第11話
神社へは、
行かなかった。
朝、
家を出るとき、
石段の方を見ないようにした。
見れば、
行ってしまう気がしたから。
……今日は
行かない
自分に言い聞かせて、
学校へ向かう。
――――――――――
授業中。
黒板の文字が、
少しだけ、
にじんで見えた。
先生の声が、
遠い。
隣の席の子が、
何か話しかけてきた気がしたけれど、
内容は、
ほとんど頭に入らなかった。
……寒い?
誰かが、
そう言った。
ううん
平気
そう答えたけれど、
指先は、
ずっと冷たかった。
――――――――――
帰り道。
いつもなら、
神社へ続く道の分かれ角で、
足が止まる。
今日は、
止まらなかった。
……えらい
誰もいない道で、
そう呟く。
でも、
胸の奥が、
少し、
空っぽだった。
――――――――――
家。
母が、
夕飯の支度をしている。
おかえり
ただいま
普通の会話。
普通の匂い。
それなのに。
……顔色、悪くない?
母が、
僕の頬に手を伸ばす。
……冷たい
眉が、
少し曇る。
最近、
ちゃんと食べてる?
うん
嘘ではない。
でも、
満たされない。
――――――――――
夜。
布団に入る。
目を閉じると、
すぐに、
石段が浮かぶ。
御神体の影。
冷たい空気。
……だめ
目を開ける。
天井。
……行かない
もう一度、
目を閉じる。
――――――――――
夢。
神社ではなかった。
境界のない場所。
霧の中で、
誰かが立っている。
近づくと、
輪郭が、
はっきりする。
君だった。
……来るな
いつもの言葉。
でも、
声が、
少し、弱い。
どうして?
……約束だ
約束……
……人として
生きると
言っただろう
言われた気がした。
でも、
僕は、
何も約束していない。
……君が
言ったんだ
そう言うと、
君は、
少しだけ、困った顔をした。
……そうか
霧が、
濃くなる。
君の姿が、
遠ざかる。
……待って
手を伸ばす。
触れない。
――――――――――
朝。
目を覚ますと、
喉が、
ひどく乾いていた。
水を飲む。
二口目で、
吐き気がした。
……気持ち悪い
鏡を見る。
顔色が、
明らかに悪い。
唇の色が、
薄い。
――――――――――
学校を、
休んだ。
布団の中で、
丸くなる。
……行かなきゃ
神社じゃない。
学校でもない。
――君のところへ。
その考えに、
ぞっとした。
……だめだ
でも、
身体が、
言うことをきかない。
冷たくて、
重い。
――――――――――
夕方。
母が、
医者に連れていくと言った。
でも、
立ち上がった瞬間、
視界が暗くなった。
……っ
床に、
膝をつく。
……また……
母の声が、
遠くなる。
――――――――――
そのとき。
胸の奥が、
きしんだ。
冷たい痛み。
でも、
同時に、
聞こえた気がした。
……来るなと言った
低い声。
怒っているのに、
必死で。
……でも
呼ばれた
それだけ。
次の瞬間、
世界が、
すうっと遠ざかった。
――――――――――
神社。
気づくと、
僕は、
御神体の前にいた。
倒れているわけじゃない。
立っている。
……あれ?
周りを見る。
夕暮れ。
境内には、
誰もいない。
でも。
……君?
影が、
動いた。
……何故
来た
声は、
はっきり怒っている。
……行かなかった
ちゃんと
我慢した
君が、
こちらを見る。
……それでも
来た
否定できなかった。
胸が、
苦しい。
……戻れ
……戻れぬだろう
そう言ったのは、
僕だった。
君の目が、
大きく開く。
……主
その声に、
安堵と、
恐れが混じる。
――――――――――
風が、
境内を吹き抜ける。
御神体が、
低く、鳴った。
境が、
きしむ音。
……遅すぎたか
君の声が、
震える。
……ごめん
僕が言うと、
君は、
首を振った。
……謝るな
選んだのは
私だ
選んだ?
その言葉の意味を、
聞く前に。
足元が、
冷たく沈んだ。
影が、
濃くなる。
――――――――――
……主
君の手が、
僕の手を掴む。
冷たい。
でも、
もう、
痛くなかった。
……離すな
初めて、
命令じゃない声。
……離れない
僕は、
そう答えた。
それが、
人の言葉か、
妖の言葉かは、
もう分からなかった。
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