逃げれない宇宙戦争
ソウ=エターニッチ=サフル
逃げられない宇宙戦争
徴兵通知が届いたのは、昼休みにコンビニで弁当を選んでいた時だった。
軍なんて縁のない人生だと思っていたのに、気づけば俺は宇宙軍の制服を着て、
「後方勤務だから安心しろ」と笑う上官の前に立っていた。
敵文明は拡大が遅く、技術力も低い。
こちらの艦隊規模なら、押し切れる。
そう説明された。だから俺は、怖くなかった。
少なくとも、配属初日の朝までは。
通信室に入った瞬間、空気が凍っていた。
誰も声を出さない。
ただ、モニターに映る文字列だけが淡々と更新されていく。
《第17艦隊、通信途絶》
《ワープアウト地点に反応なし》
《残骸なし》
《救難信号なし》
《消失と判断》
俺は思わず笑ってしまった。
「また通信障害ですか?」と。
隣の通信士が、青ざめた顔で首を振った。
「……これで七つ目です。七つの艦隊が、同じように消えています」
未知の文明と交戦してから七つ。
七つの艦隊が消息を絶っているのに、敵の領域は広がっていない。
戦線も動いていない。なのに、こちらの艦隊だけが消えていく。
上官は言った。
「敵の新兵器だろう。だが恐れるな。次の艦隊を送る」
俺はその言葉を聞きながら、背筋が冷たくなるのを感じていた。
敵は攻めてこない。勢力も広げない。
ただ、こちらが近づくと“消える”。
まるで——
そこに“何か”が待っているみたいに。
第17艦隊の消失報告が上層部に送られた翌日、
俺は前線観測ステーションへの臨時派遣を命じられた。
「安全だ。敵は動かない」
そう言われたが、昨日からその言葉を信じられなくなっていた。
ステーションは小さな人工衛星のような施設で、俺はそこで“消えた艦隊のワープアウト座標”を監視する役目を与えられた。
ただの座標で何もない空間。
星も、塵も、残骸すらない。
……なのに、胸の奥がざわついていた。
「ここで艦隊が消えたんですか?」
俺は先任の観測士に尋ねた。
彼は答えなかった。ただ、無言でモニターを指差した。
そこには、昨日消えた第17艦隊の“ワープアウト予定時刻”と、
その直後に記録された“空間歪曲の微弱な揺らぎ”が残っていた。
揺らぎは一瞬だった。まるで、何かが“触れた”ような。
「敵の攻撃ですか?」
俺は聞いた。先任の観測士は首を振った。
「攻撃なら、何か残る。爆発痕でも、熱源でも、破片でも。
でも……何もない。
まるで、艦隊そのものが“吸い込まれた”みたいに消えるんだ」
吸い込まれた。
その言葉が、妙にしっくりきた。
俺たちは宇宙を“空間”だと思っている。
だが、もしも——
そこに“見えない何か”が漂っていたら?
その“何か”に触れた瞬間、
艦隊は質量ごと消える。
思い浮かんだ考えを、馬鹿なことだと笑い飛ばしたかった。
でも、笑えなかった。
その時、警報が鳴った。
《第18艦隊専用 帰還ワープゲート開通》
《ワープアウト座標:監視領域内》
《到達まで残り30秒》
俺は息を呑んだ。
「……また送ったのか?」
同僚となった観測士は、震える声で言った。
「頼む……今回は帰ってきてくれ……」
モニターのカウントダウンが進む。
10
9
8
7
空間が、わずかに揺れた。
6
5
4
揺らぎが広がる。
まるで、何かが“目を覚ました”ように。
3
2
1
そして——第18艦隊は、現れなかった。
残骸も、光も、通信もない。
静寂だけが残り、観測士が呟いた。
「……もう駄目だ。あそこには“何か”がいる。
敵じゃない。兵器でもない。あれは……“空間そのものの捕食者”だ……」
俺は震える手で報告書を作成しながら、理解してしまった。
これは戦争じゃない。
俺たちはただ、“見えない地雷原”に突っ込んで死んでいるだけだ。
第18艦隊が消えた翌日、
俺たち観測ステーションに届いたのは、信じられないほど短い上層部からの通達だった。
《第19〜25艦隊、同座標へ順次投入せよ》
七つ消えた。八つ目も消えた。
なのに、今度は“七艦隊まとめて”送り込むという。
俺は思わず声を上げた。
「正気じゃない……!あそこに艦隊を送っても、ただの虚無にされるだけだ!」
同僚となった観測士も震えていた。
「上層部は……何を考えてるんだ……?」
だが、上層部の考えは単純だった。
敵文明は勢力拡大が遅い
こちらは艦隊を大量に持っている
数で押し切れば勝てる
多少の損失は“戦略的には許容範囲”
……らしい。
許容範囲?
七艦隊が消えても?
俺は報告書の端に書かれた数字を見て、背筋が凍った。
「艦隊一つの建造費=惑星一つの年間予算」
そんなものを七つも失って、さらに七つ追加する?
敵文明を倒せたとしても、採算なんて取れるわけがない。
むしろ、倒す前にこちらが破産する。
それでも上層部は言い張る。
「敵は弱い。勢力拡大が遅い。我々は優勢だ。」
優勢?
どこが?
俺たちはただ、見えない地雷原に艦隊を投げ捨てているだけだ。
第19艦隊のワープ開始が通知された。
俺はモニターを見つめながら、
胸の奥が冷たくなっていくのを感じた。
「……これで九つ目だぞ……」
観測士が呟く。
「九つ目じゃない」
彼が言った。
「これから合計で“十四”が消えるんだ。
上層部は、艦隊を自国の栄光のため捨てるつもりなんだ……」
その瞬間、俺は理解した。
上層部は敵文明を倒すつもりなんかない。
ただ、現実を認めたくないだけだ。
艦隊が消える理由を認めたくない。
敵が“弱い”という前提を捨てたくない。
自分たちの判断が間違っていたと認めたくない。
だから、艦隊を送り続ける。
まるで、底なし沼に金を投げ込みながら
「もう少しで底に届く」と言い張る狂人のように。
そして艦隊は——やはり現れなかった。
残骸も、光も、通信もない。ただ、静かに“食われた”だけ。
そう理解させるような、データを取ってしまった。
俺は震える手で報告書を送信した。
《第19艦隊、消失。空間歪曲の揺らぎを確認。
敵の攻撃ではなく、“空間そのものの捕食現象”の可能性あり。》
送信ボタンを押した瞬間、
背後で観測士が呟いた。
「……これ、もう戦争じゃないよな。
ただの“餌やり”だ……」
俺は答えられなかった。
勇敢な艦隊すら消えた翌日、観測ステーションの外部センサーが、今までにない異常を検知した。
《空間歪曲、持続的反応》
《座標固定》
《未確認質量、複数接近》
俺は思わず息を呑んだ。
「……艦隊が帰って来たのか?」
観測士が震える声で答えた。
「今まで“消えるだけ”だったのに……今回は……“出てくる”……?」
モニターの中心に、黒い点がひとつ、ゆっくりと浮かび上がった。
最初は塵かと思った。
だが違う。点は膨らみ、形を持ち始めた。
球体で金属光沢の突起。
表面に微細なパターンが走り、まるで呼吸しているように脈動している。
「……地雷……?」
俺が呟いた瞬間、
その球体の周囲に、さらに無数の点が現れた。
一つ、二つ、十、百——
数えきれないほどの球体が、
まるで“空間の裏側”から滲み出るように姿を現す。
観測士が叫んだ。
「なんで……なんで動いてるんだ!?地雷って……動くものなのか……!?」
俺がたまたま昔の軍事に詳しかっただけ、地雷の概念を知らない同僚は混乱していた。
球体群はゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かってくる。
その動きは、兵器というより——
生き物だった。
ステーションの防衛砲台が自動で起動した。
《自動迎撃開始》
光の束が球体群に向けて放たれる。
直撃した球体は砕け散り、金属片となって飛び散った。
だが——
「なにか、おかしい……?」
砕けたはずの球体の残骸が、周囲の球体に吸い込まれていく。
そして、吸い込んだ球体が“膨らむ”。
まるで、食べて成長しているみたいに。
砲撃は続く。
砕ける。
吸収される。
増える。
砲撃は意味をなさず、観測士が震えながら言った。
「……あれ……生きてる……生きてるんだ……“捕食者”だ……!」
俺は言葉を失った。
球体群は、ゆっくりと止まることなくこちらへ迫ってくる。
壊しても壊しても、砕いても砕いても、数が減らない。
むしろ——
増えている。
ステーションの外壁に警告が鳴り響く。
《外部装甲に接触》
《質量異常》
《外壁、分解されていると推定》
分解——?
俺は窓の外を見た。
球体が外壁に触れた瞬間、金属が“溶ける”ように剥がれ落ち、
球体の内部へ吸い込まれていく。
まるで、宇宙に巨大なアリの群れがいて、
巣の材料としてステーションを解体しているようだった。
観測士が叫ぶ。
「逃げろ!ここはもう……持たない……!」
だが俺は知っていた。
逃げられない。
ワープすれば“引っかかる”。
通常航行では“追いつかれる”。
これは戦争じゃない。
これは——
宇宙に生まれた“生態系”との遭遇だ。
外壁が分解され始めた瞬間、
ステーション全体に緊急アラートが鳴り響いた。
《全員、脱出艇へ!》
《外壁崩壊まで残り120秒》
俺は観測士と共に通路を走った。
背後では、金属が“食われる”ような音が響いている。
ガリ…ガリ…ガリ…
振り返る勇気はなかった。
通路の角を曲がった瞬間、
前を走っていた整備兵が突然叫んだ。
「うわっ——!」
床の金属が波打つように盛り上がり、
そこから黒い球体が“滲み出る”ように現れた。
整備兵の足に触れた瞬間、
金属靴が溶け、肉体が“吸い込まれる”ように消えていく。
悲鳴は一瞬だった。
俺は叫んだ。
「走れ!!止まるな!!」
だが、次の瞬間——
天井からも球体が降ってきた。
「ぎゃあああああ!!」
仲間の一人が肩を掴まれ、
そのまま壁の中へ“引きずり込まれる”。
壁が食べているのか?球体が食べているのか?
もう分からなかった。
ただ、触れたら終わり なのは理解できた。
俺と同僚の観測士だけが、どうにか脱出艇に滑り込んだ。
扉が閉まる直前、通路の奥から黒い球体の群れが押し寄せてくるのが見えた。
まるで生きた波だった。
「発進!!」
観測士が叫び、脱出艇はステーションから離脱した。
背後で、ステーション全体が黒い球体に覆われ、
静かに、ゆっくりと“食われていく”。
俺は震える声で呟いた。
「……あれは兵器じゃない。あれは……宇宙の捕食者だ……」
観測士は答えなかった。
ただ、泣いていた。
脱出艇は自動航行で母星へ向かった。
帰還までの数時間、俺たちは一言も話さなかった。
仲間の顔が、次々と脳裏に浮かんでは消えた。
帰還ポートに着いた時、
軍の担当官が俺たちを迎えた。
「よく戻った。……他の者は?」
俺は答えられなかった。
観測士が震える声で言った。
「……全員、食われました。ステーションごと……」
担当官は眉をひそめた。
「“食われた”?何を言っている?」
俺は叫んだ。
「敵じゃない!!攻撃でもない!!
あれは……生きてるんだ!!宇宙に生まれた……地雷の生態系だ!!
艦隊を送れば送るほど……“餌”を与えるだけなんだ!!」
担当官は沈黙した。
だが、その沈黙の奥にあるのは理解ではなく、
ただの“困惑”だった。
俺は悟った。
——上層部はまだ何も分かっていない。そして、また艦隊を送るつもりだ。
俺は震える手で拳を握った。
「……止めないと。このままじゃ……母星も“食われる”……」
俺は母星に戻るとすぐ、上層部に直訴した。
「艦隊を送るのをやめてください!あれは敵じゃない、戦争じゃない!
ただの“捕食”なんです!艦隊は餌にされているだけなんです!!」
だが、返ってきたのは冷たい視線だった。
「根拠のない妄言だな」
「軍の士気を乱す気か?」
「観測士一人の証言で戦略を変えられると思うな」
そして、最後にこう言われた。
「拘束しろ。反乱の疑いがある。」
俺はその場で取り押さえられ、
軍刑務所へ送られた。
牢獄は地下深く、外の光は一切届かない。
俺は薄暗い独房で、壁に背を預けて座り込んでいた。
外では、艦隊が次々と出撃していく音が聞こえる。
出撃
消失
出撃
消失
その繰り返し。
俺は叫んだ。
「やめろ……!もうやめてくれ……!」
だが、誰も聞いていない。
ある日、牢獄全体が揺れた。
地震ではない。
もっと重く、もっと深い揺れ。
警報が鳴り響く。
《外周軌道に未確認物体多数》
《防衛艦隊、全滅》
《母星防衛網、突破されました》
《地表への接触を確認……》
俺は鉄格子にしがみつき、
震える声で呟いた。
「……来たのか……」
地雷文明と俺は呼ぶことにした。
あの黒い球体の群れ、宇宙の捕食者。
天井から、黒い球体がゆっくりと滲み出てくる錯覚が脳を支配する。
外では金属が溶けるように剥がれ、球体に吸い込まれていく。
俺は逃げ場のない独房で、ただその光景を見つめるしかなかった。
「……これが……終わりか……」
球体は壁を、床を、天井を、静かに、淡々と食べていく。
怒りも、憎しみもない。
ただ、そこにあるものを“資源”として取り込むだけ。
まるで、宇宙の自然現象のように。
牢獄の外から、都市が崩れる音が聞こえた。
人々の悲鳴。通信の断絶。建造物が分解される音。
そして、すべてが静かになった。
俺は独房の隅で膝を抱え、
ゆっくりと目を閉じた。
「俺たちは……戦争なんてしてなかったんだな……」
ただ、宇宙に生まれた“捕食者”に出会っただけ。
文明は戦って負けたのではない。
逃げられなかっただけだ。
球体が独房の中へ入り込んでくる。
俺は最後の瞬間、なぜか穏やかな気持ちだった。
「宇宙……お前が作ったものは……本当に……美しいよ……」
そして、世界は静かに飲み込まれた。
黒い球体が独房に入り込んだ瞬間、俺は自分の意識が“溶ける”ような感覚に襲われた。
痛みも恐怖もなかった。
ただ、自分という輪郭がゆっくりと薄れていく。
「ああ……これで終わりか……」
そう思った。
だが——
終わらなかった。
暗闇の中で、俺はまだ“考えていた”。
身体はない。声も出せない。感覚もない。
なのに、思考だけが静かに続いている。
「……死んでない?」
いや、違う。
“保存されている”。
俺は気づいた。
地雷文明は、俺を殺さなかった。
データ化したのだ。
突然、無数の視界が同時に流れ込んできた。
星々に破壊された艦隊の残骸。
小惑星を分解する群れ。
太陽光を吸収する巨大な構造体。
そして——
俺自身。
俺は球体の一つだった。
いや、正確には、
球体群の“意識の一部”になっていた。
「……はは」
乾いた笑いが、
声にならないまま脳内に響いた。
言葉ではなく、音ですらない。
ただ、目的だけが流れ込んでくる。
資源を取り込む
敵文明を分解する
自己増殖する
その中に、俺の意識が溶け込んでいく。
だが、完全には消えない。
俺はまだ“俺”だった。
球体群がゆっくりと母星の残骸から離れ、次の星系へ向かっていく。
その動きは、生き物のようであり、機械のようでもあり……
宇宙の自然現象のようでもあった。
俺はその中心で、静かに笑った。
「……結局、俺たちが“地雷原”になるのかよ」
皮肉でも怒りでもない。
ただ、乾いた笑み。
逃げられなかった文明の末路。
そして、逃げられなかった俺の運命。
球体群が加速する。
艦隊の光が伸び、空間が歪む。
俺は理解した。
次は、あいつらの番だ。
俺は止められない。
止める手も、止める身体も、止める権利すらない。
ただ、地雷文明の一部として進むだけ。
「……逃げられない宇宙戦争、か」
乾いた笑みが、またこぼれた。
その時
どこからともなく、声が響いた。
「君は徴兵100年だ。耐えて見せろ」
誰だ?
問いかける前に、答えが返ってきた。
「これを生み出したものだ」
その意味を理解した瞬間、
俺の笑みは、もう笑みではなかった。
逃げれない宇宙戦争 ソウ=エターニッチ=サフル @Sou_Eterniche_Safuru
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