サヨナラなんて、信じない
藤原 清蓮
私の手は、貴方を忘れない
手放したのは、私からだった。
私は、冷たく空っぽになった自分の手を見つめ、口を歪める。泣くのを我慢する唇は、プルプルと震えて、余計に辛さが増す。
お互いもうずっと一緒だと思っていた。何があっても大切にするから、サヨナラする事なんてない。なんて、根拠のない自信があった。貴方も、同じ思いだと私は信じていたのに……。
私は自分の掌を見つめ、もう感じる事のない手の中の温もりや重み、そして、あの衝撃の出会いを思い出していた。
あの日、貴方に出会ったのは、本当に偶然だった。それまで、誰に対してもさほど興味も無かったのに。誰でも同じだと、思っていたのに。その考えを、貴方が変えてくれたの。
貴方の姿を見た時の私の衝撃は、きっと何にも例える事なんて出来ない。貴方は、誰よりも美しい佇まいで、誰よりも輝いて見えたの。
私からの一目惚れだった……。私が手を伸ばしたら、貴方は黙って受け入れてくれて。私の手にそのまま収まってくれた。私の掌は、すぐに貴方の存在を「前から知っていた」と言わんばかりに動き出し、絡めた指先が、しっくり馴染んで。もう、貴方しかいない。貴方が、私の運命なんだって……そう信じて疑わなかった。
貴方に呼び出されるたび、私の鼓動はトキメキで溢れ、少し離れただけで、もう落ち着かなくて。早く貴方に会いたい、貴方に触れたいと思った。寝る瞬間まで、私の手を受け入れてくれて。毎朝、起こしてくれる貴方の優しさは、朝から私に元気を与えてくれた。起きてすぐ、貴方に触れられる喜びは、きっと何にも変えがたいものだわ。
大好きで大切で。この先何があってもずっと一緒だって。そう思っていたのに。
なのに……まさか、貴方がウィルスに感染するだなんて……!
どうにか治す方法は無いのか、色々調べたし、貴方が治るならと、何処にだって行った。中には怪しげな店にも行った……だけど、何処へ行っても言われた言葉は、同じだった。
「もう、手遅れです……」
そんな事、一度だって想像すらした事も無かった……。
あまりに突然の別れに、私はもう一人でどうやって生きていけば良いのかすら、分からなくなって。
ねぇ、貴方……私、貴方以外にはもう考えられないのに。友達がね「もういい加減、諦めて次へ行け」っていうの。
「なんで壊れるのよぉ、スマおぉーー!!」
高校の学校帰り。
中学生の頃に買ってもらったスマホが壊れ、お別れした私の泣き声が、ファストフード店に響いた。が、友達3人によって、即制された。
慣れた様子で私の口を押さえ込んだ幼馴染のカズが言う。
「スマホに名前付けるやつなんて、お前だけだぞ?
続いて、親友のみーちゃんが、何とも言えない嫌そうな顔で私を見遣り、これまた嫌そうな声でいう。
「捻りもなんもないダッサイ名前。恥ずかしいから叫ばないでよ。だいたい、壊れてからもう一週間も経つのよ? いつまで嘆いてんのよ」
「てか、そろそろ本気で新しいの買ってくださいよ、先輩。連絡取りたい時に取れないの、本当困るんです!」
部活の後輩が追い打ちかけるように言う。
「私の手にピッタリフィットして、操作しやすくて、画面が壊れようとバッテリーが持たなかろうと、ずっとずっと私に寄り添ってくれたの【スマお】は! その【スマお】を忘れろっていうの!? 次の機種へ行けって……そんなの【スマお】への裏切りじゃない!」
私がテーブルを拳でダンと叩けば、みーちゃんが「うるさい」と言いつつ自分のスマホをイジリながら言う。
「なら、同じ機種買ったらぁ? まぁ古すぎるから中古しか無いだろうけど……あ、出てきた。ほら、やっぱ中古しかないよ」
「中古は他の人が使ってたから、変な癖とかありそうで嫌だ」
スンとした顔で言えば、カズが「めんどくせぇなぁ」と呟く。
あ? なに? 聞こえてんだけど?
「でも、中古買ったとしても、古いやつだと使えないアプリとか出て来ません? アプデも終了したりとか」
「それな」
「だからこそ、新機種買いなさいよ、いい加減さ」
三人に立て続けに言われ、私は口を尖らせる。
「それって、浮気じゃん」と言えば。
「違うから」と、すかさずみーちゃんが言う。
「みんな、わかってない。【スマお】は、いつだって私の側で優しく見守ってくれてたの。着信音はキラキラして、嫌な奴からの電話だとしても着信音だけで癒してくれて(貴方に呼び出されるたび、私の鼓動はトキメキで溢れ)体育で【スマお】と居られない時の落ち着かなさ(少し離れただけで、もう落ち着かなくて。早く貴方に会いたい、貴方に触れたいと思った)寝る直前までアプリで漫画読み放題!(寝る瞬間まで、私の手を受け入れてくれて)毎朝スヌーズで何度だって諦めずに起こしてくれて!(毎朝、起こしてくれる貴方の優しさ)こんな素敵な【スマお】以上に良いスマホなんて、あるわけない!」
「あります」
「今の方が断然いいからな? 進化してんだよ、スマホは」
「先輩、依存が過ぎますよ……ちょっと引くレベルです……」
「そのスマホ依存症が、一週間もスマホ無しでやってんのも、なかなかスゲェよな」
「そんだけ【スマお】への愛が強いって証拠!」
「愛って言っても、もう無いんだから諦めなさいよ」
言いたい放題言いやがって。フンだ。
不貞腐れつつ、私はふと、もうない自分のスマホを探して時間を見ようとした。が、あ、もう無いんだった……と、再び悲しみが押し寄せる。
「いま、何時?」と誰にともなく訊ねれば、みーちゃんが「もうすぐ16時」と答えてくれた。
「カズ。うちのお母さんに、今日の夕飯はハンバーグがいいって言っておいて」
「……いいけど。そろそろ俺を連絡ツールにすんのやめてくれ」
「カズ先輩……お疲れ様です」
「ん、サンキュー」
「ね、真歩。みんなに迷惑だから、さっさと新機種買おうか。あたし、いつでも付き合うし」
「あ、真歩。オバさんから返事来た。もうカレー作ってるからダメだって。あと、俺に毎日ごめんね、真歩に早く新しいスマホ決めなさいって言ってくれって来てるぞ」
「うぐぐ……」
三人が呆れ顔で私を見る。
私は口をへの字にし、出てもいない鼻を啜ったのだった。
スマお……会いたいよぉ。グスン。
それから2日後――
放課後、母と別れてみんなの待ついつものファストフード店へ向かった。そして、私の手には新しいスマホが収まっていた。
「これからよろしくね、スマと♡」
私がニマニマしながら、【スマと】にどんどんアプリを追加していく。
「スマと……? また名前付けてんのかよ……しかもまた男みたいな名前……」
「真歩先輩……この情熱が恋愛になった時、どうなるんですかね……」
「恋愛依存症ってこと? なら大丈夫よ、真歩にはカズがいるもん。ね、カズ?」
「な、なんで! 俺関係ないだろ」
「えー? だって、幼稚園の頃から真歩一筋じゃぁん」
「ち、違う! 単なる腐れ縁だ!」
「え、何ですか? その面白そうな恋バナ! 聞きたい、聞きたい!」
「カズはさぁ――」
「おい! 宮沢! ちょっとお前、黙れ!」
何やら三人が騒がしいけど。
私はお構い無しに、新しいスマホこと【スマと】に夢中で……もう、絶対ずっと一緒だよ!
スマと♡
終
サヨナラなんて、信じない 藤原 清蓮 @seiren_fujiwara
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