『俺達のグレートなキャンプ234 金・銀・漆黒(!?)のジェラートを作るか』
海山純平
第234話 金・銀・漆黒(!?)のジェラートを作るか
俺達のグレートなキャンプ234 金・銀・漆黒(!?)のジェラートを作るか
標高千メートルの山間キャンプ場。午後三時の傾いた陽光が、色とりどりのテントの間を縫って差し込んでいる。石川のテントサイトには、やたらと大量の謎の荷物が積み上げられていた。クーラーボックスが三つ、得体の知れない金属の容器、そして何故かホームセンターの袋が五つ。
「で、石川」
富山が腕組みをして、眉間に深い皺を刻みながら尋ねる。彼女の視線の先には、石川が満面の笑みで広げた大量の材料が並んでいる。
「なんで竹炭のパウダーが三袋もあるわけ?」
「ふっふっふ」石川は鼻息荒く、両手を腰に当てて胸を張る。「富山よ、今日のグレートなキャンプはな、ただのジェラート作りじゃないんだ!金色!銀色!そして漆黒のジェラートを作る!キャンプ史上最高にフォトジェニックで、しかも美味い、三色の奇跡を生み出すんだよ!」
千葉が目を輝かせて手を叩く。「おおおお!それ最高じゃないですか!インスタ映え確実!」
「映えの前に食えるのか心配なんだけど」富山が頭を抱える。
石川のテーブルには、すでに材料が所狭しと並べられていた。生クリーム、牛乳、砂糖、卵黄──ここまでは通常のジェラート材料。しかし、その横には金箔のパッケージ、食用銀箔、そして問題の竹炭パウダー。さらに驚くべきことに、ターメリックの大瓶、黒ごまペースト、食用シルバーパウダー(製菓用)、そして極めつけは──
「石川、これイカスミのパスタソースだよね?」千葉が恐る恐る黒い瓶を持ち上げる。
「そう!漆黒を演出するための秘密兵器だ!竹炭だけじゃ風味が足りないからな!」
富山の顔が蒼白になる。「ちょっと待って、イカスミをジェラートに入れるの!?正気!?」
「大丈夫大丈夫!イカスミリゾットとかあるじゃん!甘じょっぱい系、今流行りだし!」石川は全く動じない。
隣のサイトで焚き火の準備をしていた初老の夫婦キャンパーが、こちらを不思議そうに見ている。奥さんの方が旦那さんに何か囁いている。おそらく「あの若者たち、何をしているのかしら」といった内容だろう。
「じゃあ、早速作るぞー!」
石川が両手を高々と上げると、千葉も同じように両手を上げて「おー!」と叫ぶ。富山だけが深いため息をついて、渋々エプロンを取り出した。
まずは金色のジェラート。石川がボウルに生クリームと牛乳を注ぐ。その動作が妙に大袈裟で、まるで錬金術師のようだ。
「金色の秘訣はな、ターメリックとかぼちゃパウダーの絶妙なブレンド、そして仕上げに金箔をこれでもかとぶち込む!」
「かぼちゃパウダーって、それプロテインシェイク用のやつじゃん」富山が呆れたように指摘する。
「細かいこと気にすんなって!黄色ければいいんだよ!」
石川は卵黄を豪快に混ぜ込み、砂糖を投入。そこにターメリックを小さじ三杯──いや、目分量で盛大に振り入れる。ボウルの中身がみるみる黄金色に染まっていく。
「おお、なんかもう金ピカ!」千葉が身を乗り出す。
「だろ?で、ここに秘密のマンゴーピューレも入れる」石川が冷凍マンゴーをミキサーにかけ始める。その音があまりにも大きく、周囲のキャンパーたちが一斉にこちらを振り向く。
ミキサーの轟音が山間に響き渡る。ブィィィィィィン!
「うるさっ!」富山が耳を塞ぐ。
三十秒後、滑らかなマンゴーピューレが完成。それを金色ベースに混ぜ込むと、より一層鮮やかな黄金色になった。
「完璧だ!あとは冷やし固めるだけ!」
石川は持参した手回し式アイスクリームメーカーに金色の液体を注ぎ込む。そして、満を持して金箔のパッケージを開封。
「さあ、ゴールドの祝福を!」
バサバサバサッ!
金箔を惜しげもなく投入する石川。キラキラと輝く金の破片がジェラート液の中で踊る。
「すげぇ、本当に金!」千葉の目が完全にキラキラしている。
次は銀色のジェラート。富山が仕方なく手伝い始める。
「銀色って、どうやって出すのよ」
「簡単さ。ココナッツミルクベースに、食用シルバーパウダーを混ぜる。で、ここがポイント──」石川がニヤリと笑って、バッグから取り出したのは、なんと昆布茶の粉末。
「は!?昆布茶!?」富山の声が裏返る。
「そう!ほんのり塩気と旨味を出すんだ!スイーツに塩、今や常識だろ?」
「いや、でも昆布茶って!」
「大丈夫!俺を信じろ!」
石川は昆布茶をティースプーン一杯、銀色ベースに混ぜ込む。そこにココナッツミルク、生クリーム、砂糖、そして食用シルバーパウダーを投入。かき混ぜると、不思議なことに銀色がかった白っぽいクリーム色になった。
「おお、なんか銀っぽい!」千葉が感動している。
「だろ?ココナッツの白さとシルバーパウダーの輝きが融合して、銀河系の輝きってわけよ!」
「意味わかんない比喩やめて」富山がツッコむが、その表情は少し緩んでいる。
そして──問題の漆黒のジェラート。
石川が真剣な表情でイカスミのパスタソースの瓶を持つ。その姿はまさに、禁断の魔術を行使しようとする魔導士のよう。
「いよいよだ。漆黒の深淵、ブラックホールジェラートの誕生だ」
「ネーミングがもう不穏すぎる」富山が額に手を当てる。
ボウルに生クリーム、牛乳、砂糖、卵黄。そこまでは普通。そこに──
ドロォ...
イカスミソースが注がれる。瞬時に白いクリームが墨汁のような黒に染まる。
「うわぁ、これヤバいって!絶対ヤバいって!」千葉が興奮と恐怖の入り混じった声を上げる。
「まだだ!」石川は竹炭パウダーの袋を開け、豪快に三振り。さらに黒ごまペーストを大さじ二杯投入。「黒を極める!漆黒を超えた漆黒を!」
ボウルの中身は、もはや闇そのもの。光を吸い込むような、底知れない黒。
「石川、これ本当に食べられるの?」富山が心底心配そうに覗き込む。
「食えるって!イカスミは海の幸の旨味、竹炭は健康成分、黒ごまは風味!完璧な組み合わせだ!」
しかし──
第一のハプニングが発生した。
石川が漆黒ジェラートをアイスクリームメーカーに注ごうとした瞬間、手が滑った。
ドバァッ!
黒い液体がテーブルの上に豪快に飛び散る。
「うわああああ!」
三人が悲鳴を上げる。黒い液体は石川の白いTシャツに、千葉の顔に、富山のエプロンに飛び散った。
「やっちまった!」石川が慌てふためく。
千葉の顔に黒い斑点が無数についている。「俺、まるでダルメシアン...」
「笑ってる場合か!」富山が叫ぶが、彼女のエプロンも真っ黒だ。
周囲のキャンパーたちが、遠巻きに騒ぎを見ている。先ほどの初老夫婦が「大丈夫?」と声をかけてくる。
「だ、大丈夫です!ちょっとジェラート作りで!」石川が愛想笑いで答える。
「ジェラート...?」夫婦が首を傾げる。
慌てて黒い液体を拭き取り、なんとか残りを回収。漆黒ジェラートは予定の半分量になってしまったが、なんとかアイスクリームメーカーに投入成功。
「よし、仕切り直しだ!」
三人は手回し式のアイスクリームメーカーをそれぞれ担当。金色を石川、銀色を富山、漆黒を千葉が回す。
カリカリカリカリ...
ゴリゴリゴリゴリ...
シャリシャリシャリシャリ...
三つの異なる音が、初夏の山間に響く。十五分間、無心でハンドルを回し続ける。
「腕パンパン...」千葉が呻く。
「弱音吐くな!グレートなキャンプに弱音は似合わない!」石川が汗を拭う。
「あんたがやりだしたんでしょうが」富山も息を切らしている。
さらに十分。ようやくジェラートが固まり始める。
「よし、確認するぞ!」
石川が金色のアイスクリームメーカーの蓋を開ける。
中には、眩いばかりの黄金色のジェラートが。金箔がキラキラと光を反射している。
「うおおおお!これぞゴールド!」
千葉も銀色を開ける。銀色がかった白いジェラートが、夕陽に輝いている。
「銀河系だ!本当に銀河系!」
そして富山が恐る恐る漆黒を開ける。
「...うわ」
中には、本当に光を吸い込むような漆黒のジェラート。しかし不思議と食欲をそそる黒ごまの香りが漂っている。
「できた...できちゃった」富山が呟く。
「よっしゃあああああ!」石川が拳を突き上げる。
周囲のキャンパーたちが興味津々で集まってくる。
「何作ってるんですか?」若いカップルキャンパーが尋ねる。
「金銀漆黒のジェラートです!」千葉が胸を張って答える。
「え...え?」カップルが顔を見合わせる。
石川が用意していた透明なカップに、三色のジェラートを盛り付け始める。まず黄金、その隣に銀、そして漆黒。三つが並ぶと、まるで異世界の宝石のよう。
「すごい...」
「写真撮っていいですか?」
「めっちゃ映える!」
いつの間にか、七、八人のキャンパーが集まっていた。
「もちろん!そして──」石川がニヤリと笑う。「試食もどうぞ!」
「え、いいんですか!?」
石川は惜しげもなくプラスチックスプーンを配る。集まった人々が恐る恐るスプーンを手に取る。
まずは金色から。
カップルの女性が一口。
「...あ、美味しい!マンゴーとターメリックの風味が絶妙!」
「本当だ!ちょっとスパイシーで、でも甘くて!」男性も続く。
次は銀色。
初老の夫婦が試す。
「おお、ココナッツだ。そして...何この旨味は?」
「昆布茶です!」千葉が誇らしげに答える。
「昆布茶!?斬新だけど、確かに塩気が甘さを引き立ててる!」
そして──
全員が漆黒を見つめる。
「...誰か勇気ある人」
「いやいや、あなたから」
押し問答の末、若い男性キャンパーがスプーンを手に取る。黒いジェラートをすくい、目を閉じて口に運ぶ。
三秒の沈黙。
「......うまい」
「え!?」
「本当にうまい!黒ごまの香ばしさと、イカスミの旨味が!そして竹炭の微かな苦みが全体を引き締めてる!」
「マジで!?」
次々と人々が漆黒ジェラートを試す。
「これ、やばい」
「お店で出せるレベル」
「SNSに上げていい?」
石川が満面の笑みで叫ぶ。「もちろん!俺達のグレートなキャンプを世界に広めてくれ!」
しかし──
第二のハプニング。
盛り上がる一同の背後で、富山が「あっ」と小さく声を上げた。
「ねえ、千葉」
「何?」
「あんた、さっきから歯が真っ黒だよ」
「え?」千葉が手鏡を見る。
歯が、真っ黒だ。イカスミと竹炭で完全に染まっている。
「うわああああああ!」
千葉の絶叫に、周囲が振り向く。彼が大きく口を開けて笑う度に、真っ黒な歯が露わになる。
「お、お前ら!口の中確認してみろ!」
石川も富山も慌てて鏡を見る。
二人とも、舌が黒い。歯茎が黒い。完全なるブラックマウス。
「やっべえええええ!」
集まっていた人々が、一歩後ずさる。
「あ、あの、私たちも...」
さっき漆黒ジェラートを食べた人々も、揃って口の中が黒い。
「大丈夫大丈夫!」石川が慌てて説明する。「イカスミと竹炭だから!害はないから!歯磨きすれば落ちるから!」
「歯磨きすれば...」
「落ちる...」
微妙な空気。
しかし、そこに先ほどの若い女性が笑い出した。
「あははは!なんかこれ、面白い!みんなでブラックマウス!」
「確かに!」
「記念写真撮ろうよ!」
空気が一変。みんなで黒い口を見せ合って大笑い。スマホを構えて、集合写真。
「せーの、ブラックマウス!」
全員が真っ黒な口を開けて写真に収まる。異様な光景だが、妙な一体感。
日が完全に傾き、オレンジ色の夕焼けがキャンプ場を染める頃。
石川、千葉、富山の三人は、それぞれのカップに残った三色ジェラートを食べながら、焚き火を囲んでいた。もちろん三人とも口の中は真っ黒。
「いやー、今回も盛り上がったな!」石川が満足げに笑う。真っ黒な歯が覗く。
「盛り上がったけど...」富山が呆れたように言う。「明日の朝まで、この黒、本当に落ちるのよね?」
「たぶん」
「たぶん!?」
「大丈夫だって!竹炭なんて健康食品だし!」
千葉が金色ジェラートを頬張りながら言う。「でも石川さん、これマジで美味しいですよ。特に金色、めっちゃいい」
「だろ?ターメリックとマンゴーの組み合わせ、俺の中で革命的だった」
「銀色も、昆布茶の塩気が絶妙だし」
「そして漆黒は、衝撃の味わい」
富山も渋々認める。「...まあ、確かに美味しかったけど。でも次はもうちょっと普通のキャンプがいい」
「普通?俺達に普通なんて似合わないだろ?」石川がニヤリと笑う。
「次は何するんです?」千葉が目を輝かせる。
「そうだな...虹色のカレーとか?」
「絶対やだ」富山が即答。
「じゃあ、透明なシチューは?」
「それは...ちょっと気になる」
三人の笑い声が、星空の下に響く。遠くでは、さっき出会ったキャンパーたちも、まだ黒い口のまま楽しそうに談笑している。
焚き火の火が、金色、銀色、そして漆黒のように揺らめく。
「俺達のグレートなキャンプは、まだまだ続くぜ!」
石川の高らかな宣言に、千葉が拳を突き上げる。
富山は深いため息をつきながらも、その口元は微笑んでいた。
三色ジェラートの空になったカップが、焚き火の光でキラキラと輝いていた。
翌朝。
三人は鏡を見て絶句した。
歯磨きを三回繰り返しても、まだ微かに黒い。
「石川...」
「い、いや、あと二、三回磨けば!」
「本当に!?」
隣のサイトから、昨日の若いカップルが声をかけてくる。
「おはようございます!...あ、まだ黒いんですね!」
三人は揃って、気まずそうに笑った。その笑顔は、まだほんのり黒かった。
それでも──
石川は懲りずに、次のグレートなキャンプの構想を練り始めるのだった。
fin.
『俺達のグレートなキャンプ234 金・銀・漆黒(!?)のジェラートを作るか』 海山純平 @umiyama117
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