方程式は冷たいだろうか?

吉高 都司 (ヨシダカ ツツジ)

第1話

「マスター、次はあなたの手番です。」

 マニピュレータから駒を放し、彼は言った。

「これで、お前とは10255戦5128勝5127敗だな。」

「いえ、マスター、私が10255戦5129勝5126敗です。」

「は、何言ってんだ、俺が勝ち越してるだろうが。」

「いえ、マスター、お言葉ですが、出港してから155周期年目と253日現在、間違いありません。マスターの手には一定の癖がありますそれは・・・。」

「全く、お前さんは面白くねえな。手を抜くってこと知らねえのか。」

 話を遮った。

「いえ、マスター、勝負というものは、真剣にやってこそ面白いと思うのですが。そもそも、手を抜いたりして果たして、面白いものでしょうか。」

「分かった、分かった。お前さんの言うとおりだ。お前さんは強いよ。」

 手をヒラヒラさせながら、無機質なレンズに向かって言った。

「では、マスター次の勝負されますか。」

「いや、今日はもうやめとく、見回りと修理の時間だ。」

 折りたたみのバックギャモンの盤を、畳みつつ言った。

「残念です、マスター、次の勝負楽しみにしています。」

 小さく溜息をつきつつ、折り畳んだ盤の中にダイスや手駒、ダイスカップをなおしながら。

「人工知能の癖に面白いとか、楽しみとか分ってるのか?」

 ひとり言に近い、誰に言うともなく思わず言葉が漏れた。

「それは、マスター認識が浅いです。我々GZKジーク5000型は人を越えた人、と言わしめた、最高傑作、かの有名な惑星探査機パイオンに搭載、また、惑星移民船オーロラ500番台以降、それに・・・・」

「分かった、わかったお前さんがユーシューなのはわかってるって、人のひとり言に一々反応するなよ、空気読めよ。」

 作業服に着替え、防護シールドを被り、エアロックに向かいもう一度小さく溜息をついた。

「マスター、怒ってますか?」

 声色のトーンが少し低く、すまなさそうに言った。

「それだけ、すまなさそうに声色が出せるなら十分、お前さんは人間に近いよ。」

 船外に出た。

 漆黒の闇が辺りを包んでいる、外宇宙を航行しているからだ、銀河を離れ、次の銀河に辿り着くまでこの空間は続く。

 遥か彼方の大昔。

 人が地球の中でしか生活圏が無かったころ、遥か海原を、荒波を掻き分け、絶海の孤島に絶望しながら、新大陸を求めた。

 そんな大昔の人々の心情が何となく分かるような。

 そんな、孤独と、恐怖、そして希望。

 それぞれ相反した気持ちが、遠近感が無い船外活動の作業をスピードアップさせた。

 アンテナと、ビーコン発信装置の故障個所の修理を済ませ、船内に帰って来た。

「おかえりなさい、マスターお疲れさまでした。」

 先程の言い合いにも満たない会話を忘れたかのように、いつもの声のトーンに戻っていた。

「あと、どれくらいで、次のコールドスリープに入る?」

 光速航行、ワープ航法が開発され、飛躍的に行動範囲が広がったが、それでもコールドスリープを併用しなければ、人の寿命のそれを解決できない。

「そうですね、お待ちくださいマスター・・・・。」

 暫く経っても返事が返ってこない。しびれを切らし、返事を促す言葉を発しようとしたその時。

「マスター、少し問題が発生したようです。いま、船内の回路を走らせているところです。」

「おいおい、ここにきて問題発生なんて、よしてくれ。」

 思わず口に出た。

「マスター、重大事案です、コードレッドです。」

「コードレッド、って。」

「そうです、マスター。何かが船内に侵入した模様です。」

「エイリアン?それとも海賊か何かか?」

「分かりません、マスター。その両方かも、あ、今移動し始めました。」

 船内に火器を使うと、酸素を充満している船内では致命的となる。ここでは原始的だが、槍や剣が主な武器となる。

 昔のSFと呼ばれる映画では、銃火器で派手に船内でドンパチしているが、そんなことすればあっという間に延焼して、大爆発。

 それでなくても、煙や何かで空気汚染してしまいドンパチどころではない。

 窒息してしまう。

 そんなことを思い苦笑しつつ。

 取り敢えず、腰に剣と手には素鎗を携え、GZKジーク5000の指示した区画に向かった。

 灯りを船内全灯させた。

 明るくなった船内、指示通りの箇所に差し掛かった時。

 物陰に人。

 そう、人がうずくまっていた。

 髪の長い、人。

 外観上は人だ。

 こちらの気配に気づいたのか、それは顔を上げた。

 それは我々ヒューマンの基準で言えば、女性型。

 しかも少女。

 なぜここに。

 その思考が、全く追いついてこなかった。

 幻でも見ているのか、長い航海で幻視、幻でも見ているのか。

 いや、GZKジーク5000の指示で来たのだ、人工知能が俺と同じ幻を見たとでも?

 思わず苦笑した。

 取り敢えず、彼女をコクピットまで連れていく事にした。

「マスター、彼女は我々と同じヒューマン型ですね。」

 いともあっさり、彼女の正体が分かった。

 エイリアンであれば、ここから、彼女を船外にたたき出さなければならない所だった。

「どうやって、この船内に。」

「マスター、どうやら、マスターがお眠りになっている時に、アンテナの接合部から入ってこられた様子です。過去ログを見てみますと、何者かがこの艦に取り付いた後、この船内にねじ込んで、元通りにしたようです。」

「ねじ込んだ?」

「その様です、マスター。過去ログを検索してみますと、ある銀河系を通り過ぎる時、その近辺の星間戦争があったようで、そのいずれかの星の王族か何かなのでしょう亡命目的でこの船にスリープ装置ごとねじ込んだと思われます。」

「しかし、どこの星の王女様なんだ。」

 不安そうに、その王女はこっちを見ている。

「マスター、コードレッドはこの事ではありません。」

「何。」

「マスター、この船の積載生命体の許容範囲を超えている事です。」

「それは、一体。」

「はい、マスター。ある程度、余分にエネルギーその他のものは積んでいますが、装置ごとねじ込まれてかなりの時間が経過しています、そのため今はギリギリの燃料で運航しています。」

「どうすればいい?」

「はい、マスター今すぐ、余剰物を降ろす事です。」


 絶句した。


「マスター、あまり時間がありません、こうしている内にも目的地にたどり着くだけの、燃料は無くなっていきます。」

 聞いたことがある。

 太古大昔の航海時代には、密航者があれば問答無用で、船から大海原にたたき出されてしまうと。

 もう一度、少女の方を見た。

 我々の言語が分からないのだろう、小首をかしげたままじっと見ている。

「マスター。」

「分かっている、どんな手があるか、どうすればいいか考えている最中だ。」

 思わず声のトーンが上がった。

「怒っていますか、マスター?」

「いや、怒っていない」

「なぜ怒るのですか、マスター、簡単な事です、余剰を捨てる事です。早急に、断りもなく侵入してきたものを排除する。合理的です。」

 思わず、血が上って怒鳴った。

「そこが、空気読めねえってんだ。」

 暫く、GZKジーク5000は押し黙った。

 沈黙の後。

「マスター、いま解決手段を解析しました。問題ありません。彼女さんと共に安らかに御眠コールドスリープについてください。」

「おい、大丈夫なのか?」

「大丈夫ですマスター、私も空気を読めるようになりましたから。さあ、こうしてる内にもエネルギーを消耗します、全船内節約スリープモードにしなくては。」

 そう促され、コールドスリープに着いた。



 どれくらいたっただろうか、目が覚め、体の節々が凝り固まっていて、少しづつ解しながら、装置から起き上がった。

 彼女も無事な様だった。

 あの時、あまり彼女の詳しい話は聞けなかったが、到着した星の難民局に後を引き継げば大丈夫だろう。

 そろそろ、目的地に到着しそうだ。

 さすがGZKジーク5000、最新鋭の事だけの事はある。落ち着いたらまた、バックギャモンの続きでもするか。

 そう思い、彼に声を掛けた。

「おはよう、お前さんのお陰で、彼女も俺も無事到着したよ。」

「・・・・」

 暫く経っても何も返答は無かった。

「おい、もう起きてもいいぞ。任務ご苦労さん。」

 そう労っても、何も返答は無かった。

 ただ、コクピットの目の前のモニターには、刻々と入って来る状況のデータが無機質に映し出されるだけだった。

「おい、いいかげん返事にしろよ。」

 そう言って、はっと気が付いた。

 思い当たる節があった。

 マスターコンピュータ、GZKジーク5000のホストマシン区画に駆け付けた。

 そこは一区画がマシンそのものになっている場所だ。

 駆け付けて愕然とした。

 そこはなにも無く、ただ宇宙空間があるだけだった。


「私も空気を読めるようになりましたから」


 彼の最後の言葉の意味をようやく理解した。

 最低限のOSシステムを残し自分の区画を切り離し、自らを犠牲に俺たち二人を生還させたのだ。


 気が付けば、不安そうに亡命に成功した彼女が寄り添ってきた。

 それを見て、ポロポロ涙が溢れて来るのを止めることが出来なかった。


 窓には青い星が徐々に近づきつつあった。  了

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