花冠の王 君懸草と白詰草

すずなり

花冠の王 君懸草と白詰草

北風が白い大地を撫でる白の国には、二つの国花があった。君懸草と白詰草である。その花々は、国の誇りと人々の思いを静かに映していた。


白の国は、城塞をそびえ立たせ、陸軍最強と称される国である。だが兵力だけではない。冷涼な気候を生かした酪農が盛んで、肥沃な土壌には白詰草が絨毯のように咲き誇っていた。白詰草から採れる蜂蜜はケーニヒクランツ(花冠の王)と呼ばれ、国の外貨を稼ぐ特産品として珍重されていた。その蜜の名は、若くして白の国の将軍となったリリエンタール公をも虜にするほどに甘く、純粋で崇高な味わいがあるという。


白詰草は、古来は辺境の精霊信仰を象徴する草であったが、いつしか恋人への贈り物、婚姻の証としての意味を持つようになった。なかでもフォリフォリ農園では、広大な白詰草の農地をミツハ、ヨツハ、イツハと呼ばれる三匹の精霊が管理しており、なかでもイツハの蜜は外の世界でも金貨以上の価値があるとされた。しかし、イツハ自身は自分の農地を出たことがなく、外の世界を知らなかった。


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一方で白の国の辺境、ブルーメンタール。そこには君懸草の群生地があり、「ブルーメンタールの姫百合」と呼ばれた若き兵士キミカゲの名に由来するという逸話が残る。キミカゲは斥候として小隊に所属しており、外地へ赴く前にしばしばフォリフォリ農園に立ち寄っては、イツハと戯れた。


「いつかキミカゲと一緒に旅をしたいわ」

「ならばこの地を捨て私とともに旅にへ出るか?」

「ご冗談でしょう」

「イツハ、私の妻となれ。愛している…本気にしたかい?」

「まさか…皆に同じことを言うのでしょう?」


互いに想いながらも、本気になれない二人。イツハは、自ら作った蜜を瓶に入れ、緩衝材として白詰草をぎっしりと敷き詰めた。


「いつか私を連れて行って」

「約束」

「私を想って」


願いを込めながら。


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キミカゲの任務は、敵国・黒の国への遠征であった。その出発前日、彼は旅立ちの前に君懸草の花束を五つ葉に手渡した。


「この花は私の故郷で花嫁に贈る花だ。任務が終わったら必ず迎えに行く」

「また、ご冗談を」


その日以来、イツハの花びらのような白い髪にはわずかに淡い紅が差したという。しかし、キミカゲは二度と帰らなかった。


小隊は黒の国へ向かう途中、深き森で百蛇の化身である大蛇に襲われた。三日三晩に及ぶ死闘の末、瀕死のキミカゲは倒れ、森に血を滴らせた。


だが、森の精霊たちは、若く清らかな魂に心を痛め、倒れた地に白く可憐な君懸草を咲かせた。以来、君懸草は美しさに反して致死性の猛毒を持つようになった。大蛇の猛毒を浴びつつも、戦友や森の草木を守ったためである。こうしてキミカゲは讃えられ、白の国の国花となったのだった。


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時は流れ、私はしがない商人となった。そして、丁稚奉公にきている緑の国出身の少年にこの昔話を語った。


「そのキミカゲという兵士、私が昔、外地で傭兵をしていた頃の同期でね。最期にイツハの名を呼び続けたので、骸のそばで咲いていた花を摘み、農園に連れて行った。それ以来、キミカゲは精霊に姿を変え、イツハと仲睦まじく暮らしている。農園に一輪だけ、毒のない君懸草が寄り添うように咲いているのさ」


「そっかー。良かったですネ、旦那!」


「実は坊のふるさとの国の旅の行商に贈った蜂蜜は、その君懸草の猛毒を浴びたといわれる五つ葉の『花冠の王』なんだ。あの棚にある蜂蜜もその1つだよ」


その猛毒は体に入ればあっという間に死に至る危険なものだ。蜂蜜とは名ばかりの毒薬として取引されている。しかし少年は「僕は毒耐性持ちだから全く平気デス。何でも美味しく食べられるヨ」といい、恐る恐る一口舐めた。思わず私は笑ってしまう。まったく、どれだけ食い意地がはっているのか。


「舌の上にのせると、まろやかで濃密な甘さが口の中にふわっと広がる…初夏の清涼な風が草原を吹き抜けていくような味デシタよ♪」

「良かった…蜜の中に君懸草の香りは?」

「微かに…鼻に抜けるように感じまシタ…そうだ、僕のふるさとで、5月に贈る風習がアルと聞いていマス。ええと、死ぬほどスキ?」

「はは、そりゃあまた物騒だな」


私は感慨深く、花冠の王の瓶に触れる。戦友はこの琥珀の中で、愛する白詰草と溶け合い、一つになっているのだ。たとえ猛毒であろうとも、彼らの幸せを祝福せずにはいられない。


少年の勇気を讃え、今日の彼の給金を少しだけ上げることにした。瓶の蓋を閉め、私は昔話を終える。


そして窓の外、初夏の風に揺れる白詰草の花々が、遠い北の国の記憶とともに、そっと私たちの背中を押しているかのようだった。君懸草の香りと甘い蜂蜜の余韻が、まだこの小さな店に漂っている。

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花冠の王 君懸草と白詰草 すずなり @crampon_3

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