目指せ!ダンジョン成金
冥府調味料タルタロソース
第1話 アルロアの針
『―――住宅街を巻き込むように出現した大穴は、現在もその範囲を拡大しており、付近の住民に対して避難指示が行われています』
ただでさえオワコンのテレビが、とうとうネットを真似てフェイクニュースまで流し始めた。そう思いたくもなったが、どうも事実らしい。珍しいこともあるもんだ、温暖化のせいだろうか。
こんな大事件が起こったんだ、この先ひと月は大騒ぎだろう。この夏はバイト漬けのつもりだったが、予定を変えなくちゃならない。
3日間で宿題を全部潰して、バイトの求人を探すと⋯予想通り。ほとんどまともな仕事が無くなっていた。国内だけで2000箇所も穴が空いたっていうんだ、どこだってボロボロだろう。この地域も水道が止まってる。
つまり、暇だ。遊びに行こうにも、この状況じゃあ行けるとこがない。ダラダラとスマホを眺めていると、オランダで縦穴に侵入した一般人が、中でバケモノを見たというニュースが出てきた。フェイクじゃない、どこの電子新聞でも取り上げてるニュースだ。
バケモノ、つまり新種の生き物。こんなのを一匹引きずってくれば、何かしらの研究者とかが良いお値段で買い取ってくれそうじゃないか?⋯とは思ったが、あまりにも危険過ぎる。銃どころかナイフも持てない日本国じゃ、得体のしれないバケモノの餌やり体験をするだけだ。
そんな妄想をするくらい、暇を持て余してるという現状にイラつく。
それ以外にやることもないので、毎日スマホを眺めるだけの日々を繰り返していた。水道はいつしか復旧し、ついに8月に入ろうという時。
赤い槍を持った男が、三つ目の太った牛の死体を踏み台にした写真が、ネット上で拡散されていた。穴の中に一人で入ったアメリカ人らしいんだが、その中で写真の槍を拾ってモンスターを殺したんだそうだ。馬鹿げてるが、どうにも忘れられない。これが本当なら、とんでもないチャンスかもしれない、そんな考えが頭を巡っていた。自分で笑い飛ばした妄想が、ひょっとすれば現実になるかもしれない。
次の日、ネットニュースから男の話題が消えていた。そればかりか、昨日の記事も跡形なく削除されていた。どうも陰謀やら怪しい臭いがするが、現実的には男に続いて穴に入る奴が出たら困るからだろう。中でバカに死なれちゃ困るって話だ。だが、あんな小太りでも牛を殺せるんだ。俺にもできるかもしれない。
気づいたときには、おととい見物した、2km向こうの大穴に向かっていた。今思えば、暇を持て余すあまり頭がおかしかったのかもしれない。
そして。
俺は、岩陰に息を潜め、囮に投げ捨てたカバンがバケモノに漁られる様子を眺めていた。奴ら、カロリーメイトの開け方がわからないらしい。
カバンは仕方ない、一度諦めて後で取りに戻るべきか。ニュースのおっさん、一体どこで槍を拾ったっていうんだ⋯まさかこの穴には、そういう武器の類が一切落ちてなかったりするんじゃないのか?敵の姿が見たいが、懐中電灯で不用意に照らせばバレるだろう。とにかくこの場から離れるしかない。
―――離れるって、どっちへいけば逃げられるんだ?ここは暗すぎる。懐中電灯は⋯危ない、使っちゃいけないんだった。
敵の一匹がこちらに近づいてくる。人間より小さい。まるで子供だ。時々、武器らしきものを遊ぶように振り回している。少しずつ、俺の位置を探り当てるように歩いて来ているのがわかる。
逃げるにも既に手遅れだ、この蛮族が大人しく降参を聞き入れればいいのだが、でなければ戦うしかない。武器を拾うまでの間に合わせだった出刃包丁が、今は頼もしくも頼りなくもある。やるしかない。奇襲ならまだ分はある。自分でも分かるほど震えた両手で包丁を握りしめ、見上げた瞬間⋯それと目が合った。
―――気づけば逃げ出していた。あれには勝てない。バケモノだ、恐ろしい目つきだった。暗い。懐中電灯も、包丁も捨ててきてしまった。何も見えない。
いや、光がある。ずっと向こう、点のような小さな光だ。出口かもしれない。急いで行かないと。出口だ。帰れる。
⋯ああ、出口じゃなかった。白い火、とでも言えるようなゆらめきが、少し向こうで立ち上がっているのが見えた。火と言うには冷たすぎる光だ。ずっと砂利の上を這ってきた体が、今更痛みを主張してくる。冷静になってみれば、無闇に走った先に出口があるはずもない。
白い火の根本には、鉄の板のようなものが薄っすらと見えていた。近づいてみると、それは剣のような⋯いや、間違いない、剣だ。手探りで持ち手を探し、拾い上げてみると、白い光はフッと消えた。きっとこの剣は、あの写真の赤い槍と同じものだろう。博物館に飾るようなものが、そこらに落ちているはずがないからだ。
細い刀身、小さな鍔。頼りないような細さだが、一本の芯が通っているような錯覚を覚えるほど、この剣は頼もしい。誰に教わるでもなく、剣の名が浮かびあがる。
アルロアの針だ。
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