狂美

滿時

太陽

         知ル

 私は常に敬虔である事を心掛けてゐた。惡しき物に負けさうになるときもあったが、どんな時でも私の理想は唯1つ。美しく死ぬ事のみであった。寧ろ、それこそが美しさである。然し、私が町で成人の淸め式を行った後に父から吿げられたのだ。父は敎典に背いた方法で大金を稼ぐ者であった。だから町內でも裕福な暮らしを出來てゐた、私は無實の民の苦しみが具現化した樣な金で育ち笑ってきた。そんな私の日記の一部を最期に記ス。


         憎イ

 美しさとはかうも憎たらしいのか!見せつけるだけ見せ附けて決して私を立ち入れないし、私を歡迎することなく後一步の所まで近附いてきて、何も與へない。美しさとはなんと憎いか。然し忘れられない。


         嫌惡

 きっと私が美しさについて何か考へて、此の言葉を拙くも定義附けしようと試みてゐるその時點で私はもう美しさに叶はない。私がとるあらゆる行動も、嫌惡も純粹ではなくなってしまった。私は旣に美しく死ねないのだ。何か良いものを書かうとした時點でそれは良くないし、何か美しいものを描かうと筆を握られたそれは美しくないのだ。


        見ツメル

 何と云ふことか。私の、私の誠實も全て紛ひ者であったと云ふことか。なんと殘酷な、なんて醜い自分か、見たくもないし考へたくもないが、さうすると餘計氣になり、餘計辛い。この中でどう振る舞へと云ふのか!何なら許されるのだ。酷く鬱蒼とした氣分だが、然し未だ私は美しいものが見たくてしかないし、美しさは常に私の前にその姿の一邊をチラチラと見せて嘲笑ってくる。なんと壕の深い美しさよ。


         渴望

 まるで貞操の輕い嫗が處女に感じるジェラシーの樣なものを私は純粹さへ感じた。つまり女性とはその樣な氣持ちを最も表層的な性的な處に宿すが、男はより深層の暗い所にそれを持ったまゝ、見まいとして生きていくのだらう。きっと死ぬその刹那に至っても男はそれを見たくないし、私も其れに出會へば酷く無力な絕望と打ち拉がれた女々しさの中に淚するのだ。


         吐キ氣

 一食、又一食と食べる內に得體の知れない氣持ち惡さが私の奧底から沸き上がってきた。私はその血に塗れた惡さを吐き出してしまひたかったが、體は嬉々として素早く消化してしまった。


         斷食

 何も感じなくなった。あの綺麗な景色も、あの聲高らかに淸く囀る小鳥たちも、美しいと思へども結局私が啜ってきたのは血なのだから。


         憤怒

 道德とは無關心で、何も救ってくれはしないばかりか、美しいものを否定する。道德はその領域に私を決して入れまいとしながら私を歡迎したいのに出來ないと、困り顏を演じてゐるのだ。


         美死


 私は夜中に家を飛び出し、聖域を目標にした。極寒の中、薄着で山道を步き始めた。遠く離れた社を目指して。途中でたまらず、私は指を喉に入れて嘔吐を繰り返し、その日の夕飯を殘らず出してしまった。次第に體の震へが止まなくなり、顎が痛くなってきた。神に謝り續けた。そして無實の民たちに。我慢できずに、服を割き絲狀にし、何本も編み込みて頑丈な一本の絲を作った。それを、震へる手を制しながら齒に掛け、他方を私の口元より少し高い位置にある、健康さうな枝に結んだ。其處はちょっとした起伏があるので、下に向かって飛び降りた。痛かったが、滿足だ。私が醜いのなら、世界からまた1つ醜い物が減った。世界はより美しくなった。私は血を垂らしながら步みを再開した。もう步んではゐなかった。四つ足を附き這ひ蹲ふ樣に進んだ。私はそれが許せなくて、何度も腕を折らうとしたが、黑紫色に染まった私の體ではそんな力は殘ってゐなかった。度々雪を口に詰め込んで進んだ。刹那、私は日の出を見たのだ。何と神々しい事か。私は燒かれるやうな思ひで堪らず服を脫ぎ捨てた。黑紫の肌が照らされ、少しは美しいと思へた。


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狂美 滿時 @Toki_Shimo

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