束祭允の両手  〜偽書『架空人物列伝』より〜

直三二郭

束祭允の両手  〜偽書『架空人物列伝』より〜

 六代九国時代に、束祭允そく さいいんと言う人物がいた。


 束祭允は『えん』と言う小さい国の生まれだったが、小さい頃にその国は『かん』と言う小さい国に亡ぼされ、家族と共に『てん』と言う国に移住している。


 『展』には束祭允の母の兄が武官をしていたため、束祭允は大人になるとそのつてを頼って武官となり、常に最前線にいたと伝えられている。

 これは故郷を滅ぼされた恨みから、『環』を自分の手で亡ぼす為に出世を望んだからだ。


 望みが叶い、『展』の国土に『環』が侵入を始めた時、束祭允は一軍を束ねる将軍の一人へとなっていた。『展』の王、羽耶児はやじは彼の希望を受け入れ、迎撃部隊を任せている。


 五万の兵士て進攻を始めた『環』に対し、束祭允が迎撃に組織した軍はわずか一万であった。これは本来の目的が時間を稼ぐためだからであり、その事については束祭允も承知している。


 しかし羽弥児の予想に反し、将軍達が十万の兵士を揃えて迎撃に向かう時には、既に束祭允の指揮する軍によって侵略したていた『環』の軍を壊滅させていた。


 将軍達と十万の軍が揃った時に束祭允は羽耶児に、このまま『環』に攻め入り亡ぼす事を提案。羽耶児もこれを許諾し、束祭允を総大将として進軍させた。


 『環』は抵抗したが、故郷を滅ぼされた恨みは大きく、ついには滅んでいる。


 これにより『環』の領土は全て『展』の物となり、これを聞いて羽耶児はたいそう喜んだが、同時に束祭允を恐れ、いずれは王の地位を脅かすとも考えるようになる。


 その為に羽耶児は先手を打ち、凱旋中の束祭允を捕縛する。羽耶児の許諾は束祭允が作った偽物とし、処刑する事に決めてしまった。


 しかし羽耶児は臣下の一人から、『環』の領土を自分の物とせず王に差し出した者を処刑するのは他の物がついて行かないと諫められ、束祭允は処刑を免れ、両手斬の刑とする事にした。


 両手斬の刑とは、罪人の手首から先を両方とも失う刑である。これによって王に逆らわない事を証明すると同時に、生活の糧は王が与えて、罪人に感銘させる事が目的であった。


 しかし羽耶児は束祭允の両手を切ると、親族全てを国外追放としてしまう。この時には束祭允の伯父は既に他界していた為に、逆らう事が出来ずこれを受け入れるしかなかった。


 束祭允の親族の多くは彼を憎しみながら去ったが、両手を失った彼には罪はないと考え、支えようとする親類もまたおり、その者達を連れて国を二つ越えて『さく』と言う国に居を構える事にした。


 数年後、束祭允は大士として『索』の朝廷に出席している。


 居を構えていた場所で揉め事が起こった際に、束祭允が間に入りこれを治め、これが多くなると王の耳にも入ると、王は直接に素性を聞く事に決めた。


 王の呼び出しに束祭允は応じ、聞かれるがままに経緯を話すと、王に仕える事を懇願されてしまう。


 同情されると思い束祭允は一度は断ったが、国外追放になっても今まで支えてくれた親類の為にと言われ、自分の事しか考えていなかったと恥じ、束祭允は願い出て王、究状師きゅう じょうしの臣下となった。


 大士として政治に携わり数年がたつと、他国から侵略された『展』から救援が求められてしまう。


 これに対して対応で朝廷は紛糾していた。助けると言う者、助けないと言う者、この機に乗じて『索』も侵略すると言う者、意見は割れ、究状師も決断を決めかねていると、この事に対して束祭允は一言も喋っていない事に気がついた。

 なので意見を求めると、束祭允は。


「『展』には思う所があり私怨を言ってしまうため何も言わなかった」


 そう答えた。それに対して究状師は私怨でもいいから言って欲しいと言うと、躊躇いながらも束祭允は答えた。


「私は『環』を滅ぼしたのは私怨もありましたが、『展』の王に許諾を得て実行しております。しかし亡ぼす事が出来たことで王は私を恐れ、無辜の罪で私に両手斬の刑にした上、私を国外追放しました。本来ならば両手斬の刑になった者は、王が生活の糧を与えるのが習わしです。そのような事をする『展』の王は、果たして助けた後に酬いてくれる事をするのでしょうか? それに『展』と『索』の間には二つの国があります。『索』が『展』を助けるならば、この二つの国を敵に回す事になるでしょう。それ程の動きに対して『展』は酬いる事は不可能と考えます」


 そう言われて究状師は。


「『展』の国はかつて『環』の国を滅ぼした臣下に酬いず、咎の無い者に罪を与え刑を執行している上、国からも追放している。自分の臣下にさえそう言う事をする王は、信用できるはずがない。助けた事で消耗した我が国に侵略するかもしれぬ」


 そう言って助ける事はしないと決め、ついに『展』は滅んだ。この事に深く感謝した束祭允は私心を忘れて仕えて、『索』の土地に住み続け八十八歳に亡くなっている。


 ある日、束祭允は孫に『両手を失った事で手からこぼれた物は多かったが、同時に手に入れた物もまた多かった。失わなかったら手に入らなかったものである』と語っている。


 転じて、大切な物を失った事がきっかけで、別の大切な物を手に入れた事を、『束祭允の両手』と言うようになった。



 偽書『架空人物列伝』の諺より抜粋。

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