02

 ── 任務完了、っと。


 青年は右手首を軽く一振りし、アスファルトの上と、俯せに転がっている男のシャツに、穢れた赤を散らした。


 ──これが仕事とはいえ……


 青年の右手首から先に生えているのは、通常の人間の右手ではなく、先端から根元付近まで血で染まった鋭い刃だ。


 ── やっぱキツいなぁ、色んな意味で。


 青年が小さく溜め息を吐くと、それが合図であったかのように、鋭い刃はぐにゃりと歪んで色と形を変え、本来の姿である人間の右手へと戻った。


 ──さ、帰ろ。


 事切れた標的ターゲットの死体は、青年が任務完了報告を送り次第、回収班の人間が処理してくれる事になっている。通常は殺害時そのままの状態か、工作班の人間により遺体や現場の状況を細工されたうえで放置され、翌日以降に世間を騒がせるが、今回は遺体が必要なのだという。


 ──誰が、何の目的で欲するのかなんて、俺には関係ない。


 スマホに内蔵された特殊なトークアプリで簡潔に任務完了報告をすると、青年は路地裏を後にした。居酒屋の多い表通りへと出て、酔っ払いたちの熱気や喧騒、香ばしい焼き鳥のにおいの中を進んでゆく。


「でさぁ、ようやく部長が来たわけよ。あのアホ、第一声、何つったと思う?」


「あたしももう三二よ? いい加減身を固めて、親を安心させたいわけ。なのに彼ったら──」


「すいませーん、さっき頼んだ唐揚げまだっすかあ?」


 青年は下戸なので、酔って楽しめる者たちが少々羨ましくもあった。

 

「あーっクソッッ! 今年こそこんな会社辞めてやるぞ!! 好きな事をやるんだ! オレらしい人生を取り戻すんだ!!」


 三〇代後半から四十路くらいの男が、店から出るなりそう意気込んでみせた。先に出ていた同僚らしき男女たちは無責任に盛り上げているが、果たして内心どう思っているのやら。


 ──俺も辞めてぇなぁ。


 青年は指の長い右手をぼんやり見やり、フッと小さく、自重気味に笑った。


 ──特殊能力なんて捨てて、普通の人間になりてぇよ、ほんと。


 昼は工場でアルバイト、夜は法で裁けない悪を始末する特殊能力者集団[三年闇鍋組]の暗殺者──。この二足の草鞋生活を続けて今年で一〇年目だが、青年はもう何年も前から限界を感じていた。


 ──つい最近、久し振りに新入りが来たらしいじゃないか、それも二人。だったら俺が抜けたっていいじゃんね?


 飲み放題を勧めてくる居酒屋店員の前を通り過ぎたあたりで、青年のスマホがジャケットの中で小さく震えた。仲間の一人から、世間一般において使用されているトークアプリにメッセージが届いていた。


《ヒマ? 良かったらこれから一杯どう?》


 ──だから俺は呑めないんだっつーの。いい加減覚えてくれ〝赤い天使〟ちゃん。


《場所は?》


 人混みを避けた道の端で簡潔に返信し、向こうからの反応を待つ。


 ──新人たちはどんな能力者なんだろうな。


 再びメッセージが届いた。


「……了解、っと」


 青年は最寄駅目指して再び歩き出した。その足取りは、ほんの少々軽くなっていた。

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三年闇鍋組 園村マリノ @snmrmarino

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