しい恋人の手の中で、溶けるほどの幸せ』
と、変更されました。
終わり
ホットカーペットニャン(=^・^=) @ramia294
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