一目惚れした彼は、まっすぐ明日を見ていた

夏凪みつな

1話

 彼の目を見た瞬間、私の時が止まった。まるで、私の世界だけがカメラに切り取られたかのようだった。


 彼について話している先生の声が、だんだんと遠くなる。私の意識は、完全に彼に奪われてしまった。


 小刻みなリズムが身体の中心から響いてくる。一瞬で熱が全身に駆け巡り、身体がふわっと軽くなる。

次の瞬間には、教室の窓から見えるケヤキの葉が、風に吹かれてざわざわと一斉に音を立て始めた。


 静かだけど、その奥底に熱い何かを宿したような切れ長の目。大きな覚悟が感じられる、一文字に結ばれた口。

 凛とした佇まいに、私の背筋も伸びる。突き刺すような目線で、まっすぐに前を見る彼は、今何を思っているんだろうか。


 いくら考えたところで、今を安穏と生きている私に分かるはずもなかった。確実に分っているのは、その瞳に、私は写っていないということだけだ。


 静かな風が新緑の匂いを運び、ふわりとカーテンを揺らす。高鳴る胸の、ほんのひと欠片だけ、モノクロの寂しさがにじんだ。


― どんな風に笑うんだろう


 見れるはずのない笑顔を脳裏に浮かべる。再び騒がしくなった胸の音が、容赦なく私の感情を自覚させた。


― 一目惚れなんて……


 行き場のない感情を自覚した瞬間、針で突き刺したような痛みが心臓を襲った。思わずシャーペンを握る手に力が入る。


 笑顔を見ることも、声を聞くことも叶わない。ただ見つめることしか出来ない。そんなもどかしさから逃げるように、私は目を閉じた。


 ゆっくりと息を吸う。プールの準備でもしているのか、ケヤキの匂いに混じって、わずかに塩素の匂いがした。


 スピーカーからチャイムが流れ、授業の終わりを告げる。購買のからあげ弁当争奪戦に負けまいと、礼もそこそこに、我先に教室から流れ出て行くクラスメイトたち。


 窓の外を見上げると、雲一つない真っ青な空に、一筋の飛行機雲が浮かんでいた。


―せめて、この時の彼が望んだ日本に、今がなっていますように……


 そう願って、歴史の教科書を閉じた。

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