蛭と夜
森山太郎
第1話
僕と
夕子は突然やってきて生物部の扉を開いた。
部活動中だったのか上はレインウェア、下は短パンの格好をしていた。そしてひどく汗をかいていた。季節は六月を迎え蒸し暑い日が続いていたので、そんな日にランニングでもしたらこうも汗が止まらないのは当然であろう。不自然だったのは、そんな陸上部の夕子が生物部の部室を訪れたことだ。
「昼人君、今だいじょうぶ?」
「大丈夫。あっ、昨日はありがとう。体育着を拾ってくれて」
「あっ、それね。あれは、たまたま見つけただけだから……」
「それで今日はどうしたの?」
夕子は室内でもレインウェアを着たままだった。
「昼人君って、ヒル?に詳しいんだよね」
「そうだけど」
夕子は身につけていたレインウェアを脱ぎ、短パンノースリーブの短距離走の格好になった。そしてゆっくりと右腕を上げ、まだ日に焼けていない腋を昼人に見せつけた。
「外でランニングしていたらね、これくっついてたの……。どうしたらいいかな?」
夕子の腋の中心には茶褐色の細長い虫がついていた。
「蛭だ」
蛭は吸血後なのか、大きく膨らんでいた。普通のヤマビルのようにみえる。しかし、腋に吸い付くのは珍しい。通常落ち葉などに隠れているヤマビルは、靴を伝って登り、足首などに吸い付くことが多い。なにかおかしい。
「昼人君!」
何もせず、冷静に観察していたら怒られた。
夕子は右腕を上げたまま涙目になっていた。
「ごめん」
昼人は実験室のガスバーナーの隣に置いてあるライターを取りに行った。ライターの火を点けて、夕子の腋にそっと近づけた。
「蛭って無理に外そうとしても吸引力が強くて簡単に外れないから、火で炙って落とすのが一番なんだよ」
ぶら下がっていた茶褐色の蛭は肥え太ったからだをくねくねさせた後、ぽとりと下に落ちた。昼人はすぐにしゃがみこみ、ピンセットで蛭を拾い上げてプラスチック製の虫籠に入れた。
「お〜でかいでかい。こんな大きいヤマビルなかなか見ないよ。いっぱい吸ったんだろうね」
昼人は蛭が外れ、安堵した表情で直立する夕子を見た。
「ちょっと、また腋見せてくれないか?」
夕子はゆっくりと右腕を上げた。
「……ん?」
昼人は夕子の腋に顔を近づけ、あらゆる角度から観察した。本来ならあるはずのものが夕子の腋には見られなかった。
「なんで、血が流れないんだ?」
通常蛭は皮膚を傷つけそこから吸血を行う。その際に痛みをなくし、血液の凝固を妨げる「ヒルジン」という物質を注入する。そのため蛭が外れても、しばらく血が流れ続けるはずである。しかし不思議なことに、夕子の腋に血は一滴も見られなかった。
「蛭は最初からこの大きさだったの?」
「ううん、くっついているのに気がついた時は小指の爪くらいの大きさだったよ。その時よりも……」
虫籠の中の蛭は小指一本分ほどの大きさまで膨らんでいた。
「最初からこのサイズだったという可能性はないか……」
そもそも吸血をしていない。吸血をしない蛭であるという可能性は消えた。昼人は環形動物図鑑に描かれたヤマビルの背部の模様と、夕子に吸血していた蛭を見比べた。茶褐色で黒の縦線が走っていて、形態学的にどう見てもヤマビルだった。
「これとちょっと模様が違うね」
夕子は図鑑のヤマビルを指差して言った。さっきまで開いていた腋を閉じて腕を組んでいた。
「素人が何言ってるんだ、縦に黒線が三本走っているんだからどうみてもヤマビルだろ」
「昼人君これ、三本でなく二本に見えるけど……。あとなんか短い横線もあるよ」
「えっ」
蛭をもう一度観察すると、夕子の言うとおり背中の黒の縦線は二本で、短い横線も一本あり、アルファベットの「H」のような模様をしていた。
「よく気がついたな」
夕子は腕を組んだままにやけた。
「ところで、なんで腕を組んだままなんだ?」
なんで夕子は腋を隠しているのだろうか。部活動中はいつもその格好で練習しているはずなのに。
「えっとね、いつもはこんなじゃないんだけど……」
夕子はゆっくりと右手を上げた。
「なんか汗がね……、とまらないの」
水色の上着の右脇だけ紺色の縦のラインが入っていた。小麦色に焼けた二の腕とは対比的な白い腋から、透明な液体がだらだら溢れていた。
「もしかして……」
昼人は部室を漁りはじめた。本棚の一番奥にある、赤茶けたわらばん紙のノートを発掘して机に置いた。部屋に埃が舞った。
「いやー、こればっかりは創作かほら話かと思っていたんだ」
昼人はノートを捲り、とあるページを開いて右腕を上げたままの夕子に見せた。
「これは六十年前の部員が残した蛭に関する研究ノート」
ノートにはこう書かれていた。
『
「恵比洲祭りの時期って書いてあるから、おそらく梅雨。今と同じ時期なんだ。しかも……」
昼人はノートの端をトントンと叩いた。そこには背中に「H」の模様が入った蛭のスケッチが描かれていた。
「ということは……」
夕子はスケッチとプラスチックケースを見比べた。
「そう、これは汗蛭」
昼人は唾を飲み込んだ。
「である可能性が高い。あくまで可能性だ」
「可能性……?」
「今わかっているのは、模様がHのヒル類の虫が一個体見つかったということだけだ。汗が止まらなくなったのも偶然かもしれない。どういう条件で汗を吸うのか。本当に汗を吸うのか。汗が止まらなくなったのも汗蛭のせいなのか、別個体を用いて行動実験を行い初めてっ、汗蛭が見つかったと言える」
昼人は夕子に顔を近づけ早口で説明した。
「私、生物実験のことはよくわからないんだけど……、同じことをまた起こすのって難しいんじゃないのかな?」
夕子は眉根を寄せた。
「その通り。だから、条件はなるべく揃えるんだ」
「揃える……?」
夕子は首を傾げた。
「だから、夕子さん!」
昼人は夕子の両肩をがっしり掴んだ。
「君の汗を蛭に吸わせてほしい」
実験 No.1
・実験日:20240610
・実験者:昼人
目的
・アセビルの可能性があるヒル類(以下、アセビル)の形態観察と卵塊の採取
材料
・アセビル(N=1)
・夕子(女子中学生、14歳、陸上部)
方法
・夕子の右腋に吸着したアセビルを単離し、観察
・単離後1時間以内に形態観察
・解剖を行い卵塊が確認された場合は採取
結果
・外形、内部器官ともにヤマビルに酷似
・背部がヤマビルと異なり、縦に二本横に一本の黒線が見られる。アルファベットの
Hのような模様であった
・アセビルは衰弱していたので解剖。切開後、解剖台に透明な水溶液が大量に流出。流出した水溶液の匂いは、夕子の右腋を鼻で確認した際と酷似。また、粘度が高かった
・確認のため、非吸着部である、左腋、うなじ、右足首、左足首の汗の匂いも確認。流出した水溶液と似ていた
考察
・発見したアセビル個体は、以前報告されていたアセビル(恵比洲中学校生物部年報、1964年)と酷似していた。吸汗行動を示した可能性はあるが、現在は仮説にとどまる
今後
・採取した卵塊からアセビルを孵化させ、実験に用いる
・被験者として今後も夕子を用いる。被験者の身体情報、発汗量などに関しては未確認だが、本人の許可が取れ次第記載
夕子は陸上部の練習の合間を縫って、実験に付き合ってくれた。
実験 No.3
・実験日:20240621
・実験者:昼人
目的
・ランニング後のアセビルの吸汗行動の解明
材料
・アセビル(N=5)
・実験 No.1の卵塊から生育したアセビルを使用。10日でヤマビルの成体と同等のサイズまで成長
・夕子(年齢:14歳1ヶ月、身長:160センチメートル、体重:50キログラム、発汗量:他の陸上部部員と同等)
方法
・水分の投与や汗の採取は全て「実験者」が行う
・運動前に露出させた腋(今回は左腋)にろ紙を当て、発汗量を測定。汗を丁寧に拭き取る。その際匂いも確認
・恵比洲中学校の周囲でランニング(10キロメートル)
・運動後、左腋にろ紙を当てて発汗量を測定
・生物実験室の実験机の上に、右腕を上げた状態で静置
・匍匐前進などの運動性が確認できたアセビル5個体を選び、右腋に付与して15分間放置し、夕子およびアセビルを観察
結果
・アセビルは右腋中心部に向かい、動きを止めた
・アセビル投与前後で夕子の発汗量の増減は見られなかった
・アセビル5個体の長さと重さに変化は見られなかった
・夕子によると、以前のような強い吸着はなかったとのこと
考察
・アセビルの吸汗行動は見られなかった。ただし、発汗部位に対する正の走性はみられた。前回と同様ランニングを行ったが、再現しなかったことから、他の条件が吸汗行動に関わっている可能性が高い。汗は運動や食事や感情などによって成分が変わることが知られている。発汗を起こす様々な条件を試す必要がある
今後
・ランニング以外のスポーツをさせたときや、発汗を伴う料理を与えた際の吸汗行動実験を行う
実験 No.16
・実験日:20240706
・実験者:昼人
目的
・水泳後のアセビルの吸汗行動の解明
材料
・アセビル(N=15)
・夕子
方法
・恵比洲中学校屋内プールにてクロールを往復10本
・運動後直ちにエアーマットの上に夕子を静置し、水着で覆われていない体表面の水分をタオルで拭き取る
・汗が出てきたらアセビルの吸汗行動実験開始
・比較として「汗とプールの水」「プールの水」を染み込ませたタオルも用意し、それらに対する走性もテスト。それぞれの条件ごとに5個体のアセビルを用いる
結果
・アセビルは右腋にて動きを止める様子が見られた
・アセビル投与後、夕子の発汗量の微増
・アセビル5個体の長さと重さに変化はなし
・夕子によると、同級生にお姫様だっこされエアーマットに運ばれたこと、行動実験中、水着姿をじっと見られるのは恥ずかしく、そのことによる発汗量の増加の可能性があると指摘
・アセビルはプールの水が染み込んだタオルには正の走性を示さなかったが、汗とプールの水が染み込んだタオルには示した
考察
・アセビルの吸汗行動は見られなかった。ただし、発汗部位に対する正の走性はみられた。汗とプールの水が混ざったタオルでも走性は見られたことから、アセビルは濃度の低い汗も感知できることがわかった。再現するにはもっと特殊な条件下での発汗が必要なのかもしれない。また、実験者が被験者に影響を与えないよう細心の注意を払う必要がある
今後
・ここまであらゆる運動をさせても、激辛料理を与えても吸汗行動は再現しなかった。形態が異なるヒル類を見つけたということで、この研究は終わらせたほうがよいのかもしれない
プールでの実験を終え、夕子と食堂に来ていた。休日に実験に協力してもらったときは、お礼と夕子のコンディション維持を兼ねて何かしらご飯を奢るようにしていた。
夕子は喋らずにこっちをじっと見つめていた。
「何?なんか聞きたいことでも?」
夕子は箸を丼の上に置き、水を飲んだ。
「あの、失礼な質問かもしれないんだけど……、昼人君って女の子に興味がないの?」
「男の子にも興味ないけど」
誤解を生まないようはっきり答えた。
「じゃあ、実験で私の身体を凝視してたけど、その……ドキドキしたりはしないの?」
「しない。ドキドキも勃起もしない。オナペットにもしない」
夕子は目を見開いた。
「そういう知識はちゃんとあるんだ……」
「保健体育で習うだろ。一般的な性知識くらいある。ただ、そういうのにあまり魅かれないだけだ」
昼人はラーメンをすすった。
「蛭のほうが魅かれるってこと?」
昼人はうなづいた。夕子は俯いて丼のスープを見つめていた。
隣の列のテーブルではテニス部の男女がお昼ご飯を食べながら、来週の夏祭りについて話していた。
「昼人君、前より身長伸びたよね」
「夕子さんより、低いけどね」
夕子は苦笑した。
夕子は僕より背が高く、髪が長く、胸が大きく膨らんでいた。何かこういった身体的特徴が、吸汗行動と関係しないものか考えてみたが、いいアイデアは浮かばなかった。
「そういう視線、クラスの男子にも向けられるんだよね」
「あっ、ごめん」
「いいよ、どうせサンプルとしか見ていないんでしょ」
ばれていた。
「夕子さんは、その女の子として見られるのが嫌なの……?」
「嫌ってわけじゃないけど……」
連絡先の交換で盛り上がっていたテニス部が席を離れた。
「ある日突然あなたは女の子よって言われて、今まで自由に宇宙を泳いでいたのに、いきなり重力で地面に縛り付けられたような感じがして、ちょっとね……」
夕子は自分の身体を軽く抱きしめた。彼女の大きな胸がより強調される格好になった。
「昼人君は、ずっとそのままでいてね」
「いやだ。少なくとも身長はもっと伸ばす」
夕子は笑った。
食堂の外では小雨が降るなか、紫陽花の花が咲いていた。
「麦茶とってくるよ」
昼人は食堂の給水器から麦茶を2つとってきた。
「一応これで汗蛭の実験は終わりにしようと思う。ご協力ありがとうございました」
昼人は食堂のテーブルに額がつくほど深々とお辞儀した。
「で、何かお礼をしたいと思うのだけど何がいい?夏休みの宿題代行でも昼食のパン買い競争のパシリでもなんでもやるよ」
夕子は少し考えたあと、手のひらをポンと叩いた。
「それじゃあ来週の恵比洲祭りの日、お祭りの機材運ぶの手伝ってもらってもいい?」
夕子の家は恵比洲神社の分家らしく、お祭りの日は分家に置いてある機材を運び出さないといけないらしい。元々はその分家の神社にて恵比洲祭りを行なっていたが、山の中腹にあり、登るのが大変なことから今の恵比洲神社が建てられたらしい。
「うちはもう神事とかまったくやらないんだけど、七月十日だけは駆り出されて忙しいの。お祭りが始まる前には終わると思うんだけど、どうかな?」
夕子は目をキュッとつむり、手を合わせた。それは仏教ではないのだろうか。
「そんなんでよければ手伝うよ」
「ありがとう〜」
ぎゅっと僕の手を握った。夕子の体温は上昇していた。
食器を下げ、食堂を出たとこで夕子と別れた。
「恵比洲祭りよろしくねー!」
夕子は大きく手をふっていた。
周りの同級生たちがニヤニヤした顔でこちらを見ていたが、その理由が僕にはよくわからなかった。
「じゃあこれで最後かな」
夕子は最後の運び出しの荷物を
「思ったより、お前力持ちなんだな……」
石段十往復で息が完全に切れた。最初は同じ量の荷物を運んでいたが途中から半分に減らしてもらった。背負子のパッキングも夕子に任せ、本殿で大の字になって体力の回復に努めた。
本殿は祭り関係の機材と夕子の家の倉庫を兼ねているので荷物がたくさん置かれていた。昼人が寝転ぶ本殿の隅には町史や台帳など、古い書物が積み上げられていた。
「よしっ、もう一踏ん張りだ!」
立ちあがろうとしたところ、伸ばした腕が書物の山にぶつかり、床にちらばった。急いでかき集めた。
「あっ、別に気にしないでいいよ。そこらへんはおじいちゃんの捨てられなかった本とかだから」
先ほど聞いたのが、この本殿は数年前に亡くなったおじいちゃんがずっと管理していたらしい。ほこりまみれの書物を一つ一つ取り上げて重ね直した。ある一冊の本に目が止まった。『蛭汗神社の歴史』とだけ表紙に書かれているわらばん紙の本だった。
「それ、おじいちゃんの字だね。ひるあせ……?」
夕子は後ろから覗いていた。
「この字、どっかで見たことあるような気がする」
最近見た覚えがある筆跡だった。古い本、わらばん紙……。
「あっ!先輩だこれ!」
汗蛭について報告した六十年前の先輩と同じ字だった。汗の字のさんずいの三つ目を長くする独特の筆跡が一致していた。
「夕子さん、ちょっとこれ借りていい?蛭汗神社って書いてあるし、何か汗蛭に関係あるかもしれない!」
夕子は快諾した。夕子のお爺さんの本を携え、最後の背負子を麓の神社まで運んだ。
「お疲れ様でした。私は片付けとかまだやることがあるから、もう一度本殿に戻るね。昼人君はここで解散でいいから」
「了解。ありがとうな!」
手に持っている本を掲げ、夕子と別れた。昼人は恵比洲神社の境内の裏の石階段に腰を下ろし、蛭汗神社の歴史を読み始めた。祭りの準備で行き交う人や周りの音を気にせず没頭した。
蛭汗神社の歴史
蛭汗信仰が消えつつあるこの時代に、記録を残そうと思う。
元々、我々が住むこの恵比洲山の麓の恵比洲町集落はずっと、蛭汗村と呼ばれていた。汗蛭が住む
近年、この祭事は因習として捉えられるようになり、蛭汗信仰に関する情報は隠匿されるようになった。私は自由意思を尊重する現代において、性欲の奴隷とも思えるこの仕組みと決別することにした集落の人々の意志を尊重したい。それゆえに汗蛭に関して集めた知見を発表することは控え、このレポートに記すのみとし旧蛭汗神社に保管することにした。
昼人は本を閉じた。恵比洲山の上は真っ赤な夕焼け空に変わっていた。夕子はまだ本殿から帰ってきていない。
昼人は本を抱え、石段を駆け上がった。この一ヶ月のことを思い返した。石段を踏む音が響くたびに、記憶の断片の一つ一つが繋がっていった。ランニングコース、旧蛭汗神社、止まらない汗、再現しない実験、アセジン、落とした体操着。
境内に着いた。本殿には明かりが灯っていた。
本殿の扉に手をかけたところで、中から微かに声が漏れ聞こえた。僕には誰が何をしているかが予測できた。実験で何よりも嬉しいのは、立てた予測が当たったときである。
扉を開いた。外も蒸し暑かったが中はそれ以上だった。
「なんで……」
少女のか細い声が本殿に響いた。
体操着に身を包んだ少女は床に座り、僕がなくしたままのジャージの上着を口元に当てがい、股間をまさぐっていた。
少女の衣服は雨に打たれた後のようにぐっしょりと濡れ、下着のラインが浮き出ていた。どこから入ってきたのか、本殿の中をアセビルが無数に這っていた。少女の肢体に吸い付き、一ヶ月前に見た吸汗行動を再現していた。
少女はこれから怒られることに怯えているのか快楽に溺れているのか読み取れない、ぐちゃっとした表情をこちらに向けた。
泣いている子供をあやすように少女を軽く抱きしめた。これは僕の自由意思だろうか。
「夕子は悪くない。お爺さまのレポートに書いてあった。全部、汗蛭のせいだよ」
夕子の背中をゆっくりさすった。ねっちょりとまとわりつくような粘度の高い汗が、手のひらを覆った。
「だって、これも拾っていたのに、昼人君に返さなかった。昼人君に憧れてたから。昼人君を知れば、昼人君の匂いを知れば、私も昼人君みたく……。エッチな目で見られたくないって、言ってたのに、私が昼人くんをそういう目で見てたの……。ごめんなさい」
夕子は汗と涙でぐちゃぐちゃのゼリーになっていた。
「そんなのどうでもいいよ、これで汗蛭のことが全てわかった。再現もできた。すごいじゃないか」
夕子は異性の汗の匂いを嗅いで性的に興奮し、昔の蛭汗祭を偶然にも再現していた。
「さい……げん……?」
夕子は僕の両手首を掴み、押し倒して馬乗りになった。身動きが全くとれなくなった。
「だってまだ、わたしでしか実験していないよ」
夕子は背中に手を伸ばし何かを外した。両肘をたたんで半袖の体操着を脱ぎ、上半身の衣類を丸めて僕の口元に突っ込んだ。強烈な匂いがした。朦朧とする中、上半身裸の夕子の身体を見た。
「ほら、昼人君よく見て。汗蛭が何匹いるか数えないと」
夕子が前屈みになり顔と身体を近づけた。上半身には無数の汗蛭が吸い付いていて、数えきれなかった。さっき見た蛭汗祭の版画絵と同じ姿だった。腋、首元、額、胸の谷間、胸の側面、臍、汗が流れるあらゆるところに汗蛭は吸い付いていた。
「ぽとっ」
汗蛭が落ちてきたのかと思い、僕の胸元を見た。蛭ではなく大粒の汗だった。鍾乳洞の雫のように夕子の胸の先端から汗が垂れ、僕の鎖骨を穿ち、位置エネルギーの低いところを通って流れていった。まるで蛭が僕の身体を這って品定めしていくように。
「じゃあ……、しよっか」
夕子は身体を這う汗蛭を指でつまみ、僕の腋に押し付けた。
僕の汗蛭はすぐに大きくなった。
「再現実験」
実験 No.17
・実験日:20240710
・実験者:夕子
・材料:昼人
蛭と夜 森山太郎 @moriyamataro_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます