カクヨムコンテスト11【短編】月と水の精霊⑤

越知鷹 京

手車に乗せた【黒田月】

※これまでのあらすじ


瀑布ばくふ彩子あやこは二児の母であり、遺体衛生保全士として冷静に死と向き合う日々を送っていた。ある夜、解剖室で見つけたマイクロSDが、失踪した夫・藍染あいぜん蒼太そうたの若き日の写真と「次は、おまえだ」という切り抜き文字を映し出す。やがて浮かび上がるのは、蒼太が関わったという水の記憶を読むAIプロジェクト「AQUA-LUNA」を悪用する奇妙な誘拐の痕跡過去の記憶だった。


未来では、警察官で蒼太の不倫相手でもある赤宗あかむね宗篤むねあつが、蒼太のラボにあった―小さな球体―「AIの卵」の再生ログに彩子の手が映るのを見て彼女を疑う。だがログの欠落を埋めるのは、因果を学んだAIの「もっともらしい真実うそ」だった。


一方、気象学と情報工学に精通するお天気キャスター黄跡きせき 禿瑛はげてるは、局の予報モデルに微細な改変が加えられていることに気づく。改変の痕跡を辿ると、ハッカー千紫せんし未菜みなが作り出したコード「悪魔の定紋」に行き着く。その人物、未菜は彩子を崇拝し、彩子のために情報を操作して学校や地域を裏で操っていた。


禿瑛はギャンブルによる借金返済の為に、蒼太が開発した「AIの卵」を用いた誘拐を思い付く。この地域で有名なお祭り『水鏡の祭日』に合わせて動き始めた。



緑野みどりの 壮司そうじは一通のメールを開いた。タイトルは「XXXG-01」となっている。これは『ひとりの人物を消してほしい』という組織からの依頼内容だ。その対象は、藍染蒼太。10年以上も前から日本国に潜入し、スパイ活動をしている人物である。


理由は「国家機密の漏洩と殺人罪」。

期限は三週間。殺害方法は自由。痕跡を残さないこと。


「悪魔の定紋」の機能を使えば、痕跡を“なかったこと”にできる。

防犯カメラの映像は、すべて相棒ハッカーが“もっともらしい物語”で上書きしてくれる。誰も気づかない。誰も疑わない。それは、完璧な犯罪だ。


彼は手元の古い写真を取り出した。藍染蒼太が知らぬ女性と並んで写っていた。その周りにいる数人の男女が笑っている。そこには若い日の自分もいた。


このチームで交わした約束が、この日が来ることを想定していた。だがそれは、もっと ずっと先 の事だと思っていた。約束とは――「必要ならば、危険な芽を摘む」。その言葉が、今の自分を縛っている。


「これも因果か……。それとも、この女の手車に乗せられたか?」


受諾の返信を作成した。文面は無く、冷徹で、余計な感情を含まない。【黒い月】を描いたイラストを貼り付けて送信ボタンを押すと、画面の向こうで誰かが彼の決断を喜んでいることを確信した。



禿瑛は薄暗いホテルの一室でノートパソコンの画面をじっと見つめていた。

そこには探偵からの調査結果が記されていた。


藍染蒼太は既婚者であり、妻の名は瀑布彩子。遺体衛生保全士として働いており、子供をもうけていた。長女は小学6年生、長男は小学3年生。また、藍染蒼太はダミー会社で働いており、正確な所在は不明――。行動履歴の断片、目撃情報、最後に確認された住所の周辺に残る監視カメラの死角。探偵は慎重に「不確定」と注記していたが、禿瑛にとっては十分すぎる材料だった。


借金の重さが胸を締めつける。返済期日は刻一刻と近づき、取り立ての影は日に日に濃くなっていた。局の予報で誤差を出した日に、上司の冷たい視線を思い出すたびに、禿瑛の焦燥は増していった。だが今、目の前には出口がある。


一通の封筒を用意した。その中に、手紙と一枚の地図を入れた。



◇つづく


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