可愛すぎる転校生は、亡くなったはずの幼馴染だった・・・

水月 穹

第1話 Q.あなたにとって幼馴染とは?

 ビルの丸々一階層分を使った大きな本屋。その一角にある、ラブコメ系のラノベがびっしりと敷き詰められる棚に、俺はそう問いかけられた気がして足を止めた。


 ……恐らく、俺は疲れているのだろう。

 今朝方、日課のランニングの最中に出会った見知らぬ中年男性と無言で競い合い、普段の倍以上の距離を走ったことが原因かもしれないし、あるいは、成長期特有の、痛々しくなる病の類かもしれない。


 何にせよ、棚にずらりと並ぶ……タイトルに『幼馴染』の単語を含むラノベの数々が俺に、そう問いかけている。

 そんな気がしたのだ。


 俺はラブコメの詰まった本棚と真正面から向かい合う。

 緑の、黄の、青の背表紙が、各々に様々な幼馴染を、時にその細い背表紙で、時に鮮やかな表紙で語りながら、こちらを寡黙に、品定めでもするかのように眺めている。

 各々の思い描く、幻想的な幼馴染を前面に押し出しながら、俺の回答をただじっと待っている。


「……幼馴染」


 まず大前提として、俺には幼馴染と言われ、思い浮かべる人物はいる。国語辞典で説明される『幼馴染』の条件に合致する人物は一応は居るのだ。

 この面接に応答する、最低限の条件はクリアしている。


 では、俺にとって幼馴染とは何だろうか?

 思考を巡らせ、最も適当な言葉を探しながら、本棚を彩る現実離れした、多種多様な魅力溢れる幼馴染らに目をやる。

 

 明るくて、可愛くて、ちょっと抜けたところのある天然系美少女?

 一番人気じゃないけれど、クールで格好良い王子様系女子?

 クラスの隅っこに密かに生息する、素顔は可愛いメカクレ女子?

 或いは、高嶺の花の如く、カーストの最上位に君臨するハイスペック女子高生?

 

 否、そのどれも違う。

 少なくとも、俺にとって幼馴染はそんな可愛いものじゃない。

 そんな愛おしいものじゃない。

 とても推せるような存在じゃない。

 

 そう、俺の幼馴染を語る適切な言葉はきっとアレだろう。

 俺にとって彼女は……、


 赤黒い血飛沫と共に脳裏に染み付いた、鉄の匂いを纏うである。

 精神に根を張り巡らせ、時に激しく、時にねちっこく心身を蝕む、夢魔の主であった。


 俺の幼馴染・廻間はざまあかねは九年前……不幸な事故により、その短い一生に幕を下ろした。

 そして俺は、その瞬間を誰よりも間近で見てしまった。

 

 月日が立ち、高校生になった今でも、時折、当時の光景を夢に見る。

 場所は彼女の家。大層立派な西洋風な屋敷の聳え立つ、広い敷地の中……老朽により崩れた屋敷の外壁が、彼女の小さな体を、大きな音を立て飲み込んだ。

 あの瞬間は、今でも鮮明に思い出せる。


 一瞬だった。


 小さい体は瓦礫に押し潰され、俯せて見えない顔面付近からは、どろりと真っ赤な液体が流れ、じんわりと地面に広がっていく。

 瓦礫の一部が直撃した頭部は若干凹んでおり、髪の隙間から抉れた肉が見えている。

 飲み込まれた胴体部分の凄惨さは言うまでもなく、見るも無惨なもので……七歳の子供には、あまりに衝撃的な光景だった。

 直視出来ない程の過剰なグロテスクを視覚と聴覚、そして嗅覚で摂取した俺は、耐えられなかった。

 だから、俺の記憶はここで途絶えている。


「…………そうだ」


 それが、幼馴染・廻間茜との最期の思い出にして、今の俺の思い出すことが出来る、唯一の思い出であった。

 そう。俺は幼馴染と過ごした日々を、思い出すことが出来ない。

 もう彼女の顔さえ、明確に思い浮かべる事が出来なかった。

 俺の記憶の中の彼女は、生温かくも動くことのない、生と死の狭間にいる、あの無惨な姿で。

 顔は潰れていて、とても見れたものじゃない。

 どんな服装だったかも朧げで……彼女を着飾るのは、崩れた瓦礫と真っ赤な血肉。

 それを強烈な鉄の香水が最悪に彩る。


 これが、俺にとっての幼馴染だ。


 あかねは廻間家と言う地元じゃ有名な資産家の娘であり、大層な美人だったらしい。

 子供らしく、明るく活発な性格でありながら、大人びた品行方正さを兼ね備える。それ故、周囲からの評判はすこぶる良く、恐らく、そんな彼女と過ごした日々は暖かさと楽しさに溢れていたものだったと思う。

 そう、思う。

 最も、これらは周囲から聞いた話であり、そうであったと言う確証はないし、俺と彼女の関係は思う程良くは無かった可能性も大いにある。

 碌な思い出のない高校生の、悲しく、淡い期待である可能性は十分に有り得る。

 しかしまぁ、どうせ分からないのなら。思い出せないのなら、そう思う方が幸せだろう。思うのは俺の自由だ。

 だから、きっと楽しかったのだと思う事にしている。

 残念ながら、そう思ったとことで、悪夢が、トラウマが和らぐことはなかったが。


 今なお、幼き日の廻間茜との思い出の数々は、例の悪夢により重く蓋をされ、開けることは叶わない。


 蓋を開けた先にあるのが、幸福な記憶なのか。

 或いは、空虚な記憶なのか。

 この先の人生で俺が知る事はないだろう。

 血塗れの悪夢という蓋に、触れるつもりもないのだから。


 俺には、その勇気がない。悪夢に立ち向かう、度胸がない。

 九年の年月が経ち、心身共に成長した今なお、それは変わらることはなかった。


 もう一度言おう。

 甘ったるい、現実離れした、素晴らしきラブコメに浸された本棚よ。

 俺にとって幼馴染とは、現在を苦しめるだけの悪夢である。

 可愛げなんて、欠片もありはしない。

 九年もの長い年月を、日常を、あったかもしれない青春も幸福も奪い、その対価にトラウマと不調を授ける……災いを撒き散らす最悪である。


 その甘ったるく、長ったるいタイトルから、恐らくは幼馴染との楽しい青春の物語が紡がれているであろうと察せられる、ラノベたちを睨みつける。


「…………何やってるんだか」


 とりあえず、精神科に行こう。

 最近は悪夢を見ることもなくなり、こうして過去をふざけて語らえる程度の耐性も付いたものの、どうやら頭に致命的な後遺症を抱えているらしい。

 小っ恥ずかしさと、割と本気の不安が胸に込み上げてくる。


「帰ったら予約とろ……」


 精神的な病も、早期相談と早期治療が有用だからな。

 手遅れになる前に、新学期が始まってしまう前に、病院に行こう。



 ――最もこの数日後に訪れる出会いが、俺のこれまでの努力をすべて、無に帰すわけだが。

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