アサモヤ、ユズ花

こはく

 

 寒空の下。私は君の足音に続く。シンとした伽藍洞の坂を上ぼる。

 朝靄に霞む荒い吐息、悴んだ柔らかい指は手袋も付けず午前六時台の冷気に晒され続けている。私は到底――十二月二十五日、風邪引いちゃいけないからと渡した手編みの――赤い毛糸の手袋の行方を探れるような人間ではなかった。

 薄明。異様な冷淡さを帯びた寒色と飴色の暖色が混じり合う空の下。もっとも後者に至ってはこの極寒な世界には非常に分不相応であった。二人ぼっちの、ほのかに寒色な世界。報われない世界に、陽が差し込む。地平線から、引き裂くみたいに。

 「どうしたん? そんな仏頂面して」と君は言う。低血圧で怠いだけと私は答える。そしたら君は「そうなん? ならよかったわ。怒ってないんやね?」なんて気の抜けた似非関西弁で返す。別にとだけ答える私。本来六時集合の筈だったのに、君が遅刻したせいで三十五分間もひとり身震いするはめになったことについて思うところがないわけでもなかった。だが私の方から半ば強引に誘ってしまったことへの引け目もあったので水に流した。


 一緒に初日の出見に行こうよ。なんて私が君に言うのもおかしな話だったけど。「ええよー何時どこ集合?」と毎度おなじみ、気の抜けた似非関西弁で返す君も十分変人だ。私たち似た者同士。ブルーモーメントの空の下では似た者同士。


 「初日の出!」君は言う。「初日の出だよ。よかったね! 間に合ったよ!」

 君は言う。柚子色に照らされた坂のてっぺんで。

 嗚呼、結局何も見れなかった。初日の出も、君の無邪気な顔も。


 ねえ。私、今泣いてる。泣いてるよ。世界が、君が滲む。朝靄に霞んだ空みたいに。

 恋は盲目。

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アサモヤ、ユズ花 こはく @kohaku17

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