第6話 悲劇

 雪の妖精が踊り、雪舞う山。白い帽子をかぶった山は人を迷わせる。

 龍は言った、『龍も人も食う山よ。お前はいつ食われるのか?』と。

 雪山は言った、『私を食えるのはお前だけだ。お前が食わないのなら私は食われない』。仲睦まじい二人は雪で笑顔を作る。


「誰か! 誰かいないか~!」


 極寒の雪山、迷うは人。大きく口を開いたクレパスの中、背中から血を流す冒険者が声を上げた。

 必死に叫ぶ声は吹雪によってかき消される。動かなくなっていく体。冒険者は横になったまま絶望で空を眺める。

 横に流れていく雪、青い空を遮る雪のカーテン。空高く飛べば雪は無くなるのだろう。そんな力があれば死ぬことはない。冒険者はフッと笑って自分の最後を覚悟した。


「おじさん! 大丈夫ですか?」


 6歳になり、少し大きくなったビートがクレパスに降りてくる。背中に背負った大きな卵に冒険者は目を輝かせる。

 ビートは彼の血を見て血相を変える。ラトスに教えてもらった。血が出ているなら止血をしないとダメ。

 なんでもいいから布を押し当てて固めるんだよ。ラトスの声を思い出す。ビートは必死に冒険者のおじさんの背中を抑える。


「ぼ、坊主。いいんだ、俺はここで死ぬ運命だ。無駄だよ。それよりも、その卵を見せてくれ」


 冒険者は涙を凍らせて告げる。自分の最後を察した彼は最後にドラゴンの卵に触れる。

 雪山に龍はいる。この冒険者はその呪いのような噂を聞きつけてやってきた。

 幾人もの冒険者を食い尽くす雪山。彼もその一人となった。だが、彼は幸運だ。ドラゴンの卵に触れることが出来たのだから。


「ああ、これはドラゴンの卵か。これは坊主が手に入れたのか?」


 冒険者は見えなくなりかけている瞳でビートを見つめて問いかける。

 うつらうつらと語る彼にビートは頷いて答える。彼の症状が悪い、ビートでもわかる症状だ。

 ビートはドラゴンの卵を前に結びなおす。そして、冒険者を背中に背負いだす。


「温かい……。そうか、坊主は天使だったんだな。お迎えってわけだ」


 彼を背負ったビートはそのままクレパスを上る。小さな手でくぼみに手を乗せて一歩ずつゆっくりと上る。

 くぼみがないなら穴をあける。指が熱くなって、彼の小さな指の形に凹凸ができる。

 一歩一歩、ビートの息が白く輝く、確かに上っている。


「あと少し、あと少しだ。俺はドラゴンの卵を見つけたんだ。天使と一緒に帰るぞ……」


 必死にビートに捕まる冒険者。もう見えない瞳で空を見上げて声をもらす。

 彼の朦朧とした言葉を聞きながら、ビートは一歩一歩確かに上っていた。

 ビートは彼を声をかけて元気づける。まだまだ余裕のあるビートは簡単にクレパスを脱出した。

 揺れる手が吹雪で乾いていく。白い湯気が異常なビートの体温を物語る。


「あったけえ……。坊主ありがとな。もう何も痛くねえや」


「よかった。おじさんあと少しだよ。ラトスが治してくれる。ラトスは凄いんだ。お母さんも治してくれたんだから」


 冒険者はビートの背中でお礼を言った。ビートはそれに答えて村へと歩き出す。はぁはぁはぁ、吐く息が真っ白な道を描く。それほど早く走るビート。

 いつも訓練の為にやってくる雪山の頂上、尾根を走ってすぐにたどり着く。

 そして、見下ろす村へと駆け走る。ドラゴンの卵の熱と冒険者の冷たさに挟まれたビートは違和感を感じる。急がないと、そう思い速度を上げる。


「ついたよおじさん! ……おじさん?」


 村にたどり着いて背中のおじさんへと声をかける。返事がない。

 ビートはすぐに背中の冒険者を下ろす、力なく倒れる彼を支える。

 その力のない冒険者に不安がよぎるビート。すぐにラトスと声を上げる。


「どうしたんだビート!」


 家から飛び出してくるラトス。彼はすぐに冒険者に気が付いて診察してくれる。既に冷たくなっている冒険者、彼は首を横に振ってこたえる。

 『さっきまで話してて、ありがとうって言ってたんだよ?』、ビートはそう言って冒険者の体を揺らす。

 すぐにラトスが治してくれる。涙を浮かべながら冒険者に話しかけるビート。その声に悔しそうにするラトスは、唇をかんだ。

 彼も死んだ人を生き返らせることはできない。悔しさが唇から血を出させる。


「……雪の落とし穴に落ちちゃったみたい。偶々気が付いて助けたんだけど」


 冒険者との出会いを話すビート。助けられずに悲しくて涙をぬぐう。

 ラトスがお母さんを助けたように、僕も誰かを助けたかった。助けられたと思ったのに、そう悲しみを口にする。

 人を助けることがどれだけ大変なのか、ビートは身をもって体験することとなった。


「この人は見たことがある。町で何度か会いました。一攫千金を夢見て、人が入らないような洞窟や、山を探検して。怪我を見たこともあった。それでも彼は冒険者をやめなかった」


 ラトスは冒険者の顔を見て語る。

 冒険者の名前はダッツ。妻と子供の為に宝を探し、二人の幸せの為に身を粉にして冒険者をしていた。

 彼は愛した人の元に自分の足で帰ることはできなかった。

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