個人的練習帳

ぽるすみ・あち

第1話 個人的練習001 【桃太郎】~ 出会い ~


 ―――どんぶらこぉ……どんぶらこぉ……



 いつもと変わらない川の流れだった。

 いつもと変わらない川の流れの中に揺れる洗濯物を見つめながら、しかし、聞いたことのない独特の音を私の耳が拾った。



「……?」

 私は、なんの音?という当然の疑問を感じて顔を上げる。


 そして、その疑問を上回る混沌の事実が、私の眼前を通り過ぎていた。


 ―――大きな大きな、見たことのないほど大きな『桃の実』が、

    川の流れのままに、丁度いま、私の前を横切っていく―――



 どんぶらこぉ……どんぶらこぉ……



 桃の実は、私の胸元くらいまでの高さがある。

 幅もそれに応じてでっぷりとして、遠目にも好く熟れているのがわかる。

 まるまるとして鮮やかな桃色。実の表面の皮が、細やかに光を反射し瑞々しさを際立たせる。

 初夏に相応しい甘い匂いを振りまきながら、ゆらゆらと流れに揺れていて、それでいて確かな重みが見て取れる。

 だが、不思議だ。

 その大きさと裏腹に、桃は川底に引っかかる素振りも見せず、水面すれすれを滑るように流れていく。



 どんぶらこぉ……どんぶらこぉ……



 私の前を通り過ぎて、下流にある村のほうへ流れていこうとするそれを、一瞬、ポカンと呆けて私は見送ってしまっていた。

 が、思い直す。


 大慌てで、桃を追って走り出し、バシャリバシャリと大きな音を立てながら川中へ走り入る。


 追いすがった桃を、上から覆い被さるようにガシリと抱え止め、流れに逆らいながら岸へ引っ張ろうとする。


「重い!」

 その桃は、見た目どおりにずっしりとし、川の流れの勢いに乗ったそれは、私が覆い被さった程度の抵抗では簡単に止まってくれない。

 しかも、実の表面は思いのほかツルツルとし、大きさも相まって抱えることも一苦労だ。


 しばらく私は川の中で、その桃の実と格闘、いや独り相撲を演じ、止めて流され、流されては転ばされを繰り返した。


 ようやくして、流れの弱い川端へ桃を寄せることに成功し、ぜーぜー上がった息を整えながらその場にしゃがみ込む。

 もはや着物は、タライの水を何回も被ったかのようにぐしゃぐしゃで、今さら川の中に座ったとて、という状態だ。


 そして、その苦労の賜物を見上げる。


 なんだろう、これは。

 いや、確かに桃の実なのだ。これは、どこからどう見ようと桃の実。

 だが、この大きさは何だろう。

 こんなにも大きく育つ桃は見たことがない。


「ふふっ」

 私は知らず、笑いが零れた。


「ふふふっ!」

 今度は、心の底から笑う。

 どうしよう、なんということっ、どうしてしまおうこの桃っ!

 きっとおいしい。

 私の頬は、この桃を食べ終えたとき、果たして顔に張り付いていてくれるだろうか。落っこってどこかに行ってしまわないだろうか。

 ああ……わくわくする。


 なんにしても……。

 そこで私は、一度マジメな顔をする。


「どうやって家に持ち帰ればいいんだろう......」


 途方に暮れる私は、ただいつもどおり変わらない速さで流れ続ける川の流れを、呆然と見つめていた。

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