名前などいらない僕たちは

@Izamoti

第1話世界で一番美しいゴミ溜め

 主演

 カイ…楽園に住む青年

 あずさ…?

 ???…偶像

 ???…夢を追う者


 主演者 

 きらり

 おばあ

 ミケちゃん

 

 監督 ???





カイの話


君は楽園と聞いたらどんな場所を思い浮かべる?

好きなものが好きなだけ食べられる、いつまで寝てても怒られない。

働かなくても生きられる、それとも、好きなことだけをやりたいだけだけできるとか。

もし、そんな場所へ連れてってあげると言われたら?

そんな場所あるわけないって?ハハッ、驚いたことにあるんだよな。

楽園…一つの国ぐらいの大きさの娯楽施設。お金とかいう代償を払うだけで、夢みたいな生活が簡単に手に入る。

贅沢な限りを尽くしても良し、何もせずダラダラしても良し。犯罪以外は何でもできるといえるかもしれない。

ちなみに俺が一番好きな場所は「弄花の花園」だ。そこにあるデルフィニウムっていう青空みたいな色した花の大きな花畑がきれいだし落ち着くんだ。

それに、デルフィニウムの花言葉も好きなんだ。「あなたを幸せにします」って。笑っちゃうくらい真っ直ぐで、でも言うのもやり遂げるのも相当の覚悟が必要な言葉。

最高な場所だろ。

天国が本当にあったとしたらこういう場所なんだろうな。


 なに、そんな楽園があるなら住んでみたいって?できないことはないだろうが、とてつもないお金がいるから不可能だろうな。石油王でギリかもな。

あぁでも、お金はなくても住むことはできるか。楽園の”道具”として。

楽園はなにもしなくても存在するわけじゃない。働き手がどうしてもいるし、裏で頑張っている人がいるから成り立つんだ。今俺らが生きてる世界だってそうだろ。

でも、周りが好きなことをしてる中で1人辛い思いしながら働くのは結構きつい。たくさんお金をもらったとて満たされないものはある。それは楽園も理解してる。

それでも、たくさんの道具が欲しかった楽園は、道具たちに1つの権利を与えた。

楽園に住むことができ、好き放題過ごせる権利。

毎日のように楽園に奉仕する代わりに、私生活は楽園の与える最上級の場所で送ることができる。

言い方を変えれば、楽園で働ければ億万長者みたいな生活が無料でついてくるみたいな感じ。

これが結構魅力的らしく、働き手は結構いる。いや、むしろ余ってるな。

特に俺みたいな芸能人とやらは。


…そういえば言ってなかったな、楽園は娯楽施設とは他にもう1つの顔がある。

いわゆる芸能事務所兼育成所でもあるんだ。

楽園のモットーは日常に彩りを与えること。

だから、この楽園という非日常の夢みたいな空間を用意するだけじゃなく、普段過ごしている場所にでも夢を届けるべきと考えたらしい。

それで彼らが駒に選んだのが芸能人というわけ。

俳優、アイドル、モデル、お笑い芸人…ジャンルは多岐にわたり実際に活躍している人も結構多い。

しかし、もともと活躍できる人はほんの一握りだし、最近は流行りの消費もとんでもなく速い。

なのに、それに夢を見るやつは数えるのも面倒くさいくらいいる。

だから、楽園は使えないと判断したやつは早々に切り捨てるようになった。

かくいう俺…カイも先日クビになった。


「クルッポゥ」

ずっと話を聞いてくれていた鳩が素っ頓狂になく。同情してくれているのだろうか、いや、餌くれって言ってるだけか。

ポケットの中を探す、残念ながら入っているのは紙切れだけで食べ物はなさそうだ。

「話聞いてくれてありがとよ。なんかいいご飯にありつけるといいな」 

俺が笑顔で手を振ると、鳩は不服そうに飛んでった。にしても太っていて飛びにくそうだ、楽園は鳩までもだめにしてしまうらしい。

「しっかし」

クビかぁ〜〜〜。

ベンチに座りながらぼーっと考える。ここは、楽園の一番端っこにある公園。今は真っ昼間だからか人っ子ひとりいない。

楽園のなかとは思えない光景だな。まるで夢みたいだ。

クビも夢じゃないかと期待して、ポケットに入っていた紙切れを見る。

けど、書かれているのはクビになったということと、あと一ヶ月だけ楽園に住む権利を与えるからその間に次の仕事を見つけてね、という文章だけ。

全く優しいんだか厳しいんだか。

正直クビになったことはそこまで気にしていない。俺には、才能がなかったのだろうし、魅力がなかったんだろう。歳も22なのでまだまだ体力はあるし、今までの仕事でそこそこつてはある。次の仕事も見つかりはするだろう。

ただ問題は、楽園に住む権利がなくなったということだ。

それはつまり、俺は楽園に踏み入れることがほぼできなくなると言っても過言ではない。

俺はまだ楽園でやり残したことがある。あと一ヶ月でできそうにない壮大で重大なこと。

全くどうしようか。


「うぇーーん」


そうだよな、泣きたくなっちゃうくらいどうしようもない状況だよな。

わかるわかる…

って泣き声?

自分でも気づかないうちに泣いていたのだろうかと思ったけれど、視界は驚くほどクリアだ。

さっきの鳩…なわけないから、幻聴?


「うぇぇーーん」


いや、本当に誰か泣いてる。なんならさっきよりも泣き声が強くなってる。

俺はよっこらしょとベンチから立ち上がる。泣き声を無視するのはなんとなく心に来る。

ぐるっと見渡すと、ああいたいた。遠くの木の下で、小学生くらいの小さい女の子が泣いている。

親とはぐれたんだろうか、ほっとくのも何だし声をかけてみることにする。

と、その前に服装の確認。最近は世の中物騒なことが多いから、声をかけるだけでも怖がられたりするもんな。全く嫌なこった。

今の俺の服装は、紺のジーパンに真っ白のトレーナー、黒のウィンドブレーカー。普通の格好のはずだ、多分。

「大丈夫か?」

声をかけると、座り込んで泣いていた女の子が顔を上げる。

相当泣いていたようで、可愛らしい洋服も、顔もぐしゃぐしゃになっている。

綺麗にしてあげたいがこういう時に限ってハンカチを持ってきていない。というか今日は何も持っていない。

「どうしたんだ、お父さんお母さんとはぐれちまったか?」

女の子は少し俺を警戒するように見ていたが、一生懸命呼吸を整えると口を開く。

「ううん、違うの。あれ…」

そう言うと、木の方を指差す。

そちらの方を見ると、木の上で子猫が震えていた。どうやら降りれなくなってしまったらしい。

「あの子ミケちゃんって言ってっ…大切なおともだちなの。でも、おりれなくなっちゃったみたいで、ひぐっ、助けたいけど何もできなくて…」

もともと丸くてくりくりした目をさらに開いて、俺に訴えてくる。

友達を助けられなくて泣いてたのか、優しい子なんだな。

ふと、昔同じような理由で泣いていた友人の顔が思い浮かぶ。彼女は今でも変わらないでいるだろうか。

「そういうことなら任せとけ。お兄ちゃんが助けてやる」

俺は結構身長がある方だ。多分届くだろう。

まだ震えて動けない猫にそっと手を伸ばす。

触れたたけで壊れそうな小さな命、けれど力強い鼓動が伝わってくる。

俺は猫をひょいと持ち上げると、女の子にそっと渡した。

「はい、どうぞ」

「わあ、ありがとう!」

ミケちゃんを受け取ると、女の子は泣いていたのが嘘みたいに目を輝かせて笑う。

子供の笑顔っで不思議だ。この笑顔のためなら何でもできるって気持ちにさせてくれる。

「じゃあ」

「まって、お兄さんおなまえは?」

「名前?カイだ。」

「カイお兄さん、コーヒーは好き?」

「コーヒー?好きだよ。でも、何で急に」

「おれいがしたいの」

えっとね、と一生懸命に言葉を紡ぎながら俺に真っ直ぐな目を向けてくる。

「お礼?」

「うん、わたしお兄ちゃんがいるんだけど、いつも言ってるの。助けてもらったらおれいをしなさいって。それでね。わたしすてきなカフェを知ってるからね、コーヒーをえっと…おごってあげたいなって!」

ふふん、と女の子は胸を張る。

奢るなんて、小学生らしからぬ物言いだ。けど、わかる。小学生の頃は大人の使ってる難しい言葉にどこか憧れていたし、意味も分からずなんとなくで使っていた。

微笑ましいな。


「カフェか…案内してくれるのか?」

「うん!」

女の子は元気よく答える。抱えられた子猫もニャアと鳴いた。こころなしか、ついてきなとドヤ顔しているように見える。

どうせ今日は暇だし、ついて行ってみるのもいいかもしれない。ひとつひとつの出会いを大切に、それが俺のモットーだ。

「じゃあ、案内してくれるか。えっと、名前は」

「きらり!9さい!」

「うん、よろしくきらりちゃん」

しゅっぱーつときらりちゃんは元気よく歩いていく。


俺はまだ知らなかった。

うららかな春の日、何でもないこの日に俺の人生は変わり始めていたのだ。



「えっと…ここを通るのか?」

「うん!」

しばらく歩いたあと、俺たちはとある路地裏の前にいた。

そこは、ゴミやら使わなくなった家具や壊れた機械・道具が散乱していた。

楽園にもこんな場所があったのか、さすが端っこだ。

「道あってる?ていうか通れるのかこれ…」

「わたしはいつもこの道で行くよ。さきに行っとくね。」

そう言って、路地裏をすいすいと進んでいく。さすが子供、身軽だ。

「はやくはやく〜」

ふと、振り返って手を振られる。

よし、せっかくここまで来たんだ。覚悟を決めろ、俺。

そうして俺は一歩踏み出した。


変な歩き方をしすぎて、そろそろ足がつりそうになってきた頃(20歳を過ぎると急に年というか、おじさんになったなということが多々ある。)

「カイお兄さん!ここだよ」

きらりちゃんが突然止まると、目の前を指さす。

そこには、どこか安心感のある温かい光がこぼれるカフェがひっそりと佇んでいた。

緑の少し古びた木のドアの前できらりちゃんがぴょんぴょんはねている。

ここか…。

「こんにちはー!」

元気よく入っていくきらりちゃんに続き、俺も店内に足を踏み入れる。

暗い木目調のテーブルや椅子が並び、小さなカウンターがある店内をクリーム色のライトが照らしている。

騒がしい毎日とはまるで別世界の落ち着いた空間。

あんな物置みたいな路地裏にこんな場所があったとは。

もっと観察しようと店内をぐるりと見回すと、俺の目はとある席に吸い付けられる。

小さな窓のそばの席。木漏れ日が差し込む温かそうな席で、緑のエプロンを着た人が静かに本を読んでいた。女性なのだろうか、腰の上ぐらいまであるきれいな茶髪を無造作に一つにまとめている。

「あずささーん、おきゃくさんだよー」

きらりちゃんはそう言うと、その人の方向にトテテテと歩いていく。

あずさと呼ばれたその人は、本から顔を上げるときらりちゃんをちらっと見て、その後ゆっくり俺の方を向いた。

ゾットするほど綺麗な瞳と目が合う。ツリ目がちで切れ長な目もあいまってどこか迫力がある。

というか、睨んでないか?不審者とかだと勘違いされてる?

確かに、よくよく考えたら、9歳の女の子が年の離れた知らないおじさんを連れているのは変な状況だけれども。

「おや、きらりがお客さんを連れてきたのかい。めずらしいねえ」

どうすればいいかわからず俺が立ち尽くしていると、カウンターのほうから声が聞こえてくる。

そこには、これまた緑のエプロンを着たおばあさんが立っていた。

おばあさんと言っても、背筋はシャンとしてるしエプロン姿が様になっている。白髪をお団子にしていて、カウンターに立つ姿はどこか気品がある。

彼女はおばあさんというより、マダムといったほうが良いかもしれない。うん、いいなマダムだ。

「このお兄さん、えっとカイさんって言うんだけど。ミケちゃんを助けれくれたの。だからおれいにここに来てもらったの」

「へえ、そうだったのかい。ありがとうございます」

「いえいえ」

マダムが頭を下げたのを見て、俺も慌てて頭を下げる。

どうも、年上に頭を下げられるのは慣れない。

「おばあ。カイお兄さんにコーヒーをプレゼントしていい?」

「もちろんだよ、今準備するからね。カイさんもどうぞ座ってください」

「ああ、どうも」

そう言って、俺はカウンターに座る。硬くて冷たい木の椅子。だけど不思議と心地よい。

にしても、ここはほんとに楽園なんだろうか。

楽園にもこういう雰囲気のカフェはよく見る。だけど、どこも完璧で客を絶対に癒してやるぞっていうやる気に満ち溢れている。

しかしここは、いい意味で客を迎え入れてる感じがしない。来るもの拒まず、放おって置くから好きなだけいてどうぞって言ってくれている気がする。

「お待たせいたしました。うちの自慢のコーヒーだよ」

ふと、俺の目の前にコーヒーが置かれる。

と、同時に香ばしくてどこか甘い匂いが俺の鼻をくすぐる。

コーヒーってこんなにいい匂いがするものなんだ。

俺は、おそるおそるコーヒーカップを手に取る。

「…美味い」

ひと口飲むと思わずつぶやいていた。コーヒーに移る俺の目がいつもの2倍くらいに見開かれている。

「ふふん。おいしいでしょ」

「ああ」

きらりちゃんと目を合わせて、ふふっと笑った。

おいしいものは周りを笑顔にするのに長けている。

きらりちゃんは、おかしを取ってくるーと元気に厨房の方へ消えていった。

「気に入ってくれてなにより。ところでお客さん、あんた楽園の人間かい?」

「そうだけど…俺のこと知ってるのか?」

「いいや、残念ながら。わたしはもう世間に疎いからねえ。でも、楽園に住んでる人間ってのはだいたい見分けられるさ。みんな同じような笑い方をするからねえ」

思わず、自分の頬をさすった。

そうなのか、何も変わっていない気でいたけど、俺も楽園の色に染まり始めていたのか。

他人の幸せと自分の幸せのために、自分自身をぶっ壊している尊敬すべき恐ろしい人たちに。

「でも、少し惜しいなマダム。俺は確かに楽園に住んではいたけれど、クビになったんだ。もうじき追い出される」

「クビ?」

突然、後ろから低い声がとんでくる。

見ると、さっきまで我関せずの顔で本を読んでいたあずさがこっちを怪訝そうな顔で見ていた。

というか、声からして男性だったのか。確かに、肩幅とか手の感じが女性のものではない。

「君のような人間がクビですか?」

「君のようなってどういう意味だよ。でもほら、ここにちゃんとクビの通告書がある」

俺が紙切れをピラピラしてみせると、あずさはひったくるようにそれを取った。

ちゃんとクビ通告書のはずだが、納得するどころか、怪訝そうな顔がさらに険しくなる。

「これもらうなんて、君一体何やらかしたんです?」

「…」

知らん。むしろ俺が知りたい。

というか、そんなにおかしいことなのか?クビなんて楽園にたくさんいるはずだろ。

「ところで、次の仕事とかは大丈夫なのかい?よかったらいい仕事を紹介してあげようか」

「それは大丈夫。ただ…」

「ただ?」

マダムがじっと俺を見つめてくる。後ろからは、今だに怪訝そうにこちらをみているあずさ。

こういうのを四面楚歌っていうんだろうか。いや、少し違う?。

「俺は、その…楽園でやり残したことがある」

「ほう、それはあとどれくらいかかりそうなんだい」

「わからない」

そう言って、下を向く。のんきにコーヒーを飲んでいたけど、一気に現実に戻された気がした。

先ほどまで鼻をくすぐっていたコーヒーの匂いはいつの間にかしなくなっていた。

「なるほどね、君の願いはわかった。そして、簡単に解決できる」

マダムはニッと笑うと

「カイくん。ここで住み込みで働いてみないかい?」

「え?」

思ってもみなかった提案に素っ頓狂な声が出る。

「安心しなさい。ちゃんと寝る場所もあるし、3食ついてくるし、少しは給料もでるよ」

「いや、そういう問題じゃないだろ。俺は楽園をクビになったんだ」

クビになったものは出ていかなければならない。それを引き留めたり覆したりできるのは上層部くらいだ。

マダムが雇ってくれてどうこうなる問題じゃない。

「そんなに深刻に考えなさんな。楽園はゴミ捨ては得意だけど、ゴミの処理は下手っぴだからね」

「それは何か違うのか」

「全然違うさ。ごみをただ捨てるだけなら簡単さ。決心さえつきゃ、バイバイしてあとは見ないふりをすればいい。でも、処理するってなら話は別だ。きちんと分類して、正しい方法で手放さないとずっと残り続ける。」

「なるほど。たしかに楽園は処理は下手だな」

「そうだろう。ただ、それはチャンスでもある。」

「チャンス?クビにされたのに」

「放っておいてくれるならこっちのもんだ。別に大人しく捨てられる必要はない。ゴミ捨て場でひっそりと力を蓄えることだってできる。ここは、上層部からほったらかされているところだから打ってつけの場所さ」

マダムは得意げに指をピンと立てた。

「そして、ここはゴミ捨て場みたいなもんだけど、世界で一番安全で清潔な場所って保証するよ」

マダムの言葉に近くで見ていたミケちゃんがにゃ〜〜おと同意する。

ゴミ捨て場、普段だったら近寄りたくはないが、クビになり、四面楚歌の俺にはぴったりな場所かもしれない。

「じゃあお世話にーー」

「ちょっとおばあ、俺もここに住んでいる従業員なんです。俺なしで勝手に決めないでくれます?」

「なんだあずさ、聞きたいことがあるなら聞けばいいよ」

マダムは手をひらひらさせた。

こいつ、あずさだっけ。従業員だったのか。確かにエプロンは着ているけど、こいつ接客もなんもせずに本読んでたぞ?普通そんなやつクビだぞ?

いや、ここにいるってここはこいつも楽園から追い出されたやつなのかもしれない。ただのカフェ店員にしてはやけに綺麗な見た目してるし。

「なんです。さっきからジロジロと」

「いや、別に」

「まあ、それは今どうでもいいです。それより俺から質問があります」

「質問?」

「ええ、あなた楽園でやり残したことがあるって言ってましたけど、何する気なんです?」

「ああ、言ってなかったっけ」

これからお世話になるのに、目的を言わないのはダメだな。

特に隠すようなことじゃないし。

「人探しをしてるんだ。カナタって名前の女の子」

「…カナタ」

それを聞いたあずさの瞳が揺れる。動揺してるんだろうか。

「聞いたことあるか?」

「いえ。…何か手がかりとかはあるんですか」

「何にも。だから2年近く探してるのに一向に見つけられてない」

俺は彼女を探すために楽園に来た。なのに、見つけれずにクビになんてなれない。

無意識に拳をギュッと握り締める。

一方あずさは、一点を見つめて考え込んでいる。

そんなに引っかかるんだろうか。


それから何分経ったか。

ふとあずさが顔を上げる。

「まあ、いいです。好きにしてください」

そう言い放つと、厨房の方に消えていく。 

えっと…オッケーということだろうか。

「すまないねぇ。あずさは人付き合いが好きじゃないんだ。最初は扱いづらいけど同居人として上手くやってくれ」

マダム(いや、もうおばあと呼んだほうがいいか?)がサラッと言ってくる。

正直不安しかないが、乗りかかった船だ。沈むなら沈むまで付き合ってやる。

「では、改めてよろしくお願いします」

「よろしくね」

そう言って頭を下げあう。

「なになに〜なんのお話〜」

きらりちゃんが大量のお菓子を抱えて駆け寄ってきた。いくつかポロポロと落ちてしまう。

俺はクッキーを拾い上げるとそっと渡す。

「今日からここに住むことになった。よろしくな」

「え!じゃあ、ここに来たらいつでもカイお兄さんと会えるの?やったー!」

やったねミケーっと、きらりちゃんは飛び回る。

その様子をみて、思わずおばあと笑いあった。


俺は笑顔が好きだ。

ちゃんと笑えているうちはどん底じゃないし

まだ前を向いて歩いていけるって信じているから。

そうやって生きてきたから。

だから、きっとこれからの道も歩いて行けるはずだ。

たとえ、いばらの道だとしても。








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