『勇者に選ばれなかった俺が、世界を終わらせるまで』

@UNKOMA

第1話

勇者に選ばれなかった日、俺は自分が世界から切り捨てられたのだと思った。

 村の中央広場に立つ神殿の前で、水晶が七色に輝き、神官が声を張り上げる。「勇者の名が示されました!」

 人々は息を呑み、次の瞬間、歓声が爆発した。

 選ばれたのは、幼なじみのレオンだった。

 剣の才能があり、誰よりも明るく、誰よりも正しい少年。物語の始まりに立つには、あまりにも相応しい存在だった。

 対して俺は、剣も魔法も中途半端で、目立たず、ただ隣に立っていただけの人間だ。

 水晶は、俺の名を一度も映さなかった。

 ――選ばれなかった者は、ここで終わりだ。

 それがこの世界のルールだった。

 勇者は祝福され、旅立つ。

 残された者は畑を耕し、子を産み、語り部となって英雄譚を語る。それだけだ。

 俺もそうなるはずだった。

 だが、世界は一つの過ちを犯した。

 俺に、「知る機会」を与えてしまったのだ。

 勇者が旅立ってから三年後、俺は村外れの遺跡で奇妙な書物を見つけた。文字は古く、ほとんど風化していたが、不思議と内容だけは頭に直接流れ込んできた。

 そこには、こう書かれていた。

 ――勇者が魔王を倒した後、世界は必ず滅びる。

 最初は笑った。

 救済の象徴である勇者が、滅びを呼ぶなど、馬鹿げている。

 だが書物は、淡々と続いていた。

 勇者の勝利。

 魔王の消滅。

 均衡の崩壊。

 人々の繁栄。

 争いの激化。

 資源の枯渇。

 そして、終焉。

 しかも、それは一度きりではなかった。

 世界は何度も繰り返されていた。

 勇者が選ばれ、魔王が倒され、そして滅びる。

 そのたびに「最初」へと巻き戻され、同じ物語が再生される。

 神は世界を救うために勇者を選んでいるのではない。

 物語を維持するために、勇者を使っているだけだった。

 選ばれた者は、世界を動かす装置。

 選ばれなかった者は、最初から想定されていないノイズ。

 だから、俺は自由だった。

 勇者の剣は神の意志に縛られている。

 だが俺の行動は、どこにも記録されない。

 その事実に気づいたとき、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。

 世界を救う物語が、世界を殺しているなら。

 救済そのものが呪いなら。

 終わらせるしかない。

 俺は旅に出た。

 勇者を追うためではない。魔王を助けるためでもない。

 神そのものに辿り着くためだ。

 道中、レオンと再会した。

 光に包まれた彼は、あの頃よりもずっと遠い存在になっていた。

「世界を救うんだ」

 彼は迷いなく言った。

 俺は、少しだけ笑った。

「知ってるよ。だから止めに来た」

 剣を交えはしなかった。

 彼は勇者で、俺はただの人間だ。勝負になるはずがない。

 それでも、最後に俺は言った。

「お前が勝てば、世界は終わる」

 レオンは理解できない顔をした。

 勇者は、真実を知れない。

 それが祝福の代償だった。

 神殿の最奥で、俺は神と対話した。

 いや、対話ではない。一方的な確認だ。

 神は言った。「物語がなければ、世界は保てない」

 俺は答えた。

「なら、世界ごと終わらせる」

 選ばれなかった者の選択は、物語に修正されない。

 神の力は、俺には届かない。

 だから、世界は壊れた。

 勇者が魔王を倒す前に。

 滅びが繰り返される前に。

 光も闇も消え、音も意味も失われていく中で、俺は最後に思った。

 ――選ばれなかったから、ここまで来れたんだ。

 これは英雄譚じゃない。

 救済の物語でもない。

 ただ一人、勇者に選ばれなかった人間が、

 世界を終わらせた話だ。

 そして、もう繰り返しは起きない。

 誰にも選ばれない、静かな終わりだけが、そこにあった。

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