聖女と聖獣、あと間男。

餅辺

【上】

 生まれた時からずっと一緒。家も隣同士。誕生日も同じ。喧嘩もあったけど、それ以上に仲が良かった。いつまでも一緒だと、無邪気にそう信じていた。


 転機が訪れたのは、8歳のことだった。


「アランもマナも、もう男の子と女の子でしょ? 一緒にいちゃ駄目よ」


 村の会合。大人たちがうんうん頷き、それだけですっぱり分かたれた。理由は単純。マナに悪影響だから。


 だから、忘れてしまいなさい。大人になればまた会えるから。子供のうちは可能性がある。聖獣様に見初められ、聖女を担える可能性が。


 だから、離れてしまいなさい。勉強。仕事。その全てが男女別。若い心は浮つくから。聖獣様は《純潔》を何より尊ぶから。


 だから――二人は忍び続けた。近くの森の、その奥で、大人の目のない僅かな間に。反発から始まり、他愛ない恋心に至って。聖女の座などいらないからと、大人になるのを待ち侘びて。


 ついに、その日を迎えた。



◇◇◇



 サルカの村のすぐ近くにある、深い森の奥。二人組がゆっくりと歩いていた。対象的な姿だった。一人はごくありふれた村人らしい格好。アランだ。もう一方は長身を戦闘用のコートで包み、棍に似た得物を背負った、明らかに浮いた格好。


「そんでそいつがここに逃げた、と」


 アランは頷き、目の前の相手に思いを巡らせる。銀髪碧眼、端正な顔立ちとは裏腹に軽薄そうな喋り方の男。聖獣に仕える聖騎士団の一員、リオン。


 彼が辺境の村を訪れたのには、当然理由があった。まずは連絡。マナは聖女不適格とみなされ、死んだ。そして捜索。彼女を穢した犯人を探している。


 村人たちがアランの名を上げるのに、それこそ数秒の間もなかった。怒りと憎しみの眼差しに囲まれ、聖騎士団員を前にしたアランは、咄嗟にくだらない嘘を吐いていた。犯人は他にいて、森に隠れている……


(他に……いる)


 気分が悪い。マナの両親に突き出されたときから、醒めない悪夢を見ているようだ。マナが死んだ。聖獣様に殺された。原因は俺だ。だから俺も殺される。実に常識的な帰結。そんなことすらまるで飲み込めずにいる。


「普段は俺、王都やから。こういう景色は珍しゅうてな」


 リオンが笑い、二、三の他愛ない質問をした。気安く日常的な会話。裏表を感じられない柔和な笑み。それが余計に怖い。


「で、まだしばらく歩くか?」


「あ、いえ……もう見えてます」


 アランが指したのは、サルカの大樹。嘘の終着点だ。


「あー、やっぱあれか?」


「ええ」


 一見ただの大木だが、その内部は迷路のように入り組んでいる。そして地の利は当然、アランにある。うまく誘い込み、隙を見て逃げ出せば。自嘲するほど雑な案だ。


 だけど他には浮かばない。でも成功しなければ意味は。けど成功したとして。まるで思考がまとまらない。死にたくない。それだけは確かなはず。死にたくは。……死。


(マナ)


 自然と俯く顔。リオンはそれを静かに眺めていた。


 やがて、大樹の根本にたどり着く。アランは誘い文句を探った。だがリオンは、す、と片手を上げると、彼の前に出た。


「ほな、行ってくるわ」


「え? あの……一人で?」


「犯人が暴れたら危ないからなァ。てっぺんまで見てくるから、ここでじっとしとくんやで」


 リオンはけらけら笑い、背負っていたものを大樹に向ける。奇怪な武器だった。棍にしては短く、鎚矛メイスにしては錘がない。両端には穴が空き、側面にもスリット。叩けど突けど、簡単に折れてしまいそうに見えた。


「じゃ!」


「あ……ちょっと!」


 反射的に手を伸ばすが、リオンの姿はとっくに手の届かない位置にある。掴みそこねた手のひらを見つめ、アランは思う。……行った。信じ難いことに。隙をつく必要すらなかった。今なら逃げられる。いとも容易く。


(……死にたく、ないよな?)


 アランは自らに問いかけた。答えなど聞くまでもない。彼は大樹に背を向けた。



◇◇◇



(――それで、なんだよ話って)


 マナが聖獣の泉に旅立つ、その前日。アランは彼女に呼び出され、夜の森へ来ていた。二人は大樹のほど近く、いつもの切り株に並んで腰掛けた。


 マナの返事は遅かった。この間すらも愛おしむかのように、金髪に結わえた赤いリボンを撫でていた。


(明日から、またさよならだね)


(……ああ)


(酷いよね。使者の人たち、5日も遅れて来るなんて)


(……事故だったんだ。しょうがないよ)


 聖女の選出を知らせる使者団は、魔物の襲撃により到着が大幅に遅れた。その間に、二人は結ばれてしまった。


(……なんでかなぁ)


 マナは俯き、呟くように言った。


(どうしてこうなっちゃったのかな。ずっと、ずっと待ってたのに)


(……運が、悪かったんだよ)


 聖女の務めは平均6年。膨大な魔力を与えられ、聖獣の手足として甲斐甲斐しく働く。それが終われば帰ってこられる。……ただし、あくまで平均だ。聖女として生涯を終えるものも、存在は、する。


(……)


 もしも聖獣が、マナとずっといたいと望んだら。アランにとってそれは、決して低からぬ可能性に思えた。自分が聖獣様であれば、きっとそう望むだろうから。


 星空の下、無言のままに時は流れる。見つかった時のことなど、二人の頭からはすっかり抜け落ちていた。やがてマナは、アランに顔を向けた。


(ね)


(ん?)


(……私のこと、忘れないでいてくれる?)


(当たり前だろ。何年だろうと何十年だろうと絶対に待つよ)


(本当に?)


(本当だ)


 聖獣様の指名は絶対だ。ならばせめて精一杯の想いを伝えておきたかった。マナにとってそれが、日々の支えになってくれるように。


(忘れられるわけ、ないだろ?)


(うん。分かってるよ)


 マナはまた、俯いた。


(……分かってる……)


 また、無言の間があった。アランは寄り添った。一瞬、背後で小さな物音がした。


(……ねぇ)


 やがてマナは顔を上げ、真っ直ぐにアランを見た。


(な、なんだ?)


(キス、しよっか)


(……は?)


 アランは問い返す。がさ、と茂みの揺れる音がした。マナは構わなかった。


(だってさ。もう会えないかもしれないんだよ?)


(か、可能性だろ)


 アランは小さく後ずさった。聖獣は《純潔》を何より尊ぶ。刷り込まれた教えが脳裏に浮かんだ。


(でもさ)


 マナは追い縋った。アランは慌てて付け加えた。


(それに。そんなこと。……聖獣様が)


(黙って! ……今は、言わないで)


 マナはそれきり、何も言わなかった。見つめ合う二人は、やがて震える身を寄せ合った。



 ――俺の考えが甘かったから。アランは今、そう振り返る。だって、誰よりも、彼自身が。忘れられたくないと、そう願っていたのだから。



◇◇◇



「はい、ただいまー、っと。……ん?」


 リオンは目を細めた。大樹の中をわざわざ、のんびりと時間をかけて昇り降りしてきたというのに。犯人は変わらずそこに、うなだれるように背を向けていた。


「おらんかったで。中、誰も」


 背中に笑いかける。


「知ってます」


 アランは答えた。


「……隠れてる奴なんていません。マナと付き合ってたのは、俺です」


「あ、そう、ふーん」


 リオンは所在なげに棍を回転させた。ひゅん、と風切り音が鳴り、アランの頬を掠めた。血が滲んだ。少年は真っ直ぐ見返した。リオンは呆れたように言った。


「……つまらんなァ、君」

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2026年1月15日 19:00
2026年1月17日 19:00

聖女と聖獣、あと間男。 餅辺 @motibe_tsukuru

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