総務支援・手々塚旅人の手腕が冴える!

柴田 恭太朗

第1話 ハンハン盛北支店

――「支援お願いします」

 届いたメールの件名は、それだけだった。


 送り主は「ハンド in ハンド盛北支店」。通称ハンハン。

 ハンハンは、時の首相・古手川の肝いりで爆誕した、「半分コンビニ・半分お役所」というキメラのような店だ。

 日用品を売りながら、マイナンバーカードで行政手続きの受付までこなす。役所が遠い地方では、これほど頼れる窓口もない。もっとも、その便利さは通信回線が生きている間だけ。回線が止まった瞬間、店は『半分お役所』の顔を失い、品揃えの悪い雑貨屋へと転落する。

 わが社は、そんなハンハンの保守を一手に請け負っていた。


 私は総務支援室の手々塚ててづか旅人たびと

 現場がトラブルで困ったときに呼ばれる、いわゆる火消し係だ。


 名前のせいか「手数が多い人」「出張が多い人」と言われる。たいてい褒め言葉ではない。が、気にしない。この仕事が性に合っているからだ。


 冒頭のメールを見た瞬間、私は反射的に出張手続きを取った。

 飛び乗った新幹線でアタッシュケースを開く。ノートPC、養生テープ、予備の名刺。ついでに、趣味の手品用トランプ。現場が凍りついたとき、場を温めるための道具だ。温めすぎて炎上することもあるが、灰になればなったで、その後の手間がない。人手が足りない支援室は、知恵で補うのだ。


 新幹線が着いた先は、北の地方都市だった。

 盛北駅の改札を出ると、目の前に紙を掲げている男がいる。

 「歓迎:総務支援室御一行様」と墨で大書してあった。手書き文字の勢いは凄まじいが、残念ながら私は一人だ。


「支援の手々塚です。『御一行』じゃなくてすみません」

「手々塚さん! 本社からの支援、助かります。いやぁ、明日が大事な支店の初日でして」

「初日?」

「はい! それで支援要請を。何か問題でも?」

「まずいです。開店初日は支援の仕事で、ウチは事務方の支援ですから」

 営業のヤツらは縄張り意識が強い。総務が仕事を奪ったとなると、後でもめそうだ。

「つまり手違い?」

「手違いですね、わが社にはこれだけ多くの支援室があるから」

 私は両手の指を広げてみせた。

「どうしましょう」

 支店の男は、オロオロした。

「来ちゃったものは仕方ないです。とにかく現場を見せてください。あなた、お名前は?」

「手違です」、男は涙声を出した。

「分かってます。お名前を教えてください」

 男は両手を添えて名刺を差し出す。そこにはこう書かれていた。

――支店長 手違てちがい 支郎しろう


 私は、静かに名刺を見つめた。

 今日一日分のイヤな予感が湧き上がる。


「……いいお名前ですね」社交辞令である。

「よく言われます。小さい頃から」


 誠心誠意をこめた皮肉が通じない。私は覚悟を決めた。


 ◇


 ハンハン盛北支店は、駅前の小さな白い箱みたいな店だった。看板には「行政手続きはコチラ/物販はコチラ」と書かれ、赤い矢印がどちらも同じ入口を指している。最初から客を戸惑わせる気満々である。


 中に入った瞬間、すべての状況を理解した。

 カウンターのカードリーダーは沈黙。プリンターとPCはビニール袋をかぶったまま。壁際の段ボールは未開封で、棚にはボールペンが山ほどある。なのに、機器をつなぐケーブルが一本も見当たらない。


 これでは営業支援の猛者たちを呼んでもムダだった。それ以前の問題である。


「もしや……回線がまだとか?」イヤな予感がした。

「ええ、今朝の工事がすっぽかされまして。でも明日は『手続き相談会』ですから、 チラシだけは手書きで五百枚作って配りました。徹夜で!」

 手違支店長は誇らしげに両手を見せた。指先がホラー映画のように真っ赤だ。血ではない。赤ペンのインクである。


 努力の方向が間違っている、と言いかけて飲み込む。たぶんムダだ、伝わらない。

 そこへ奥から、茶髪の若い店員が飛び出してきた。名札には「千手せんじゅ」とある。

「お疲れっス! 俺、手伝い何でもします! 手、たくさん余ってるんで!」

 観音様じゃあるまいし、手がたくさん余る人間など、この世にいない。


 私は深呼吸し、袖をまくった。

 さあ、手々塚わたしの手際を見せてやろうじゃないか。


「まず現状確認しましょう。明日の相談会は、何をやる予定です?」

「転入とか給付金とか……相談を受けながら、マイナカードで本人確認して申請を出します」

「回線がないと、マイナカードはただのプラスチック板ですよ」

「そこは、気合で!」、横から千手が混ざって来る。

「気合じゃ、本人確認出来ません」

 茶髪の若者は叱られた子犬のような顔をした。


 手違が慌てて書類の束を机に載せた。

「じゃあ、手書きで確認票を……」

「待ってください。手書きは最終手段です。先に回線と機材の手配。それがダメなら、代替手順を考えます」


 手回しよく貼られた壁のポスターに、お堅いフォントでこう書いてある。

『本人確認はマイナンバーカードを原則とする。例外は責任者の承認が必要』


 私はその一文を指した。

「責任者の承認印、ありますか」

 手違の笑顔が、スローモーションで凍っていった。

「あります。たぶん、どこかに」

「今日から『たぶん』は、禁止ワードにしましょう」


 こういう現場『あるある』のパターンは、だいたい決まっている。

 必ず大切なものが『ない』。


「手違さん。承認印って、どこに置きました?」

「えっと……印鑑は『厳重に管理』してまして」

「それ、モノを失くした人の言い訳にソックリです」

「厳重に……管理した結果……どこにしまったか……」


 千手が勢いよく手を挙げた。

「俺、探すの早いっス! 積んだ段ボール全部開けます!」

 茶髪の若者が千手観音よろしく、盛大に中身をぶちまけているイメージが浮かんだ。

「やめてください。オフィスが散らかるだけです」

 私は即座に止めた。


「千手くんは商品棚を作ってください。お客さんのニーズを予想して陳列しましょう。ケーブル、カードケース、コピー用紙、封筒という具合に」

「了解っス! えっと……USBケーブル、どこっスか?」

 私は棚を見た。ボールペンは赤黒ともに百本ある。カードケースも山ほどある。だがUSBケーブルが、綺麗にない。PCをつなぐケーブルすらない。


「仕方ない、近場で仕入れましょう」

 私はスマホを出して近所の家電店に電話した。取り急ぎ十本。ついでに延長タップも手配する。オープンセールは赤字でいい、近隣住民にハンハン新店舗の認知度が上がればいいのだ。


 次に回線だ。工事会社へ電話する。

「盛北支店、今朝の工事が未着手ですけど、どうなってます? 政府肝いりのハンハンが初日にオープンできないとなると。おたくの会社、今後の入札案件困りませんかね。心配ですねぇ」

 電話の向こうが一瞬黙る。こちらの意図が伝わったらしい。

「夜には、人を回します」スマホの向こうから返答があった。

「急いでお願いします。回線が来ないと、ハンハンがただのハンになりますぅ」

「ハン?」

「半分、のハンですよぅ。あひゃぁ」

 もっとも効果のある脅し文句は、罵声や怒号ではない。ハラスメント防止の観点からも、それは悪手だ。こんなとき一番効くのは理性崩壊寸前の意味不明な言葉である。それが相手の恐怖心を串刺しにする。私はそれを経験から学んでいた。

「す、すぐ行きます!」悲鳴に似た声とともに電話が切れる。


 やり取りに聞き耳を立てていた手違が、不安そうに尋ねた。

「手々塚さん、もし回線が間に合わなかったら?」

「代替手順に切り替えます。相談会は『話を聞く』と『申請書預かり』まで。書類の送信はやりません。預かって、回線復旧後にまとめて送信します」

「手抜きしているクセに、いちいち偉そうで、役所っぽいですね」

「半官半民のハンハンですから」私は微笑んだ。


 私は引き出しを開けて、紙のマニュアルを探した。輪ゴム、付箋、赤ペンの替え芯が大量に出てくる。文具店かここは。

 ようやく分厚いファイルが出てきた。ページを手早く手繰る。

 『マイナンバーカードがない場合の責任者判断』の項に(責任者印 必須)の文字があった。


「ほら、やっぱり印鑑が要りますよ」

 私が言うと、手違は天井を見上げた。

「……厳重に管理した結果……」


 そのとき千手が叫んだ。

「手違さん! 金庫、ありました!」

 振り向くと、冷蔵庫の上に小さな金庫が鎮座している。


「なぜ冷蔵庫の上に」

「高い所は安全と思ったんでしょう。過去の私が」

「あなたの過去は遠すぎて、我々には手が届きません」私は呆れ、恐ろしいことに思い当たった。「まさか鍵も忘却の彼方とか?」


 手違の顔色がみるみる土気色になった。

「鍵も……厳重に……」

「鍵がないなら金庫はただの鉄の箱です。つまり『責任者承認』が出来ません」

「ここまで来て、ですか……」

「詰みにしないため、別の手を探しましょう。藤井聡太棋士は6億手先まで探すそうです」


 私はファイルをめくった。役所の文章は長いが、抜け道は、たいてい但し書きに書かれている。

 見つけた! まさに、探していた一行だ。


『印鑑が用意できない場合、責任者の拇印ぼいんにより代替できる』

「拇印でOKでした。手違さん、朱肉ありますか?」

「……たぶん」

「たぶん禁止!」

「ないです」

 気弱に答える手違の赤い指先が、私の目に入った。五百枚の手書きチラシ。異常な執着、非効率の極み。だが、その行く手に道は開けた。藤井棋士の笑顔が浮かぶ。


「手違さん、その手書きの努力が活かせるかも。いや、確実に活かせます」

「え、これが?」

「はい。あなたの並外れた努力は、我々の武器です」


 そう言った時、店の外で車が止まった。

 手違がぱっと顔を上げる。

「回線工事だ!」

 私は窓の外を見た。黒塗りの車から降りて来たのは黒スーツの男。工具ではなく、黒い書類ケースを持っている。


「……工事じゃない。監査です」


 手違が、その場で石化した。千手が小声で聞く。

「その監査って、ヤバいやつっスか」

「ヤバいです。『開店間際の死神』と恐れられている最悪の担当者だ」

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